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能力は誰が持っているのか?

 能力があったとしても、いつでもそれを発揮できるわけではない。100パーセントですらなくわずかでも持っているはずの能力が使われるためには、環境が整っていなければダメである。つまり環境要因によって、ある人の能力というのはゼロにもなるのだ。

 それどころか能力というものは、マイナスに作用することもある。まったく意味がないどころか、むしろそんな人などいなくていいという状況。そんな悲劇が作り出されるのは、というよりそんな悲劇である時点で、明らかに環境のせい、組織的な問題、あるいはそうであることに対処できないでいるせいなのである。

 私達が勘違いしてしまうのは、能力というものが完全に個人に依存するものだということである。その傲慢は危険だ。そうではなく、能力を持てるかどうかに加えて、それを発揮できるかどうかさえ、個人ではなく環境が左右している。つまり集団によって、それぞれの能力はいかようにでも変わる。
 それを心得ているのなら、私達はもっと「能力を活かす」ことに前向きになれるはずである。建設的に話し合い、効率的にやっていけるはずだ。ただただ自己責任論や、根性論に逃げ出すことなく。
 もっと賢く「能力」を使うために。

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