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Doors

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短編小説「Doors」
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#フォーカルジストニア

Doors 第26章 〜 夢

Doors 第26章 〜 夢

 未来で音楽家になる夢を叶えた僕は,もう夢に縛られることがなくなった.そのことは僕をいい方向に大きく変化させた.その一つは夢が変わったということ.新たな夢は『プロ並みの実力をつける』ことだった.一見変わっていないようで,実は大きく変わったように見えるけれど,本質は実は同じものだった.やることに変わりはない.

 元々,プロになりたいと思っていたが,どこか周りの同志と違っていた.武道館を埋め尽くす大

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Doors 第21章 〜 フォーカルジストニア奮闘記5

Doors 第21章 〜 フォーカルジストニア奮闘記5

 ついにその扉に辿り着いた.あれほど必死に探していたその扉,開くときはとてもあっさりしていた.音も立てずに悟ったような扉が開いていた.気がつくと既に別の世界にいた.
 その世界は時間が生きていた.僕らの世界では,時間は意志を持たずに無機質に働いている認識だ.直前をただひたすら一定方向に一定の速度で進んでいるかのように見える.しかし,この世界では時間が生活している.右に左に動き回りもするし,早くなっ

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Doors 第20章 〜 フォーカルジストニア奮闘記4

Doors 第20章 〜 フォーカルジストニア奮闘記4

 その疑問を感じ取ったのか,少女が続けてアドバイスをくれた.沼に飛び込んだら,まず広くて白い雪原を想像すること.それが成功して広い雪原に一人立ったならば,今度は空を見上げること.そうすると雪がひらひらと舞ってきて,やがてどんどん大量に降り始める.その中に紛れて稀に輝いている雪が降ってくるから,それを頑張って見つけること.見つけたらその特徴やそのときの状況,或いは思ったことでも何でもいいからすぐに書

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Doors 第19章 〜 フォーカルジストニア奮闘記3

Doors 第19章 〜 フォーカルジストニア奮闘記3

 外は激しく吹雪いている.僕は一人テントの中にいた.雪原のど真ん中に構えたそのテントは,小さいながらも確実に僕を守ってくれている心強い味方.ここにいれば安全であることは保証されていた.ただ,その広大な雪原と激しい吹雪の前に人間の無力さを身をもって痛感していた.吹雪が止むことは二度とない.それがこの雪原の掟.選択肢は二つ,このまま一生この安全の中だけで暮らすか,外に出て本当の安全を探す旅に出るか.

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Doors 第18章 〜 フォーカルジストニア奮闘記2

Doors 第18章 〜 フォーカルジストニア奮闘記2

 2020年,世間はコロナ禍に見舞われた.多くの人がそうであるように僕の生活も大きく変わってしまった.仕事も含めて音楽関係の活動は全てなくなった.いや,自らなくした.自分自身が不安だったというのもあるが,この状況でリスクを負ってお店に足を運んでもらってまでステージに立つ価値や資格が自分にあるとは思えなかった.どんな顔をして演奏したらいいのか分からない.だから全ての活動を停止させた.

 心の中が空

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Doors 第17章 〜 フォーカルジストニア奮闘記1

Doors 第17章 〜 フォーカルジストニア奮闘記1

 交通事故で右手の指3本を開放骨折をしたことが原因で後々にフォーカルジストニアに悩まされるようになった.主な症状はドラムの連打奏法が満足にできなくなったことだ.

 初めて違和感を覚えたのは事故から半年ほど過ぎた時だった.アップテンポな曲をコピーするバンドのスタジオで,突然動かなくなってしまった.
 そのスタジオはとても小さかったので,自分の音しか聞こえなかった.だからボリュームを落とすために少し

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