見出し画像

ケイトが2つになるまで

 長く絶縁していた父の遺品のアンドロイドが、血とリーズの雨に濡れて墓所に立っている。
 女の形をしたそいつはこちらを向いて、大きな黒い目を見開いた。片時も離さなかったというその機械を、墓前で壊してやったらさぞ胸のすくことだろうと思っていたのに、俺は立ち竦んだ。女の前にある墓石には、頭の潰れた死体が覆い被さっていた。
「ジャズ、来てくれたんだ」
 女がこちらに駆け寄ってくる。喪服の映える石膏の肌に、深く切れ上がった眦。
 どこかで見たことがある。
「こんなことになっちゃってごめんね。どうしても父さんの墓参りに来たかった。葬式には出られなかったから」
 俺の腕を掴んで、女は走り出した。振り解こうとすると、女の指が骨にきつく食い込む。切り揃えられた黒髪の下、女のうなじには製造番号が無かった。
 正規品じゃないのか。
 急に高い破裂音がして、耳が焼けるように痛んだ。血が飛び散って、肉片が飛んでいく。後ろを見ると、人影が二つ。丘の上の木の後ろと、十字架の後ろ。
「走って!」
 女が赤いピアスを外す。くるりと後ろを向いて、指先でピアスを爪弾いた。後方で、爆発する音。叫声と、肉の焼ける匂い。熱風が後頭部を舐める。
「車は!?」
「い、入口だ!」
 腕を引かれたまま入口へと駆け下りて行く。ヒールのくせに俺よりずっと足が速い。ロックの外れる音を耳聡く聞き取って、女は俺を助手席に押し込むと、勝手に運転席に座った。
 お前、何なんだよ。父さんって、誰のことを言ってるんだ。
 そう怒鳴りつけようとした喉が、狭窄したように動かなくなる。座った女の腹は、丸く膨らんでいた。
 俺の視線に気づいて、女は微笑んだ。柔らかい手つきで腹を撫でる。
 あ、と声が漏れた。
「父さんは言ってた。私には26年間人間として育てられたデータがある。唯一無いのは胎の中の記憶だけだって」
 母も、今のと全く同じように腹を撫でていた。
 30年前、妹を孕んだ腹を。
「だから、この子のデータを使うの」

【続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?