かつおのぼる

プロの小説家を目指しています。 普段は純文学っぽいものを書いてますが、ここでは短編やエ…

かつおのぼる

プロの小説家を目指しています。 普段は純文学っぽいものを書いてますが、ここでは短編やエッセイなど軽い読みものを出していこうと思います。

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僕が小説を書くわけ、それはマンゴージュースの染みのような物

 小説を書いていると言うと、どんなものを書いているのか、書きたいのかとよく訊かれる。そのたびにどう答えるべきか一瞬迷うのだが、――果たしておれはどんなものを書いているんだろうか、書きたいんだろうか? この人はミステリーだとか純文学だとかジャンルについて訊いているんだろうか?――同時に、ある疑問が頭に浮かぶ。  そもそもなんでおれは小説なんて書いているんだろうか? なぜ書き始めたのだろうか?  そのより根源的な問いに対して、完璧に答えることはおそらくできないだろう。あるいは

    • 地球が本当に求めていること

       SDGsという言葉が私は嫌いだ。おそらく、ありとあらゆる場所で見かけるようになったからだろう。あたかもそれが免罪符かのように、それさえ掲げておけば、明るい未来が待っているかのように。どこか他人事感が拭えない。  少し前に脱成長という言葉が流行った。私も件の本を読んで、概ねその内容に共感した。だけど如何せん、脱成長という言葉が先行しすぎて、本筋とはかけ離れた批判を受けてしまったのは著者の手落ちだった。脱成長というコンセプトは素晴らしい。SDGsよりはるかに責任感のある言葉だ

      • 愛についてのとてもとても長い話

         はっきり言って、現代の我々のほとんどが不毛な恋愛に憂き身をやつしている。もっと率直にいえば、大抵の連中が浮かれ騒いでいる色恋はすべて幻想で、要は偽物の恋愛ゲームに過ぎないのだ!  こう言ってのけたのは、東大で童貞學という未知の研究に日夜取り組んでいる「猫跨ぎ」という男子学生――すみません、少々熱くなってしまってだいぶん私の声が入り込んでいます。発言の責任はすべて私にありますので、ご了承ください。  いちおう童貞學というものを説明しておくと、――Xの公式アカウントによれば

        • ショートショート『ビール娘』

           「あなた、この調子じゃ死んじゃいますよ」そう医者に言われた。「気持ちはわかるけどね」  医者は自身のビール腹をさすった。白衣の下に樽でも隠しているのだろうか。  「最近はみんなそうだよ。すっかりビール娘に夢中さ」 彼はオンラインゲームの話をしているのだ。僕もそれにハマっていた。 『ビール娘』はクラフトビールを飲んで推しを育てるゲームだ。缶に印刷されたバーコードをスマホで読みとると、ランダムで物語が進行する。個性豊かなキャラクターたちが僕らを待っている。当初、ビール缶

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        僕が小説を書くわけ、それはマンゴージュースの染みのような物

          詩『愚痴』

          恋は突然だというけれど、恋は嵐のようだというけれど、今でも本当にそうなのかい だとしたら君は嘘つきだ 出会ったそばから僕らは恋に落ちるべきだった、でもそうはならなかった、なぜだろう それは僕らが互いに嘘をつき合っていたからだ つく必要がなかった嘘だ、でもその嘘は自然にこぼれ落ちた、避けようのない引力がそこにはあった 束の間の休息を僕たちは楽しんでいたのだろう 見るものがすべて、聴くものがすべて、触れる言葉の一語一語が、新鮮な息吹だった きみが眠れないというから、

          ショートショート『少年と海』

           老人の死後八十四日間、少年は海へ出なかった。そして八十五日目の今日、少年は再び海へ戻ろうとしていた。八十五という数字は少年にとって記念すべきものだった。少年は海についてのすべてを老人から教わっていた。船の操り方から、天候の見方から、漁の基本まで何もかもを伝授されたのだ。老人は偉大な漁師だった。幼い頃から船に乗り、体が動くかぎり海に出つづけた。晩年、彼は経験したことがないほどの不漁に苦しんだ。彼はいつだって大物狙いの漁師だったが、八十四日間に渡ってただの一匹も釣り上げることが

          ショートショート『少年と海』

          ショートショート『町一番のビル』

           雪深い町の旅館に測量士Kがやってきたのは、すっかり夜も更けた頃だった。Kは町一番のビルから仕事の依頼を受けてやって来たのだ。  「ご予約はされてますか?」と受付の男が尋ねた。陰気な顔をして、頭髪はほとんど禿げかけていた。  「いや」Kは首を振った。  「そうですか。じゃあ、他をあたってくださいな」  「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」Kは面食らって言った。「一部屋ぐらい空いてるでしょう」実際、宿の外観もエントランスもとても満室とは思えないほど寂れていたのだ。  「

          ショートショート『町一番のビル』

          ショートショート『三四郎という名前』

           三四郎は自分の名前にほとほとうんざりしていた。だいいち古くさすぎる。なにが三四郎だ、三にも四にもとくに意味はない。一人っ子だったし、生まれも八月だ。三と四を足したって七だ。だからいくらなんでも無理がある。ただ語感がいいだけだ。たしかに名前だけ聞くと、純朴でいい奴そうに思える。夏目漱石だってきっとそのあたりを狙って、ひょいと適当に名付けたのだ。まさか後年、その小説の主人公の名を冠した男が現実世界に誕生するとは思いもよらず。しかもこの二十一世紀において。  三四郎の両親はどち

          ショートショート『三四郎という名前』

          連作長編『墓守りの誕生』第一話

          1   墓守りの朝は早い。太陽が顔を出すまえには必ず起きていなければならない。墓場には幾千万の魂が眠っている。墓守りは夜が明けるまえにそれらの魂をみな叩き起こして、現生へと誘導しなくてはならない。徹夜で朝を待つ墓守りもいるにはいたが、長く続けられるものはいなかった。  墓守りは自他ともに多くの魂を扱う仕事で、健全で健康な魂を持っていなければ、とてもじゃないが務まらない。この里で生まれ育ったものであれば、誰もがその素質を持っているだろう。なぜなら里の教育方針の第一が魂の健や

          連作長編『墓守りの誕生』第一話