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改めて映画に求めるものを考えてみた~「マダムウェブ」を観て~

 ヒーロー疲れだとか最近聞く。
 たくさんのヒーローがいるし、私たちも観てきた。
 「アベンジャーズ エンドゲーム」はマーベルヒーロー大好きな人たちの気持ちを満足させた。完成度も高かったのだろうし、マーベル好きな人たちで不満を言う人は当時あまりいなかっただろう。
 だからその後、作品に苦心しているのは感じている。
 観ている側がさえない気がするのもわからなくはない。
 いったい私たちは何を期待してヒーロー映画を観ているのだろうね。

 昨年ハリウッド俳優たちのストライキがあった。現場の方たちの思いは想像しきれない。私は観客側に過ぎないから正直なところ、ちょっとホッとしたものだった。
 私の場合はヒーロー疲れではなくてね。あれも観なきゃこれも観なきゃ、追いつかないよ! -という焦燥感に追われないで済むと思ったもので。マーベル疲れなんて言葉も見聞きするけど、そちらの方が近いかも。まあ疲れてはないし私は飽きてもいないけどね。焦燥感に追われながら観なくちゃと思うのは、義務的にも感じられてきていやよね。なんだか宿題とか課題みたいで。

 マーベル関連の映画やドラマは、追い始めるととんでもなくたくさんあって、特にMCU(マーベルシネマティックユニバース)は、クロスオーバーが魅力。あの映画とこの映画、あのドラマからこの映画とつながりがあって、登場人物たちの背景がより深くわかるともっと面白い。私だってその魅力にとりつかれてはいる。
 手をつけようとする人たちがかまえてしまったり、大変だからと尻込みしたりする気持ちは当然だと思う。あれもこれもつながっているならちゃんと観なくちゃと思うかもしれない。

 でも本当はそんなことないのよ。一つ一つでわかるようにはできている。作る側にしたって単独映画としても楽しめる方が親切だし、その映画自体も面白くなるはず。それに観ている側も何となく「そういうことになっているのかな」って飲みこんだり、観ながら流したり。
 だから知っているあのヒーロー、知っているあの登場人物が出ているからと言って、あのヒーローやあの登場人物の映画と比べるのってしたくない。批評や批判があるのはそれぞれの思いや考えなのでそれもそれで全然自由。それにそういうのがないと批評は成り立たないし、何でもアリになっちゃうからね。
 私だってそんな思いになることはあるのだけど、単にそういう気持ちを書こうと思わないだけで。好きとか好きじゃないとかの気持ちはもちろんある。

 あと基本的にはせっかく観たのだから、できるだけ楽しかったと思いたいのよね。そんな願望だけじゃあ正当に評価できないと思われるかもしれないけど、仕事なわけではなく自分の楽しみのために観ているから、楽しかったと思えたらそれで良い。ヒーロー映画は私にとって楽しかったとか気持ちが救われたとかそういう存在。エンタメの中の一つ。
 それは映画と向き合う時、私にとってすごくすごく大切にしたい思い。

 ヒーロー映画やドラマの何が好きなんだろうって考えていたのだけど、理屈ではなく単に好みなのではと思うのは、幼少期の経験から。
 物心ついた頃に観た映画の中で、当時「スターウォーズ」が圧倒的に好きだったので。日々のアニメやドラマでも「バットマン」「スパイダーマン」「スーパーマン」が好きだった。他には少しミステリーが入った、消防士がヒーローのドラマを好んで観ていた。

 特別な力があるって見ていて爽快な気分。自分の中の苦しさとか悲しみとかしんどさとか、私の場合は身体の弱さとか、どうにもならない世の中をストーリーの中でだけでもスッキリする。気分が変わる。身体が丈夫じゃない自分の中に救いを感じるのだよ。ファンタジーの世界に入るってそういうことなのだし。

 今回観た「マダムウェブ」でもワクワクしたのは、自分の能力をピンチ時にどんな風に発揮するかのシーン。その場面をどう切り抜けるか。
 うまいこと使うもんだなあ。って感心している時って気分が良い。マダムウェブは、特に強かったり運動神経や身体能力が良かったりとかはなくて、予知能力が何かの瞬間に発揮される。多分びっくりしたとかなのかな。その都度、彼女がベストだと思う判断で切り抜けていくのは観ていて単純に面白い。そこからどんどん覚醒して力をつけていく様子もワクワクする。どんな力がついていくのかな。どう使いこなすのかなって。

 三人の女子高生たちを救いながら、母親への思いを克服していく様子はテンポも良かったし、全員が可愛いだけでなく、大切に思えるようになっていく。

 別にすべての人を掘り下げなくてはいけないと思わない。最近はヒーローもヴィランも、その背景や環境を描くことで深みを出す映画やドラマが多い。私はそういうのもすごく好き。考えることが増えたり、登場人物皆に思い入れが出たりする。だけど全部が全部そうじゃなくて良い。

 そんなわけで「マダムウェブ」、私はめっちゃ楽しめたぞ。

 きっとヒーロー映画に疲れちゃう人って、深さに期待しすぎているのかもしれない。多くの映画だけでなく、物語が、「行って帰ってくる」を基盤に作っているそうよね。そんな風にヒーローもパターンがあって当然だし。色んなのを観てもまたこの展開かとか思うのかもしれない。アクションやCGだらけとか、奥ゆきがないとかね。
 ヒーロー映画に対しての評価がからいのは理解している。でもアクションやCGが大きく占めるからそちらに力が入るものだし、好きで観る側ってそちらを楽しみにしている人も多かったりするわけで。ヒューマン映画や社会派映画、芸術映画などと横並びに評価しようとすると、種類がちがう。奥ゆきとか深さとかを、単独で一本のヒーロー映画から出そうとするのは難しそう。だから何作もあったり集大成があったりするのではないかなって思う。
 
 批評家も、演者も、楽しく観たいだけの客がいることをどうか頭のすみにでも置いてほしい。芸術や感動も大切だし、それも確かに素晴らしく感じるし好きだけど、リラックスや楽しみのために観に行く時だってあるのだよ。こういうジャンルがあったって良いじゃないか。映画としてダメとか、どうか映画の幅をせばめないでほしい。

 ヒーローが長年、手を変え品を変えたくさんたくさんいることに関して思うのは、こんなにいてもまだ世界は救えていないんだなあって。
 それはヒーロー疲れじゃなくて、世の中に絶えない憎悪に疲れてしまっているのかもしれないよ。


*「マダムウエブ」ではたくさん懐かしい曲がかかって、それも良かった。The Cranberriesの 「Dreams」やMeredith Brooks の「Bitch」を中心にヘビーローテーション中。



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