「メンやば本かじり」ちっぽけファイターズ編
花粉症である。
いきなりの近況報告、失礼。
だが、つらいのだ。
なぜ、花粉ごときにここまで苦しめられなければならない。
私はティッシュのために働いているのか! というレベルのティッシュ消費量である(ちなみに、薬を飲むと眠くなり、眠くならない薬は私には無効である)。
目も鼻もそれどころか耳の中まで痒いし、肌は荒れるし、メンタルまでざらざらである。
そうそう、メンタルがやばいときによく、「自分なんてちっぽけな存在だ」なんて思ってしまうが、それはちっぽけに失礼だった。ちっぽけな花粉はこれほどまでに人間を弱体化させられるし、そもそも、コロナ禍を経験した我々は痛いほど思い知らされたことだ。
ちっぽけ、といえば。
思いつくものの一つにアリがいる。
あれは、小学生の夏休み。
コンビニの駐車場でソフトクリームをなめなめ、蒼天に浮かぶ巨城のごとき入道雲を眺めていると、なにやら足がむずむずと痒い。見下ろすと、足元に滴り落ちたソフトクリームの水たまりに、アリが群がっているではないか。
しかも、私のおこぼれ程度で満足などするものかと言わんばかりに、サンダルから突き出した足の指をよじ登って来る猛者までいる。
へー、やるやん。
私がアリだったら、こんな巨大な壁(私の巨体)登る前に諦めるで。
愚考する私は、ぼへーっと勇敢なアリを眺め、また空を見上げる。入道雲が威風堂々たる姿で、「せやな、お前には無理な偉業やな」と私を嘲る。恥いるように俯くと、アリは指先から甲の部分まで到達していた。
入道雲、私、アリ、入道雲、私、アリアリ、入道雲、アリアリ──アリさんめっちゃ登ってくるわー! しかも噛まれると、じゅわって涙が出るくらい痛いやん。
アリ、強い。そして、すごい。
てなわけで、いささか強引ではあるが、今日はちっぽけな存在が実はすごい能力を秘めている、そんなことを教えてくれる本を紹介したい。
それは、物理学者である全卓樹氏による『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社)だ。
天から! ちっぽけ話なのに、いきなり大物感がでてしまった。しまった。『いきなり最終回』みたいやん。
ただ、アリは実際すごいのだから仕方がない。
結婚飛行といって、若い女王アリと雄アリ(羽アリ)は、生まれたコロニーから飛び立ち、新たな王国を築くのだ。
そうなのだ。自分が快適な土地は、同族にとっても快適な可能性が高い。すると、土地の奪い合いが勃発するというわけ。ここらへんは、アリも人間も同じだな、悲しいことに。
ど、奴隷狩り!?
まさか、アリの世界に奴隷が存在するのか!?
こんなところで共通点を見つけてしまうのは、悲しいことだが、これらの話はすべて人間社会に簡単に置き換えられてしまう。アリが人間の(最悪の)社会に類似しているのか、あるいはその逆か。
だが、アリたちの物語はこれで終わりにはならない。なんと、奴隷たちは反乱を起こすのだ。
奴隷アリさん、仕事さぼるんや。ちょっとショックや。アリはひたむきに、まじめに働くイメージがあったもんで……。でも、奴隷にされたのだから、いくらアリでもそうなるわな。反骨精神、大事大事。
奴隷アリ、奴隷という言葉が似合わないくらいファイターやな。虐げられても、めげずに、心を殺して従うだけの生活を打破する。
つらいことや、酷い言葉を投げられたとき、すぐに萎れて自分の殻に閉じこもってしまう私とは大違いだ。私はアリよりも思考が停止していたのか。
なんと情けない。
落ち込んでいる暇があったら、アリさんたちの精神を見習い、私も戦う準備をはじめるべきではないか。もちろん、物理的でも精神的でも、そのまま攻撃したら、アリと同等になってしまう。もちろん、これはアリを侮蔑しているわけではない。ただ、本書にも書かれているが
とあり、やはり人間の方がアリに比べてより複雑で有用な自己防衛ができてもいいはずなのである。なのに相手あるいは社会からの理不尽な支配から逃れる術を熟考することを放棄してしまう。
あああ、なんて宝の持ち腐れ。
なので、もし今、いや今後でもいいが、自分はもう駄目だなんて厭世観に飲まれそうになったときは、本書を開いてみるのはどうだろう。
もちろん、普段のアリはそれぞれの役割に従事し、一心不乱に働き続ける。だがそれは、アリ社会のただの歯車の一つでもなければ、隷属でもない。
小さいものは美しい、と言ったのはかの思想家エドマンド・バークだっただろうか。小さく勇敢で、自由な美しい心をアリたちの世界から垣間見た気がする。
ああ、そうか。
ちっぽけだったのは、私の精神だったか。では、戦う力も持っている、ということだ。
■書籍データ
『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社)全卓樹 著
難易度★★☆☆☆ こんな授業があったら、科学嫌いの子供はいなくなるだろうな、というくらい夢中で読んでしまう一冊。
ブラックホールに、確率の話から、ベクレル、そしてかの有名な「トロッコ問題」へと行き、今回のアリへ。我々の日常とは一見かけ離れた話を、これほど身近に感じさせ、かつ、続きが気になって仕方がなく、どんどんページをめくってしまう。これはもはや、一家に一冊レベルの書籍だ。
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