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読書記録「マチネの終わりに」

川口市出身の自称読書家 川口竜也です!

今回読んだのは、平野啓一郎さんの「マチネの終わりに」文藝春秋 (2019)です!

平野啓一郎「マチネの終わりに」文藝春秋

・あらすじ
2006年 蒔野聡史まきのさとしはクラシックギタリストとしてのデビュー二十周年記念コンサートの最終公演を、東京のサントリーホールで終えたところであった。

この頃蒔野は自らの演奏に納得がいっていなかった。周囲からは天才ギタリストともてはやされても、自分の演奏のことは他ならぬ自分が一番よくわかっていた。

レコード会社の是永の知り合いで、フランスRFP通信で記者をやっている小峰洋子こみねようこと出会う。

それはまさに、運命的な出会いと言っても良かった。

洋子は幼い頃に当時中学生だった蒔野の演奏を聴いたことがあり、蒔野は洋子が好きな映画の監督の娘と知り、出会ったその日に意気投合した。

端から見て、付き合ったとしてもおかしくない2人。

しかし、2人の物語は、決して幸せなストーリーではなかった。

取材で戦争真っ只中のイラクに駐在していた洋子。ホテルのロビーでの取材を終えエレベーターに乗った直後、エントランスで自爆テロが起こる。

「あと一つ質問をしていたら死んでいた」かもしれない恐怖は、フランスの自宅に戻ったあともトラウマとして洋子を苦しめた。

(音楽家として、イラク駐在を通じて)ベクトルは違えど、生き残った2人は苦しみの中で、お互いに惹かれ合う。

だが作中の言葉を借りるならば、「その並行する二本のレールは、当然のことながら決して交錯」することなく物語は続いていく。

読書会のリピーターに平野啓一郎さんの著作が大好きな方がおり、積読状態だった本をようやく紐解いた次第。

この作品はただの2人の恋愛ドラマだけではない。人間の自由意志、運命、そして記憶を巡る物語である。

蒔野と洋子の会話の中で、子どもの頃に遊んでいた庭の石にぶつかり、祖母を亡くしてしまったと言う。今まで幼い頃の思い出を思い出す石が、祖母の命を奪う石になってしまった。

ならばそんな石なんて、最初からなければよかったと。

だが、子どもの頃からそんな未来のことを考えている人はいない。ましてや、現在自分が選択した行動が、未来にどんな結果を及ぼすのかわかりきっている人もいない。

それは、イラクで自爆テロを間一髪免れた洋子にとっても、今日この日まで音楽家として演奏できた蒔野にとっても同じであった。

そして、お互いがすれ違うことになったのもまた、奇妙なめぐり合わせと、2人の選択の結果であった。

「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでいる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えているんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。」

同著 33ページより抜粋

作中で度々蒔野の言葉が登場する。イラクでの経験がフラッシュバックとなり洋子を苦しめたときも、唐突な別れのときにも、彼女はその言葉を思い返した。

心の傷は、時間が癒やしてくれる。だから今は無理をしないことだとはよく言う。今は解決できなくとも、未来が、時間が解決してくれると。

だが、心の奥底までに深く突き刺さった傷は、徐々に禍根という形で炎症する。

自由意志というのは、未来に対してはなくてはならない希望だ。自分には、なにかが出来るはずだと、人間は信じる必要がある。……だからこそ、過去に対しては禍根となる。何か出来たはずではなかったか、、、、、、、、、、、、、、と。

同著より抜粋

今の私にとって、禍根となるような選択は思い浮かばない。その経験があるからこそ今がある。けれどもやはり、あの時もし違う選択をしていれば、今とは異なる結果になっていたのではないかと思うこともやはりある。

だがそれは、今の自分の幸福を捨てるということだ。

これから年齢を重ねていけば、何度振り返っても痛みとなるような選択を取ってしまうこともあるかもしれない。

だが、2人の物語の結末のように、それでも前に進んでいこうと、そう思えるような作品でした。それではまた次回!

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