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「カワイイ」は越境する。いつか世界を救うのは"カワイイ"という感情かもしれない。

朝起きると窓ガラスがしっとりと濡れていた。雨粒がべったりと張り付いてアメーバのような模様をつくる。窓越しの世界は薄暗くぼやけてよく見えない。

「はあ」

無意識のうちにため息が漏れた。今日は傘を差して出かけるのか……と気分もじんわり湿っていく。いつものように顔を洗い、歯を磨き、乾いた服に袖を通し、いつもの荷物に傘をくわえて家を出る。

ただ雨が降っているだけなのに足取りは重い。「傘を差す」という行為がくわわるだけで、なんて億劫で憂鬱な朝になってしまうのだろうか。

ーーそう過ごしていたある日、"それ"はやってきた。

雑貨屋の一角で存在感を放つ"それ"は、水たまりにうつる青空のように薄く爽やかなパステルブルーの手元に露先まであまいペールピンクに染まった傘地の長傘だった。

ーーカワイイ!!

心のなかで大きな声をあげる。

"それ"は、まるでお菓子の世界から生まれたようなスイートな色合いでペロッと舐めてみればコットンキャンディの少し焦げた砂糖のあまみさえ感じられそうだった。わたしは腕にぶらさがるビニール傘の存在も忘れ、衝動的に"あまいお菓子"を迎え入れることにした。

寒色のブルーと、暖色のピンク。正反対にも思える色の組み合わせが、こんなにもカワイイことにどうして今まで気づかなかったのか。気づかずに生きていた数十年がもったいなく感じるほど、こころを鷲掴みされる。

ドキドキと高鳴る鼓動をなんとか抑えながらレジに傘を持っていく。脳内では、あまいお菓子の傘を携えてクルクルと舞い踊り、風に煽られてふわりふわりと上下するわたしがそれはもう上機嫌そうにしていた。

雑貨屋を出る頃には不思議なことに、今までは視界に入っても認識していなかったブルーとピンクの組み合わせが目につくようになっていた。「あれ、ここにも」「あら、ここにも」と、またたく間に自分の世界にカワイイが増えていく。もう見尽くしたと思っていた場所で新たに宿る光の粒は、まるで四ツ葉探しをするようで見つけるたびに幸せな気持ちをもたらしてくれた。

「カワイイ」は越境する

さて、傘との出会いがもたらす効果はまだ終わらない。わたしの人生にも驚くような大きな影響を与えてくれたのだ。それは朝起きて窓ガラスがしっとり濡れていると「キタ!」と喜びがこころに滲むようになったこと。

喜びの理由はもちろん雨の日しか使えない特別なアイテムを手に入れたから。傘はわたしの人生から憂鬱で億劫な時間を消し去ってくれたのだ。

ーーなんてことだろう!モヤモヤした気持ちが吹き飛んでしまうなんて!

そして、こうも思った。

「カワイイ」という感情はどんな壁もすり抜け越えていく、「越境する力」を持っているのかもしれない、と。

何を言ってるんだと頭を傾げたくなるかもしれないけれど、もう少しだけわたしの話に付き合ってほしい。カワイイという感情には人や社会を幸せにするためのエッセンスが宿っていて、わたしたちはその要素を知らずうちに享受し、生きている可能性があるのだ。

ということはカワイイという感情を知り、機能させる術を持つことで、わたしたちはきっと、もっとこころ豊かに心地よく生きていくことができるはず。カワイイを知ることは幸福な生き方を学ぶことに通ずるかもしれないのだ。

そこでまずは傘の話を例にカワイイが困難や課題といった要素を越境した3つの事柄を見ていきたい。

【1つ目】カワイイの超越事例:購買のハードルを超える

〜シーン〜
わたしは腕にぶらさがるビニール傘の存在も忘れ、衝動的に"あまいお菓子"を迎え入れることにした。

〜伝えたいこと〜
カワイイは、お金を支払うというハードルを超えられる。(購買のハードルを超える。)

〜背景の説明〜
お金は大事だ。日々懸命に働いているとはいえ、なんでもかんでも欲望のままに物を購入していては、お金はいつまでたっても足りないし、家の中は物であふれかえってしまう。だからこそ物を買うときに人は「本当に必要だろうか」「もっと安く買う方法はないだろうか」「他にもっと良いものはないだろうか」と思考を巡らせる。思考という名の幾重ものハードルを飛び越えてようやく、お財布の紐を緩めるのだ。

それだけ購買という行為は、かんたんそうでむずかしい。販売側から見れば、これだけ物があふれる世界で自社製品を選んでもらうのは遥かに難易度が高いといえるだろう。

博報堂やボストンコンサルティンググループで活躍してきた津田久資さん著の『新マーケティング原論』(※1)では、人が「買う!」と決めるまでには「手に入れてもいい・買える・買ってもいい」という3つのラインがあると語られている。

各フェーズの詳細な解説はここでは省くが、3つのラインをわたしなりに噛み砕いてみると、こうだ。

①自分にとって価値あるものだと思えた。

②余裕で買える金額〜頑張れば買える金額の範囲内であり価値への好感度が高い状態になった。

③商品の価値が価格の価値を超えた(コストパフォーマンスが高いと思えた)。

購入する♡

①〜③の流れを突破して、ようやく物は売れるのである。

話を戻すと、カワイイという感情は上記のような購入までに訪れるハードルを下げる、あるいは軽々と突破する力を持っているのではないだろうか。

実際「カワイイ!」という感情が生まれた瞬間、数多にある雑貨屋の、数多ある傘の一つでしかなかったその傘は、一瞬にしてキラキラ輝く特別な傘へと変貌を遂げてみせた(①自分にとって価値あるものだと思えた)。

もちろん傘なので、手が届かないような金額ではなかったし、現実的にも手に入れることができる状態であると分かると、心はさらに傘に釘付けになっていく(②余裕で買える金額〜頑張れば買える金額の範囲内であり価値への好感度が高い状態になった)。

そしてその傘が他の傘と比べて割高だったとしても、カワイイの上塗りがされた傘は強い。この傘を所持している自分を想像してしまったら、サッカーでいうPKを手にしたもの同然だ。

この傘はきっとわたしの日常を鮮やかに彩り楽しませてくれるに違いない(③商品の価値が価格の価値を超えた)と思考した瞬間、カワイイは「買う!」のハードルを軽々と超えていったのだ。

【2つ目】カワイイの超越事例:物の本来の価値を超える

〜シーン〜
雑貨屋を出る頃には不思議なことに、今までは視界に入っても認識していなかったブルーとピンクの組み合わせが目につくようになっていた。

〜伝えたいこと〜
カワイイは、その物が持っている本来の価値以外の付加価値をもたらす。(物の本来の価値を超える。)

〜背景の説明〜
付加価値とは、すでにある物に新たに付け加えられる価値のこと。ただのAという物もカワイイというフィルターを通して見ることによって、A²になったりA+になったり、ときにはBに変わるなど、カワイイは新しい付加価値を提供してくれる。

傘の事例では「ブルーとピンクのカワイイ傘を手に入れた」という価値だけでなく、「ほかにもブルーとピンクのカワイイものが存在している」という知識を付加価値として与えてくれている。カワイイ傘がさらなるカワイイを連れてきてくれたのだ。

自分から傘の話を持ち出しておいてアレだが……もう少し分かりやすい事例でカワイイがもたらす付加価値について見ていきたいと思う。

シルバニア村に住むかわいらしい動物たちを中心としたドールハウスシリーズ『シルバニアファミリー』をご存知だろうか。子どもの頃、遊んだ経験がある方も多いだろう。

わたしも『緑の丘のすてきなおうち』で『みるくうさぎファミリー』たちと一緒に毎日を過ごしたものだ。かわいらしい動物たちはもちろん、ミニチュアサイズの家具や家電・おうちやお店もかわいくてたまらなくて、子どもながらに誕生日やクリスマスを駆使して一生懸命にアイテムを揃えたものだ。

そんなシルバニアといえば「子どものおもちゃ」という印象が強いと思う(対象年齢も3才以上だ)。しかしシルバニアに宿るカワイイという要素は大人に意外な付加価値をもたらしている。

2020年以降、20代以上の大人の女性を中心にシルバニアの注目度が高まっている。ユーザーの伸長率(大人層)を見てみると2021年時点では、2019年比で3.7倍という圧倒的な数字を誇っているのだ(※3)。

具体的にシルバニアが大人にどんな価値をもたらしているのかというと、たとえば就活中、カバンのなかにシルバニアの動物たちを忍ばせてこころに余裕を持たせたり、在宅勤務中のデスクにシルバニアを置いて寂しい気持ちを癒やしたり(※2)……と気持ちの余白づくりや癒やしといった形で大人に貢献していたのだ。

これは本来シルバニアが持っている価値を越えた事例といって差し支えないだろう。

カワイイは物の価値を高めるうえに、人に新たな幸せを連れてくる「幸福の連鎖」を生む働きもしてくれるのかもしれない。

【3つ目】カワイイの超越事例:不幸感を乗り超える

〜シーン〜
"あまいお菓子"はわたしの人生から憂鬱で億劫な時間を消し去ってくれたのだ。

〜伝えたいこと〜
カワイイは、ネガティブな気分をポジティブな気分へ変化させてくれる。(不幸感を乗り超える。)

〜背景の説明〜
生きていればモヤモヤを感じることもある。けれどできることなら、一度きりの大切な時間を1秒でも長くニコニコ穏やかに過ごしていたいもの。「ネガティブってなに?」と首を傾げて毎日を生きられたらどれだけ幸せなことか。ーーしかし、そうもいかないのが生きるということ。

けれど、ネガティブに苛まれそうになったときこそ役立つのが「カワイイ」である。

日常にカワイイを潜ませることで、あらゆるモヤモヤを晴らすことができるのだ。実際、事例を見てみるとたった1本の傘との出合いで、憂鬱な雨の日がワクワクと胸を弾ませる楽しい日に変貌を遂げている。カワイイにはネガティブをポジティブに変えてしまう凄まじい力があるのだ。

さらに日本のkawaii文化を牽引してきたとされるサンリオエンターテイメントと総合コンサルティングファームのPwCコンサルティングがタッグを組んで行われている幸福学と脳科学の知見を活用したKawaiiについての共同研究(※4)では、「Kawaiiという感情を持つ人ほど幸福度が高い傾向にある」という結果が明らかになっている。

カワイイという感情は昨今、重要視されているウェルビーイングの観点でも大きく貢献できる絶大なパワーを持っていると期待して良いのかもしれない。

カワイイはいつか世界を救うかもしれない

以上から「カワイイ」とは、あらゆる困難や不安・課題を越境する「魔法の感情」なのではないかーーと考えている。

(魔法なんて言葉を出すと突然、抽象的に聞こえるけれど複合的な意味を有する"カワイイ"という感情は、ある種の魔法が織りなすイメージの世界に近い気がするのだ……この話はまたどこかで。)

わたしはもっと、もっともっと、カワイイという魔法の感情を紐解き、カワイイの力を知っていきたい。そしてカワイイに関するさまざまな研究と実践を通して、人や社会の役に立てられないか思考を続けていきたい。

カワイイの一要素でも機能させる術を持つことができれば、わたしたちはきっと、もっと、こころ豊かに心地よく生きていくことができるはずなのだ。

さらに、いつか「カワイイは世界を救う!」なんて、2次元的キャッチコピーが世間に受け入れられる実績を得られたらおもしろいなと思う。

どんな道中になるのか、どんな発見や出会いがあるのか、まだまだ分からないけれど、カワイク楽しく挑戦を続けていこうと思う。

目指すは、カワイイによる社会課題の解決!

実はすでに動いているプロジェクトもあるのだが、今後さらに色んな企画を展開させて"カワイイアクション"を楽しみながら、てくてく歩んでいくつもりだ。

(応援してもらえると嬉しいです)

<参考>
(※1)ダイヤモンドオンライン「【マーケターが教える】人が「買う!」と決めるまでには「3つのハードル」がある」
(※2)東洋経済オンライン「自粛生活で「シルバニアファミリー」が人気の訳」
(※3)gamebiz「【クリスマスおもちゃ見本市2022】エポック社、「シルバニアファミリー」の新商品を展示 大人のファン層は3.7倍と近年急拡大」
(※4)日経BP「世界に冠たる日本の“Kawaii”、幸福度と脳科学から深堀りする」
<画像素材>
shigureni free illust
Canva

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