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キャラ軸の整理:被害者か加害者か

1.結果としての弱者と強者

 単純に、あらゆる創作世界の中にいる登場人物たちを2つに分けるのならば、それは「被害者」と「加害者」になるだろう。即ち、この世に存在するキャラクターというものは必ず、そのどちらかであるはずだ。
 ただ、間違ってはならないのが、この「被害」と「加害」の意味合いだ。これは本当に文字通りの意味なので、被害者だったとしても弱者であるとは限らず、加害者に分類されていたとしても強者である必要はない。というよりも、被害者は結果として弱者であって、加害者はその逆なのだ。つまりキャラクターたちのパワーバランスというのは、結果論でしかなく、それを浮き彫りにするのがこの「被害者/加害者」という分け方である。
 なぜなら強弱でキャラクター達を分類しようとすれば、その本来の関係性や立ち位置が曖昧になってしまうからだ。それよりも、誰が被害者で、誰が加害者なのかという部分に注目することで、その創作世界における真の力関係が判明する。

2.被害者

 まず、被害者とはこうだ。
「何か大切なものを奪われている者達」。
 そしてもちろん、これは結果論である。即ち、その理由や自覚は関係がなく、結果として奪われていれば、そのキャラクターは被害者となる。当人がわかっていなくとも被害者なのだ。むしろ、そういう無自覚の被害こそ救いようのないものとも言えるが、なんにせよ、この被害者達の中で、最も奪われたものが多いキャラが最大被害者ということになる。
 これを判断する上で、何が「奪われる」なのか、どのようなことがそれなのか、などといった基準は、分類者の1つのさじ加減である。また、このような被害者の中には、奪われていながら奪うキャラクターというのも存在するが(多かれ少なかれ、そういったキャラクターばかりだが)、奪われたものの方が多ければ、被害者に分類される。

3.加害者

 次に、加害者とはこうだ。
「何か大切なものを奪っている者達」。
 こちらも当然、結果論となる。何かどうしようもない理由とか、誰かにやらされてとかの理由や自覚は関係なく、結果として奪っていれば加害者となる。ここに当人の罪悪感など関係なく(結果論なのだから)、その行為が分類の判断基準となる。その上で、最も奪ったものが多いキャラクターが最大加害者ということになる。
 そして重要なことは、基本的に加害者は「敵」として位置し、正されるべき存在となることである。どのような心情であったにせよ、奪ったことについては償わなければならない。それが加害者だからだ。
 このように、悪意があろうとなかろうと平等に、加害者はその罪を精算することが1つの目標となる。そして加害者がそうしきった時が、その作品にうおけるゴールを迎える時である。

4.被害者と加害者

 即ち被害者は救われるべき存在で、加害者はその罪を償うべき存在なのだ。これらのたった2つの分類基準は、単にキャラクター達の立場を明らかにするばかりではなく、創作世界(物語)に1つの道筋を示す。
 つまり、そのように見た時に、全ての被害者が救われ、全ての加害者が罪を償うことが、創作世界の重要な目的となるということだ。この「全て」とは本当に全てだ。被害者も他の何かに加害したことはあるだろうし、加害者も他の何かから被害を受けたこともあるだろう。
 それらを全て(できるだけ)なのだ。被害者も自分の加害は精算し、加害者も自分の被害は救われる。そういった、被害者と加害者としての分類、そして自覚により、キャラクター達は精算と報いという目的を得る。
 そのこと通し、この分類は創作世界における結果的な力関係を明らかにする。それは単なる強弱を知ろうとするものではなく、「被害」と「加害」が、それぞれのキャラクターにどういったバランスで割り振られているかということに着目するものである。

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