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私的ベスト短編小説9選

 短編小説は読書を始めたいという人にはうってつけだと思う。何よりもすぐに読めるし、途中で挫折することもない。それ以上に短編ならではの味がある。優れた短編が読者にもたらす感動は、長編大作がもつそれに勝るとも劣らない。

 そこで今回はお勧めの短編小説リストを作ってみた。なお筆者の好みゆえに外国文学が多めである。ちなみに9という数字に意味はなく、ただ単に九番目まで書いて疲れてしまったからに過ぎない。

 なおここで取り上げた作品は全て文庫本での入手が可能である。

1 フランク・オコナー 『ぼくのエディプス・コンプレックス』

 アイルランドの作家フランク・オコナー。アメリカのフラナリー・オコナーと名前が紛らわしいが作風は全然違う。第一次世界大戦から帰ってきた父親と息子の母親をめぐる対立と和解を描く。息子の視点から物語は進むが、父親の視点から読み返してみると真のテーマがわかる(と、勝手に思っている)。素朴ながら、心に残り続ける作品だと思う。


2 アラン・シリトー 『漁船の絵』

 イギリスの「怒れる若者たち」を代表するアラン・シリトー。しかしこの作品は優しく、そして悲しい愛の話である。冴えない郵便配達員と、10年前に離婚した元妻。彼らを繋ぎとめる一枚の絵。作品の最後の一行のことを思い出すたびに胸が張り裂けそうになる。(あえて引用はしないので読んでみてほしい)ランキングではないのだが、一位を選ぶならこの作品だ。


3 ヘミングウェイ 『二つの心臓の大きな川(第一部&第二部)』

 ヘミングウェイは短編の名手である。この作品はニックという青年がキャンプをする、ただそれだけの話なのだが、そこには戦争で傷ついた人間が自然の中で回復する姿が描かれている。『われらの時代』という短編集を通して読むとさらに味わい深い。


4 イーユン・リー 『千年の祈り』

 アメリカで出会った、中国出身の75歳の老人とイラン出身の77歳の老女。作品は中国の故事「集百世可同船」(同じ船に乗り合わせるためには三百年の祈りが必要だという意味)を下敷きにしている。言語が通じない彼らが交わす会話は、それ自体が祈りに近い。


5 レイモンド・カーヴァー 『何もかもが彼にくっついていた』

 冬の幸せな記憶を思い出すとき、感じるのは寒さよりもむしろ暖かさだ。クリスマスに父が娘に二十年も前の話をする。それはある冬下がりの日で、父と母はまだ少年と少女で、「何もかもが彼にくっついていた」のだ。この作品が与える読後感は、ストーブのじんわりとした温もりに似ている。訳は村上春樹。


6 ティム・オブライエン 『本当の戦争の話をしよう』

 正直リストに入れるかは相当悩んだ。これを短編小説と呼んでいいか分からなかったからだ。ヴェトナム戦争とは兵士にとって何だったのか。本当の戦争の話とはなにか。語れないものを語るとはどういうことか。戦争がまた世界中で起こりつつある今において、多くのインスピレーションを与えてくれるテクストだと思う。訳は(例によって)村上春樹。

7 ボルヘス 『バベルの図書館』

 短編小説といえばボルヘス、ボルヘスといえば短編小説なので、当然このリストにも入れざるを得ない。全てのアルファベットの組み合わせからなる本を収めた図書館はその存在自体が数学的なパラドックスとして取り上げられることも多い。SFやファンタジーが好きな人は読まない手はない。

8 谷崎由衣 『天蓋歩行』

 約90ページほどあるので完全に中編なのだが、この作品はぜひリストに入れておきたかった。熱帯雨林の大樹であった男の記憶と過去をめぐる旅の物語であり、同時に身を滅ぼすような愛の物語である。本の帯に「この想像力が、日本文学を更新する」とあり、読む前は大袈裟ではと思っていたが、読後にはただ頷くしかなかった。

9 山尾悠子 『夢の棲む街』

 山尾悠子を読むことは、旅をすることに似ている。「世界は言葉でできている」とは彼女の作品を表す際によく使われる言葉だが、読書とはその世界に潜り込むための行為である。この作品に触れ、一人の「夢の棲む街」に訪れた旅人となってほしい。


最後に

 このリストはあくまでも私の好みに過ぎないが、短編小説の限りなく広い世界を少しは紹介できたかと思う。気になった作品があったらぜひ読んでみてほしい。

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