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「私、多動症だから……」発達障害のため自信を失っていた女子高校生が、自ら挑戦を決めた出会いとつながりとは

家庭でも学校でもない、第3の居心地が良い場所「サードプレイス」。
そこは、子どもたちが親や教員、友だちとも違う人たちと出会い、さまざまな価値観や可能性にふれられる場所。やりたいことが見つかったり、自分の良さに気づくことができたりなど、世界が広がる場所でもあります。

カタリバではこれまで20年間、子どもたちのためのサードプレイスと、親や教員(タテ)や同級生の友だち(ヨコ)とは異なる 「一歩先を行く先輩とのナナメの関係」を届けてきました。
子どもたちがどのようなきっかけで「サードプレイス」に来て、どんな経験をし、何を見つけたのか。これまで出会ったたくさんの子たちの中から、特に印象的だったエピソードをご紹介します。

明るく誰とでもすぐに仲良くなるムードメイカー。でも内心は自信が持てず……

明るくて人懐こいルミさんは、「放課後の居場所」というサードプレイスのムードメイカー的存在。人と話すのが大好きで、近くにいる人をいつの間にか話に巻き込むのが得意なルミさん。彼女がいると皆がすぐ友達になり、「放課後の居場所」全体が明るく元気になるようでした。

ルミさんが初めて「放課後の居場所」に来たのは、高校1年生のとき。「多動症」という発達障害をもっている影響で勉強が遅れていたルミさんに、担任の先生が校外にある「放課後の居場所」で高校受験に向けたサポートを受けるようすすめたのです。

「ルミさんはすぐに『放課後の居場所』を気に入り、毎日来るようになりました。シングルマザーのお母さんは仕事で帰宅が遅かったので、ルミさんは学校が終わるとここに来て、夜9時の閉館までずっと過ごしていました」
そう教えてくれたのは「放課後の居場所」スタッフで、ルミさんと仲が良かったカナミさんです。

カナミさんは、ルミさんが「放課後の居場所」に馴染んだことを喜びながらも、利用頻度が高いことが心配だったと言います。なぜならルミさんが「放課後の居場所」以外の場所を避ける言動をしていたからです。

「高校生くらいになると皆、アルバイトや塾などいろいろなコミュニティに参加するようになります。でもルミさんは『私は多動症があるから知らない人とうまくやっていけるか不安』と言い、外に出ることを怖がっていました。その分、どんどん『放課後の居場所』に依存するようになっていったんです」(カナミさん)

将来はホテルのフロントスタッフなど、人と接する仕事に就きたいと言っていたルミさん。しかしそれについても、「多動症があるから普通に仕事できないかも……」と諦める言動をするようになっていました。
「彼女のこれからを考えると、このままではいけない」と思ったカナミさんは、「放課後の居場所」以外のコミュニティと触れ合う第一歩として、ルミさんにアルバイトすることを提案しました。

子どもたちの挑戦をバックアップする「地域接続」という試み

「きっかけは、ルミさんが『そろそろ自分のお小遣いくらいはアルバイトでまかなってほしいとママに言われてるんだけど、多動症があるから……』と話していたことでした。ルミさんとお母さんはとても仲が良く、お母さんがアルバイトをすすめているならトライする気になるのでは、と思ったんです」(カナミさん)

そこでカナミさんは、カタリバの「地域接続」にルミさんも参加するよう誘いました。
「地域接続」とは地域の活動に参加したい中高生と、活動に参加してもらいたい地域団体をつなぐ試み。「中高生を支援する団体が増えれば、支援を必要としている子により多くの福祉的支援を届けられるのではないか」という思いから、カタリバが2022年より始めた活動です。

手始めに紹介したのは、地元の夏祭りの1日ボランティアでした。内容は、夏祭りのイベントに参加した子どもたちにお菓子を配るというもの。子ども好きのルミさんも「これならできるかも」と即OKし、終えた後も「すごく楽しかった!またやりたい」と喜んでいました。

その様子を見たカナミさんは、すかさず次のアルバイトを提案。今度は月に1回、地域接続で提携しているケーキ屋さんで働くという本格的なアルバイトです。

「そのケーキ屋さんは『放課後の居場所』に毎週末、ケーキを届けてくれていて、『放課後の居場所』の子どもたちのこともとても理解してくれていました。ここならルミさんをあたたかく見守りながら教育してくれるだろうと思ったんです」(カナミさん)

しかし、ルミさんが示したのは強い拒否反応でした。

長期のアルバイトに挑戦する勇気を引き出した“自分の長所”

「有償のアルバイトは責任が重くなるから怖いと尻込みしていました。月1回とはいえ定期的に通うことも不安なようでした。『今は勉強を頑張りたいから来年からやる』と言ってみたり、『受験前だからもっと遊びたい』と言ってみたり、理由をつけては先延ばしに。その気持ちもうそではなかったと思いますが、その奥に『挑戦することが不安で怖い』という思いが見え隠れしていました」(カナミさん)

多動症であることであらゆることに自信を失くしていたルミさん。「まずは自信を持ってもらうことが必要」と感じたカナミさんは、ルミさんの長所をルミさん本人にプレゼンすることにしました。

「ルミさんが暇そうにしている時に声をかけ、一緒にルミさんの長所を考えるようにしたんです。例えば、ルミさんが明るくコミュニケーション能力が高いこと、だから『放課後の居場所』に来たばかりの人は皆ルミさんを頼りにすること、夏祭りのイベントも上手にできて楽しめたことなどをひとつ一つ紙に書き出し、一緒に確認しました。
また、彼女の夢であるホテルのフロントの仕事は接客スキルが大切です。今回のアルバイトはその仕事をする上でも役立つのではないかなど、アルバイトのメリットも一緒に考えました」(カナミさん)

こうした説得を続けること2カ月。ようやくルミさんはケーキ屋のアルバイトに挑戦する決心をしたのです。
アルバイト初日、4時間の勤務を終えたルミさんは、その足で「放課後の居場所」に報告に来ました。そして開口一番「おもしろかったー」と笑顔を見せたのです。

「『初めてレジをやったんだけど、教えてもらったらちゃんとできたよ』とすごくうれしそうでした。また、アルバイト代をもらえたことにも感激していました。
これまでアルバイトをしたことがなかったので、何かを任されたのも、お金を稼いだのも全て初めての体験。そのすべてが新鮮で楽しかったみたいで、『次も頑張る!』と前向きになっていました」(カナミさん)

自分にはできる!1つの成功体験が自信を生み、次の挑戦への勇気に

毎回アルバイト後にはカナミさんをはじめとしたスタッフたちと面談をし、結果を報告することになりました。するとそれがルミさんの張り合いの1つになり、働き方を自分で工夫するようになっていきました。

「あるときは、店長さんがケーキの素材や特徴だけでなく、味までも具体的に説明していたのを見て真似したそうです。すると、ケーキを2つ買おうとしたお客さんが4つも買ってくれたと喜んでいました。
明るく一生懸命接客するのでお客さんの受けも良く、ルミさんをかわいがってくれるお客さんもできたそうです。ケーキ屋さんのご主人からも『同じ地域にこんなに素敵な中高生がいるのかとうれしい気持ちになった』と連絡をいただき、私たちスタッフも感激しました」(カナミさん)

こうしたことのひとつ一つがルミさんの自信になっていったようで、ケーキ屋さんのアルバイトを6回続けたところで、ルミさんに大きな変化が訪れました。
なんと自分から「コンビニエンスストアでアルバイトしてみたい」と言い出し、履歴書を書いて応募したのです。

「履歴書を書くのも、応募するのもルミさんは初体験。すべて自分で調べて実行し、そのアルバイトに受かったのは本当にすばらしいことです。ケーキ屋さんでいかに自信がついたかわかると思いました。
『放課後の居場所』外のコミュニティで、スタッフのサポートなしでもちゃんとやり切れたことが、大きな成功経験になったんだと感じました」(カナミさん)


ルミさんがコンビニのアルバイトを始めたのは今から半年前のこと。ルミさんは今もそのバイトを続けており、さらに週1回から週3回にシフトを増やしました。その分、『放課後の居場所』の利用頻度は週2回程度に減り、依存的な言動もなくなったそうです。

ルミさんの変化を見てきたカナミさんは、「自分で決めて挑戦する」ことの力の大きさを感じていると言います。

「ルミさんはケーキ屋さんのアルバイトで『自分にはこういうことができる』という自信を得て、自分の1つの成功体験にしました。そしてそれを力に、自らコンビニのアルバイトに挑戦することを決めて行動し、さらに大きな自信と成功体験をつかみました。
これからルミさんは、受験だったり就職活動だったり、大人になっていくにつれていくつもの壁にぶち当たるはずです。そんなとき、今回の挑戦体験と成功体験が、彼女の勇気になり、後押しになってくれると思うんです。それを得られたことは、本当に大きな意味があると思います」(カナミさん)

※個人の特定を避けるため、一部フィクションが含まれています

-文:かきの木のりみ

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