「読むためのトゥルーイズム」を読み、『浮遊』を読む。第二回
このマガジンは、『文學界』にて連載されている「読むためのトゥルーイズム」を読み、遠野遥さんの『浮遊』を読み進めていこうという試み。
今回は第二回目。『文學界』は2024・3月号を使用する。
前回のことをすっかり忘れている私のために、少しおさらいをさせてほしい。
ジーニアスなみなさん、どうかご辛抱を。
前回の「読むためのトゥルーイズム」をざっくりとまとめると
■トゥルーイズムとは、自明のことである
■自明のことこそ重要であり、わからない(あるいは読めない)本は、わかる箇所からはじめるべきだ
■自分はどう読んでいるのかという反省を経由してアプローチする
ということだ。
「読むためのトゥルーイズム」の著者である吉川先生と酒井先生が主催する「哲学入門読書会」では、上記のような雑な要約ではなく、パラフレーズと呼ばれる主要な部分を削らずに簡潔に纏め、さらに敷衍していくことを求められる。
敷衍、つまりまとめた内容を、「では、どうすべきか」、ということだ。
どうすべきか、にあたる最初の一歩が今回取り上げる「読むためのトゥルーイズム2回」にあげられている。それは、そもそも私は、『浮遊』の読みかたも、読後の感想も間違えていた、と気付かされる内容だった。
まず、「高級」な原因を求めるな、とお二人は仰っている。例にあげているのは、パソコンに不具合が起きると、ウイルスだとか複雑な問題がそこにあるに違いないと思いがちだが、サポートセンターのマニュアルでは、まず最初に機器の電源や接続の状態から確認をするようマニュアルにある、ということだ。最初に聞くということは、原因の多くがそこにあるのだろう。
「書いている内容がよくわからなかった」、「難しくて読み進めよられない」などの書籍があるのは、著者が専門的なことばかりを書いているからではなく、まずわかるところからはじめていこうという読む姿勢がなっていないのではないか、と言ったことが書かれていた。うう、耳が痛い。
さらにいうなら、展開が気になって一気に読んだ、おもしろかった、などと感じていたときも、どの部分がどのように気になって、その気になった箇所は作品にどのような効果をもたらしているのか、をはっきり言い表せないことが私は多い。それどころか、「何となく好き」なんてことも平気でいってしまう。
では、何となく、ではなく、具体的に好きな理由を知るにはどうしたらいいか。今回は手を動かせ! とのミッションがあった。
『浮遊』は小説なので、最初にあげられた「目的や性格」について考えるのが、やり易いだろう。
なので、今回は、『浮遊』の各章に書かれている内容からその章がどういう性格をもっているのか(あるいは、目的をもっているのか)を書き出してみたい。
遠野遥さんによる『浮遊』は、総ページ数137(タイトルを含む)、全7章。
今回は、それぞれの章がどういう性格なのかを書いていこうと思う。その前に、本書の登場人物をざっくり紹介。
登場人物
ふうか──本書の主人公。高校生。父親と同じくらいの年齢である彼氏と同棲。彼の家に住むだけでなく、買い物もすべて彼のクレジットカードで済ませている。母親の影響でホラーゲームをプレイするようになる。母とは小学校以来一緒に暮らしてはいない。父親とは、SNSでやり取りはするものの、すこし煩わしいと感じているようだ。
|碧《あお》くん──ふうかの恋人。以前は、さきという名前のアーティストと同棲していた。彼女が置いていった作品である、彼女の等身大マネキンを今でも自宅に飾っている。
紗季──碧くんの元恋人。ふうかが彼の家に住みはじめる少し前に、彼の家から出て行った。人気のある若手アーティスト。彼女が自分の体を細かく採寸し、つくったマネキンが、今も彼の家にある。モデルの仕事もしているようだ。
父親──ふうかの父親。メッセージが長く、一方的だが、ふうかを気遣う様子は窺える。ふうかが家を出てしまい、どうやらさみしいらしい。
ダッフルコートの少女──ふうかがプレイするホラーゲーム『浮遊』の主人公。ゲームは美術館からスタートするが、記憶がなく、自身の名前すら思い出せない。
黒田──『浮遊』の登場人物。肥満体型で常に汗をかいている。少女を助け、アドバイスをくれる、ゲームの進行に欠かせないサポーター的なポジション。
■1章 総ページ数25(内、ゲーム『浮遊』13ページ)
ここでは、ふうかの大まかな人物像がわかる。ふうかにまつわる主要人物──父親、恋人の碧くん、彼氏の元彼女、母親──は、全員登場する。とはいえ、メッセージのやり取りだけだったり、ふうかの記憶、そして恋人から得た情報などで、実際に出てくるのは、ふうかと恋人。
そして1章の約半分をゲーム『浮遊』が占めている。1章は、ふうかの人物紹介ページでもあるが、ゲームの内容が13ページもあるので、ふうかとゲームはここでは同じくらいの比重である。
■2章 総ページ数24(内、ゲーム『浮遊』0ページ)
2章は、ふうかの小学生時代の話と、ふうかの膝にある傷跡の治療のために病院へ行った話の、2節で構成されている。
1節(4ページ) ふうかが小学五年生か六年生の回想。体育の授業で馬跳びをし、クラスメイトがふうかの上を跳んだときに、その子の重さに耐えきれずバランスを崩し、ふうかが転んでしまう。ふうかの上を跳んだのは、まことという子だった。まことは、自身の父親ほど年齢の離れた男性と、性的な行為をしているとの噂がある子だった。噂の真相をふうかは確かめぬまま、「噂があった子」としてまことを記憶している。
2節(20ページ) 小学校の時の馬跳びによって負った傷。その傷跡が大きくなっているように思い、現在(高校生)のふうかは病院で診察をしてもらうことにする。予約をしたにもかかわらず、診察まで長い待ち時間があり、ふうかは院内のカフェレストランで時間を潰すことにする。2節の大部分は、ふうかの隣に座っている女性の独り言で占められている。そのページ数は約11もあり、2節の半分だ。
■3章 総ページ数25(内、ゲーム『浮遊』20ページ)
今回はゲームの内容がメインとなる。ただ、最初の4ページは彼氏である碧くんとの話だ。彼は、ふうかを恋人として自分の部屋に住まわせてはいるが、変な噂をたてられぬようにと、家を一緒に出ないようにしていた。二人で出かけるときでさえ、時間をずらして、待ち合わせをする徹底ぶり。
ゲームの内容は、進み、今回は主人公の少女を助けた黒田の回想話がメインとなる。黒田の体験談から得られた情報は、黒田や少女のような存在は、いつか悪霊になってしまうということだった。
■4章 総ページ数29(内、ゲーム『浮遊』6ページ)
この章では、ふうかと碧くんのデートがメインとなる。元恋人である紗季の話もわずかではあるが、印象に残るシーンとして登場する。ゲームの内容は割合としてかなり少ないが、二人がデートに選んだ場所は、ゲームによる影響だった。ゲーム内で、東京タワーに行こうと主人公の少女が黒田に話すシーンがあり、そこからふうかが東京タワーに行ってみたくなったようだ。東京タワーの展望台には小さな神社があり、来場者が絵馬を飾れるようになっていた。この絵馬に書かれた見知らぬ人の「願いごと」を、16行にもかけて列挙してある。
父親からのLINEの内容にも、2ページほど使いあげられている。
東京タワーから帰宅したふうかはゲームをプレイする。ゲーム内でも、少女と黒田が東京タワーを訪れており、小さな神社と絵馬も登場する。
■5章 総ページ数7(内、ゲーム『浮遊』0ページ)
父親からのLINEを受け取り、久しぶりにふうかは実家へ。この章では、父親との会話、猫の青児の様子が描かれている。父親は、ふうかにとって面倒くさい相手ではあるが、見た目や性格に大きな不満があるわけではないようだ。他の章とは違い、不穏な様子は窺えない。最もページ数が少ない章となる。
■6章 総ページ数15(内、ゲーム『浮遊』7ページ)
ふうかと彼氏が旅行をする前日譚。準備をするが、ふうかは旅に慣れておらず、彼とは対照的だ。ふうかはまだ高校生であり、彼は親ほどの年齢の社会人だ。経験値が違う。ここでは、彼の仕事の内容ももう少し詳しく書かれている。
旅行前の夜だが、ふうかはいつも通りゲームをプレイする。記憶がなかった少女の過去が明らかになり、ゲームはエンディングを迎える。
ふうかが夜ゲームに夢中になっているとき、彼は寝ているが、この日は眠れないと話す。
■7章 総ページ数10(内、ゲーム『浮遊』0ページ)
最終章。ゲームは6章でエンディングを迎えたため、ふうかと彼氏、そして元恋人の紗季の話となる。旅行で福岡を訪れたふうかと碧くん。ふうかが修学旅行で泊まったホテルとは違い、高級なホテルだ。そこで彼から指輪をプレゼントされる。ペアリングだが、一見ペアリングとわからないデザインを選んだという。
しかし、不穏な空気が漂いはじめる。元恋人の紗季が、ネットに碧くんを中傷する内容を投稿したという。要は仕事上でのトラブルだ。動揺する彼と、幽霊のようにその場にいながら、いないもののようになるふうか。ふうかは現状を、自分なりに受け止める。
上記の内容から、著者である遠野遥さんがもっともページを必要としたのは、4章となる。著者本人が不要だと思った言葉ばかりを並べるとは考えにくいので、ページを要した章に著者の思いが多く含まれている可能性は高い。その思いが、良い(或いは悪い)意味なのか、この小説のメインテーマなのか、筆がのった(書きやすかった)つまり気分がよかったのかは、まだわからない。
そこで、「読むためのトゥルーイズム」にある次のステップへ。
というわけで、各章目に留まった部分の中から、一際気になった箇所をそれぞれ一つずつあげてみる。
1章 「碧くんはごめんと謝り、でもふうかちゃんくらいの年齢の子はちゃんと手を洗っているイメージがないと言った。」
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自身が愛する恋人の習慣でさえ、信用していないのか。(疑問)
2章 「父親と碧くんのクレジットカードがなかったら、私も西田さんのように働いて、自分のせいではないことで謝ったりしないといけないのだろう。私はもう少しふたりに感謝したほうがいいのかもしれない。」
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感謝はした方がいいだろう。(賛同)
だが、「かもしれない」と疑問に思うのは、いったいふうかの中で何が引っ掛かっているのだろう。与えられた全てに思考を停止させてまで感謝すべきではないので、「かもしれない」が生じるのは父親と恋人に何かあるのだろう。(疑問)
3章 「(ゲーム『浮遊』の主人公の少女は)しゃがみこんで紙面をめくらなくても読める部分だけを読んでいる。もう諦めればいいのにと私は思う。(…)ニュースや新聞をいくらチェックしたところで何も手がかりら得られないだろう。それよりは、映画館でレイトショーでも観ているほうが有意義な過ごし方だと思った。」※()内は川勢によるもの
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他者の有意義な過ごし方を決めつけるのは、いかがなものかと思うが、それほどまでにゲームに感情移入しているのだろうか。(疑問)
4章 「「(…)碧くんは子供が欲しい?」「僕はいらない。子供を見て可愛いと思ったことないんだ。汚くてうるさいと思う」「そうなんだ。ふうかは?」「ふうかちゃんはもう子供じゃないよ」
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「ふうかちゃんくらいの年齢の子は」と言っておきながら、子供ではないとする、このときの「子供ではない」はいったい何をさしているのか。(疑問)
5章 「猫の健康を考え、食事の量をコントロールするのは飼い主の役目だ。父親はその役目を果たそうとしない。(…)でも家を出ていった私にはもう何も言う資格がない。」
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自分が放棄したことに口を出すべきではない。(賛同)
6章 「そうか、ふうかちゃんがまだ十六歳なのを忘れていた。一緒に荷造りしようか。」
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これは、碧くんがふうかを自分と対等と考えているということだろうか。彼女の年齢を忘れることで、彼が得られるものはいったい何だろう。(疑問)
7章 「高学年になる頃には、母親は私のことを無視するようになっていた。(…)母親には子供を無視するような人間でいてほしくないと思っていた。(…)だからなるべく話しかけないように努力した。私が話しかけなければ、母親も私を無視せずに済んだ。」
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賛同。
こうやって書き出してみると、改めて自分がこの作品や登場人物に疑問に思っていることが見えてくる。
「読むためのトゥルーイズム」、ありがとう。
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