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父がヒーローに思えた日

 物心ついた頃に気に入って心に残っている映画は「スターウォーズ」。今で言うエピソード4ね。
 今も私はその世界にすぐ入りこんでしまう方だけど、5歳くらいの頃ってもっと簡単にファンタジーの世界に入れるようだ。宇宙にはこんな場所があるのかもしれないと、スクリーンに夢中になった。

 ルーク・スカイウォーカーは幼い私にとっても可愛かったし、レイア姫は美しく、C-3POとR2-D2のやり取りに笑い、チューバッカは愛おしく、ハン・ソロを暑苦しく思った。でもみんなとにかくかっこ良かった。
 中でもあの飛行物体たちが飛び、林の中を駆け抜ける様には、度肝を抜かれた。今見ると、安っぽいとかストーリーへのツッコミとか、いろいろ言えるけど、1970年代なのよ。50年近く前よ。どれほど画期的で、かっこ良く感じたか。しかも私は5歳だったものだからビックリするのも当然だ。
 
 何年もすれば映画の撮影技術が上がり、CGだって当たり前のものになると、そりゃ昔のものは安っぽくも見えるし、もったりとした速さに見える。でもそんなの当たり前じゃないか。あの時は大きなスクリーンで没入感を味わいながら、「すごいスピード感!」て驚いた。
 観終わると鼻息荒く興奮しながら、小さな駐車場に飛び出した。
 
 まさか車のタイヤがパンクしていたなんて思ってもいなかったもので。
 

 雨が降り、薄暗くなり始めていた夕方の駐車場。母はその日、風邪のために家で休んでいた。
 「どうやって家に帰るんだろう」と不安になった。
 幼い私はスペアタイヤがあるなんて知らないし、父がタイヤ交換できるなんて思ってもいなかったし。
 
 私の父は、当時流行っていたゴレンジャーの中でも、紅一点のモモレンジャーのモノマネをしてくれるようなタイプの人だった。自分が大人になってみるまでは、家族の中で母の方が発言権があって強いのだと思っていたし、父が目の前で何かを発揮する場面はなかった。
 実際の父は、ニューヨークでバリバリ働く商社マンだったはずだ。でも子供たちに対しては穏やかで面白くて呑気で、優しい父親。幼い私にとってはそれで充分だったのだけど。
 だから「タイヤ交換をしてみるからちょっと待っててね」と言われても「本当にできるの?」と疑心暗鬼な兄と私。
 でも幼い私たちは手伝うこともできず、横で見守るだけだった。

 
 最近になってメールで、父にその時の様子を確認してみた。

 すると偶然にもその日の一週間ほど前に、会社の同僚の運転していた車がパンクし、タイヤ交換する様子を見ていたとわかった。
 ただ自分も一週間後にタイヤがパンクするなんて思って見ていないだろうからね。
 何しろ運転免許を取ったのがニュージャージー。教習にはタイヤ交換の練習や説明などない。

タイヤ交換の経験なかったから、うまくできるかどうか自信がなくて、近くを通っていく人に「ヘルプ」って声をかけたけど、小雨が降ってたし、映画が始まるからか誰も足をとめなかったよ。地面に仰向けになったら少し濡れるし、気のいい人がいたらやってもらえるんじゃないかなって、甘い気持ちがあったよ。

 読みながら吹き出してしまった。
 お父さんらしいな。「地面に仰向けになったら少し濡れるし」なんて正直過ぎる。でもきっと自分のそんな思いに気付いてしまい、自信のなさと相まって臆病になったんだよな。
 そして「ヘルプ」と声をかけていた父がなんだか心細そうで(実際にはタイヤを指しながら説明していたと思う)。みんなに断られたりして、本当はわびしい姿。私も大人になってから住んだニュージャージーで、助けを乞うた場面がある。あの「惨めだけどどうにかしなければ。誰か助けて」の思いは切実だ。

 でも私の父だからなあ。父は情けない「トホホ」な感じをわざともっと出すために、後で話を盛ったりして、子供たちを笑わせようとする。今では孫たちをもね。
 
 ただ読みながらなんとなく思い出したその風景。たぶん5歳の私も、断られる父の姿を見て気を使っていたし、心配が増幅していた。
 だからタイヤ交換が無事に終わった時、安心して「パパすごい!」と、おおいに沸いたのはよく覚えている。

2人とも不安そうだったけど、不器用な父さんでも意外に簡単にうまくできた。
両手をパンパンと誇らしげに胸の前ではたいて2人に向いたら、期せずして2人とも大拍手してくれたよ。3人の一体感を意識したし、父さんの立場が全うできて、とても誇らしい瞬間として忘れられない思い出だよ

 そうだったんだ。
 改めて文字で読むと、父も本当は不安だったのが伝わる。
 でも子供が幼いうちは、不安な気持ちなんて明かせないものね。今の自分より15歳ほども若い当時の父に思いをはせる。
 どうにか安心してもらわないと。と、自分の中にグッと不安を閉じ込めておいた分、喜びも大きかったんだろうな。
 50年近く前にさかのぼり、改めて喜びを分かち合えた気がして、うれしく読んだ。
 
 その日だけは私にとって、ルーク・スカイウォーカーやハン・ソロより、頼もしかったよ。
 あの時はありがとうね、お父さん!


読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。