【エッセイ】筏(イカダ)
父から釣りを教わった。
海にあるさまざまなフィールドで
釣りを教えてもらった。
磯、湾内、河口、沖の波止、砂浜、筏・・・
それらのフィールドでは、
釣りを通してさまざまな魚種を知ること以外に、
さまざまな海を知ることができた。
磯に激しくぶつかる荒波の強さ。
湾内での池の水面のようなおだやかさ。
河口での海と川のボーダレスなつながり。
沖にある波止という人工物との共存。
砂浜でのさざ波の音色。
筏での潮流の躍動。
私はそのなかでも筏での釣り※が好きになった。
※筏での釣りとは、
筏釣り(かかり釣り・カセ釣り)の意。
クロダイ(チヌ)の釣り方のひとつ。
外海でなく内湾に設置された筏やカセ(小さなボート)から行う釣り方。
専用の短竿で細い竿先に伝わるアタリ(魚が餌を食べる反応)のみで
竿を上げ(合わせ)て魚を掛けるシンプルながら奥が深い
マニアックな釣り。
筏での釣りが好きになった理由は2つ。
1つの理由は、
海をもっとも身近に
感じることが出来るからである。
海の真ん中にぷかりと浮かぶ非日常体験。
渡船(フネ)でしか行って帰ってこれないスリル。
波のゆらぎと同調する心地よさ。
海面まで手を伸ばせば届く親近感。
竿先や釣糸でダイレクトに感じ取れる潮流。
360度範囲で受ける海風。
2つ目の理由は、
父との筏での会話が心地よかったからである。
日の出から日没まで
ずっと手持ちの竿先だけをみて、
背中越しでのたった2人の会話。
「どない?」「あかんな~」
<解説>
もし自分の竿に魚のアタリがあっても、
聞かれても、
親子間でハッタリをかます(とぼける)。
「儲かりまっか?」「ボチボチでんな」的。
「帰ろか?」「そやな~」
<解説>
釣れなくて、どちらかが帰ろうと言っても
結局は最終時間にフネが迎えに来るまでねばる。
完全なる空返事。
「また来よ」「ええよ~」
<解説>
結局、釣れなくても帰りの迎えの船の中では
懲りずにいつもリベンジを誓う。
親子の勝負は続く。
筏では、ほぼこの会話だけで足りた。
父と一緒だとずっと釣れなかったが、
それでも十分だった。
今、自身が当時の父とほぼ同じ年齢になった。
もうあの会話のやりとりは
出来ないけれど・・・
日の出から日没まで
一緒に感じた
あの筏はまだ海に浮かんでいる。
by katsu now