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「俺、普通の中学生をしたい」不登校だった中1男子が夜間中学と出会って、高校受験を目指すまで

家庭でも学校でもない、第3の居心地が良い場所「サードプレイス」。
そこは、子どもたちが親や教員、友だちとも違う人たちと出会い、さまざまな価値観や可能性にふれられる場所。やりたいことが見つかったり、自分の良さに気づくことができたりなど、世界が広がる場所でもあります。

カタリバではこれまで20年間、子どもたちのためのサードプレイスと、親や教員(タテ)や同級生の友だち(ヨコ)とは異なる 「一歩先を行く先輩とのナナメの関係」を届けてきました。
子どもたちがどのようなきっかけで「サードプレイス」に来て、どんな経験をし、何を見つけたのか。これまで出会ったたくさんの子たちの中から、特に印象的だったエピソードをご紹介します。

普通に友だちを作って、普通に勉強したいだけなのに……

中学1年生の1学期、ヒサトさんは不登校になりました。夜中までゲームをしていて遅刻が多く、先生から「給食を食べに来てるのか」などと嫌味を言われることがしばしば。それでも頑張って登校していたのですが、あるとき仲の良い女の子から心無い言葉を言われ、学校に行けなくなってしまったのです。

スクールソーシャルワーカーからカタリバが運営する「お昼の居場所」を紹介されたのは夏のこと。「お昼の居場所」は、学校には行けないけれど外出できる不登校児童や生徒がやって来て、少し年上の先輩たちや他の子どもたちとおしゃべりをしてコミュニケーション能力や正しい生活習慣を養ったり、勉強をしたり、ご飯を食べたりする場所です。

「お昼の居場所」を見学に訪れたヒサトさんは、「少人数だし、スタッフさんたちもやさしい感じで、ここならうまくやっていけるかもと思った」と言います。しかし、その後すぐにインフルエンザや新型コロナウイルス感染症に連続してかかり、「お昼の居場所」に行くタイミングを逃してしまいました。

それでも心の中で「お昼の居場所」が気になっていたヒサトさん。冬の初め、小学校からの親友・シロウさんが不登校になったことから、シロウさんに「お昼の居場所」のことを話しました。すると、シロウさんも興味を示し、一緒に「お昼の居場所」に行くようになったのです。

「お昼の居場所」スタッフのジュンさんは、その頃にヒサトさんが発したある言葉にハッとしたと言います。

「雑談をしているときにふっと『俺、普通の中学生をしたい』って言ったんです。普通に友だちを作って、普通に勉強して、普通に部活をして、普通に異性とも話してみたいと。
不登校になった子たちは、そうした『普通』を体験する機会を失うんですよね。ヒサトさんはそれを取り戻したい、けれどそれができない自分に、もどかしさを感じているのだと思いました」(ジュンさん)

「親友と一緒に夜間中学に通いたい」その想いが変化するきっかけに

シロウさんと一緒に「お昼の居場所」に来るようになったヒサトさん。中2になってからは、週2回ほど定期的に来所するようになりました。

シロウさんは休むことなく「お昼の居場所」に来ていましたが、ヒサトさんは数日続けて来たかと思うと、連絡もなくパタっと来なくなることが。学習のクラスにもほとんど出席せず、昼夜逆転生活が習慣になっていて、スタッフと約束した時間に遅れることもしょっちゅうでした。

そんなヒサトさんが変わったのはその年の夏。シロウさんが10月から夜間中学へ通うことが決まってからでした。

実はこの年、カタリバでは文部科学省と連携して、不登校の子どもたち一人ひとりが自分に合った学びの場を選択できることを目指す「夜間中学を活用した不登校支援の実証事業」を行うことが決定。夜間中学が適していると考えられる生徒を夜間中学側に紹介し、カタリバスタッフが生徒に伴走するという取り組みを進めていました。

安定して「お昼の居場所」に来所し、学習クラスにも積極的に出席していたシロウさんが、その候補に選ばれたのです。

それを知ったヒサトさんは、ジュンさんに「俺も夜間中学に行きたい」と訴えかけました。しかし、ジュンさんは、「ヒサトさんの『お昼の居場所』での行動を見ていると、まだ夜間中学へ行ける状態にはないと思う」とはっきり告げ、丁寧に理由を説明したのです。

それが刺激になったのか、ヒサトさんの行動が変わってきました。

「遅刻や無断欠席をしなくなり、受け答えが目に見えてしっかりしてきたんです。『お昼の居場所』の活動で役割分担決めをするときも自分から手を上げるなど、周りの様子を見てリーダーシップをとってくれることが増えました。
これは急にやろうとしてできることではありません。おそらく彼の中でもともと少しずつ変化しており、それが今回のことをきっかけに行動として出るようになったのだと思います」(ジュンさん)

ヒサトさんが努力したことを、ジュンさんたちスタッフも言葉に出してほめました。するとさらに前向きになっていったヒサトさん。そして「やっぱり高校に行きたい。勉強もしたい」という言葉を口にするようになったのです。
それを聞いたジュンさんは、「中学卒業後の進路を自分なりに少しずつ考えられるようになってきた」と感じ、次のステップとしてヒサトさんにも夜間中学をすすめることにしたのです。

夜間中学に5回ほど行って登校渋りに。ミスしても誰も笑わない環境で少しずつ自信を取り戻す

秋、夜間中学への通学がスタート。ヒサトさんは週に2回というペースで通い始めました。

「最初は、普通の学校みたいでちょっと不安だったけど、クラスの人たちが向こうから話しかけてくれて、すごくやさしくしてくれました。クラスは多いときで7〜8人で、おばあちゃんがいたり海外の人たちがいたり。個性的だけど、みんなとても仲が良くて、すぐおもしろいと思うようになりました」
と笑顔で話していたヒサトさん。

ところが、5回ほど登校したところで、「今日は行きたくない」と行き渋りを始めるようになりました。

「遅刻して怒られたり、授業についていけなかったりする部分がありました。何より、学校生活の流れに対応するのが難しいようでした。
世間の人が『学校に行って授業を受けるだけ』と考えるような学校生活には、授業前に教科書の準備をする、きちんと提出物を出す、休み時間の間にトイレを済ませるなど、さまざまな準備・段取りが必要です。不登校で長く学校に行っていない子の場合、イスに座って授業を受けるよりむしろ準備や段取りの方が難しい場合が多いのです」(ジュンさん)

さらに少し後には、テストが待っていました。ヒサトさんとシロウさんは相談し、2人でジュンさんに「テストは受けない」と言いに来たのです。

「どんな理由にしろ『自分は受けない』と1人で決めるならいいですが、『2人一緒ならやめても安心』と考えて逃げるのは、2人にとってマイナスにしかなりません。2人にそれを伝え、どうするか自分1人で考えるよう話しました。何度も話し合ううち、『受けるだけ受けてみる』と彼らから言ってくれたんです」(ジュンさん)

夜間中学は少人数のため、先生は生徒にマンツーマンに近い形で関わり、テストも個々のレベルに合わせて作ってくれます。そのため、ヒサトさんは苦手な科目は赤点でしたが、得意の数学はなんと100点満点!
予想外の結果にヒサトさんは「俺、100点見たの小学校ぶり!帰ってお母さんに絶対見せる」と、大はしゃぎでした。

夜間中学では、授業でヒサトさんが間違えても誰も笑ったりしません。先生も彼ができたことを指摘し、「褒めるフィードバック」をしてくれました。そのことがわかってくるにつれ、ヒサトさんは行き渋りをしなくなっていったのです。

「中学校のときは、学校に行っても先生から『遊びに来てるのか』と言われたり怒られたりしてばかりでした。でも、夜間中学は先生がすごくやさしい。ミスをしても普通に教えてくれるからめっちゃうれしい。勉強が楽しいと思いました」(ヒサトさん)

ヒサトさんのクラスには、数カ月後に高校受験を控えている生徒も。その生徒が面接の練習をしているのを見たヒサトさんの口から「俺も来年は……」という言葉が自然とこぼれました。

大切な人と出会えた夜間中学は、自分にとっての「居場所」だった

ヒサトさんは10月〜3月まで計30日、夜間中学に通いました。3学期はなんと一度も欠席せずに登校。
ヒサトさんに夜間中学の感想を聞いたところ「行ってよかった」という言葉が返ってきました。

「すごくおもしろい先生に出会えました。理科の先生で、授業がすごく楽しいんです。わからないことがあるとやさしく教えてくれて、背中を押してくれました。その先生に出会えたことが本当によかったです。
あと、夜間中学でもう1人親友ができました。18歳で年上なんですけど、ゲーム好きで勉強は苦手。いろいろなところが俺と似ていて話が合うんです。今でも互いの家にお泊まりしちゃうくらい。
この2人に出会えたのが、本当によかったです」(ヒサトさん)

その後、中3になったヒサトさんは、中学校に再び通い始めました。新たに担任になった先生が、「何も心配することないからクラスにおいでよ」と根気よく電話をくれたこと、そしてやはり夜間中学で「楽しい学校生活」を体験できたこと、勉強に少し自信をもてたことが背中を押したようです。

「ヒサトさんとシロウさんに『夜間中学は今はまだ実証実験中だから、3月で一旦終了だよ』という話をしたとき、2人とも『まだ通いたい』と言っていて、そのときヒサトさんが『もう居場所になっているから』とポロッと言ったことに驚きました。学校がそういう場所になり得ると身をもって体験したことは、すごく大きいと思います。
夜間中学を体験していなかったら、中学校に復帰する決断もまだできなかったかもしれません。そういう意味でも、夜間中学での経験は大きなプラスになったと思います」(ジュンさん)

現在、ヒサトさんは高校受験を控え、教育支援センターにも通い始めました。中学校は2学期からまた休みがちになっているのですが、「高校で青春したい」という目標は変わっていません。「登校や高校を諦めるのではなく、自分のペースであせらず頑張りたい」と前を向いて語ってくれました。


夜間中学は元々、第二次世界大戦後に生活のために働いていて義務教育を受けられなかった人のために設置された施設です。現在は、何らかの理由で義務教育を受けていない人や、日本で義務教育を終了していない外国ルーツの方々が主に利用しています。

長期的に不登校になり、一から学び直しが必要な子どもたちにとって、夜間中学は少人数で手厚い学習サポートを受けながら学べるメリットがあります。また、起立性調節障害の子どもたちなどにとっては、学びの時間に適している場合が。これらのことから、夜間中学は不登校支援において有効なのではないかと考えられています。

「しかし、まだ一般には夜間中学の存在がほとんど知られていません。そのため、不登校の生徒が通うことが理解されづらく、長期不登校で進路が未決定の子の選択肢に、夜間中学が入らないのが現状です。
また、夜間中学は “学校” なので行事も非常に多く、それは教育支援センターなどでは得られない機会です。不登校の子どもたちのそうした機会損失は、やはり学校でなければ埋められない部分があります。そういう意味でも、夜間中学の活用を、より多くの人に知ってほしいと思います」(ジュンさん)

※個人の特定を避けるため、一部フィクションが含まれています

-文:かきの木のりみ

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