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きっと忘れてしまうことについて

 小松真弓監督による『もち』という映画があり、確か数年前の公開時にみなとみらいのkino cinema で観た。事前にこの映画について何か知っていたわけではない。にもかかわらず観ようと思ったのは、ポスターにあった「忘れたくない 思い出せない そのあいだに わたしたちはいる」というキャッチコピーに強烈に惹きつけられたからだった。  具体的なストーリーは割愛する(詳しくは鑑賞してほしい)が、この映画が描いていたのは、日々の中の何気ないが、それでも大切な瞬間だ。祖母の死や親友の転

    • 私的ベスト短編小説9選

       短編小説は読書を始めたいという人にはうってつけだと思う。何よりもすぐに読めるし、途中で挫折することもない。それ以上に短編ならではの味がある。優れた短編が読者にもたらす感動は、長編大作がもつそれに勝るとも劣らない。  そこで今回はお勧めの短編小説リストを作ってみた。なお筆者の好みゆえに外国文学が多めである。ちなみに9という数字に意味はなく、ただ単に九番目まで書いて疲れてしまったからに過ぎない。  なおここで取り上げた作品は全て文庫本での入手が可能である。 1 フランク・

      • Aさんの思い出

        「忘れ得ぬ人」みたいな言葉がある。それは大概とても仲が良かった人とかお世話になった人とかに使うのだが、僕にとっては少し異なっていて、その言葉を聞いて思い出すのは高校1年生のとき同じクラスだったある女子生徒のことだ。 その人を仮にAさんと呼ぶことにする。物静かだが、話してみると気さくで、気配りができる人だった。つまりそれは、僕に対して何らかの感情があるとかいう訳ではなくて、ただ単純に彼女は善良な人間だったのだと思う。彼女とは隣の席になったことがあるくらいで、特に深い関わりがあ

        • 陽だまりの中で

           僕はかつて将棋のプロ棋士を目指していた。そして夢に破れた。そのときの話を書きたい。  そんなことを今になってわざわざ書いているのは、忘却に抵抗するためだ。何も残せなかった人間のことは誰もが忘れてしまう。そして時が経つにつれ、彼自身も自分が確かにそこにいたことを信じられなくなってしまう。だからここで僕は、誰かの記憶に残るのはあまりにもありきたりな一つの挫折について、あるいは決して語られることのない物語について語ろうと思う。  僕は2002年に生まれた。2002年に生まれたほ

        きっと忘れてしまうことについて

          遠く離れた場所から

           最近ふと漠然と、「遠くに来たな」と思うことがある。何故か15年間住んでいる家の近くを散歩する時や、ずっと昔からの知り合いと話している時などに決まってそういう感覚はやってくる。  数少ない友人は決まって「お前は昔から変わらない」という。それはある種の呪いのように感じられるが、同時にどこか安堵する自分がいる。つまり、私は変わることで、過去の地点との距離が生まれることを恐れているのだ。  例えば昨日で物心ついてから一緒に暮らしてきた飼い猫の命日から半年が過ぎた。今でも目が醒める

          遠く離れた場所から