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【読書メモ】ケアするまちのデザイン 対話で探る超長寿時代のまちづくり

著:山崎亮
2019.4 医学書院


概要

著者の山崎亮氏は、地域において住民参加型のまちづくり計画を行う、株式会社studio-L代表であり、自らのことを「コミュニティデザイナー」と名乗られています。

本書は、厚労省が「高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう」に推し進めている「地域包括ケアシステム」についての理解を進めようとしたものです。
先進的な取り組みをしている地域4箇所を取り上げたもので、そこでの取り組み主体の方々と、「ケア」・「デザイン」をテーマに対談を行っています。

目次

※医学書院サイトより
著者プロフィール
はじめに
 
1 ケアとまちづくりはどこで出合うのか
   ─高齢者総合ケアセンターこぶし園のサポートセンター
 吉井靖子さん 社会福祉法人長岡福祉協会 高齢者総合ケアセンターこぶし園 総合施設長/看護師
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 高田清太郎さん 株式会社高田建築事務所 代表取締役/建築家
医療・福祉とまちづくりが近づいてきた/ケアをまちのなかへ届けるしくみをつくる/まちの一部としての「サポートセンター」/施設じゃない、家をつくるんだ/「自分が住むなら」の目線/まちでできることを広げていく/「あそこなら入ってもいい」と言われるように/できない理由を100挙げるか、できることを1つ見つけるか/まちに境界線はいらない

2 誰がまちをケアするのか─魅知普請の創寄りとチーム永源寺
 花戸貴司さん 東近江市永源寺診療所 所長/医師
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 北川憲司さん 滋賀地方自治研究センター 理事
多種多様な人材がクロスする「東近江 魅知普請曼荼羅」/人と人をつなぐことで9割くらいはうまくいく/地域包括ケアは高齢者だけのものではない/「病気だけを診るのではなくて、私の生活のすべてをみてください」/医療は、その人の生活や役割の邪魔をしてはいけない/医療・介護・福祉ができることは限られている/プロは差し控えることを知っている/「最期まで家で」を実現するのは、本人の意思/「そんな人いたっけ?」と言われるリーダーが理想/「おまえが言うなら仕方ない」力/お惣菜をもらえたら一人前/巻き込むのではなく巻き込まれにいけ

3 何がケアとまちをつなぐのか─地域包括ケア幸手モデル
 中野智紀さん
社会医療法人JMA東埼玉総合病院 地域糖尿病センター センター長
在宅医療連携拠点 菜のはな 室長/医師
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 小泉圭司さん 元気スタンド・ぷリズム合同会社 代表社員・NPO元気スタンド 代表
あなたも“コミュニティデザイナー”!/新しい信頼関係をつなぐ人たち/地域に自分の居場所がない!/来るだけで介護予防になる喫茶店/にじみ出ることでつながりが生まれる/営利と非営利のバランス感覚/楽しいことを入り口に/アウトカムは「居心地のいいまち」/ネットワークというよりクラウド/信頼と情報の共有/ケアの中心にあるのはソーシャルワーク/地域包括ケアは「わがまちモデル」で

4 ケアするまちをどうつくるのか─Share金沢、三草二木 西圓寺
 雄谷良成さん 社会福祉法人佛子園 理事長/僧侶
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 西川英治さん 株式会社五井建築研究所 代表取締役/建築家
障害者福祉からまちづくりへ/障害のある人が安全に暮らせる場をつくらなければならない/「建築なんかなくてもいい」と施主に言われて/打ち合わせはキャッチボールか殴り合い/「目利き」になれる専門家を探せ/当事者になる、当事者とやる/ときには細部から始めてみる/所有から共有へ意識を変える/他分野の仲間と、相互介入できる信頼関係をつくる

5 ケアとデザインの再会と深化
 山崎 亮
地域包括ケアは、まちづくりにケアとデザインを組み込むこと/ケアとデザインの源流は同じ/支援と意欲の喚起は両輪の関係/理性と感性、正しさと楽しさ/地域住民の参加は「楽しそう」から始まる/必要最低限の空間/場と人のつながり、人と人のつながり/地域はそこに生きる人たちの人生の集積/貨幣のやりとり、信頼のやりとり/豊かな人生への挑戦

おわりに

抜粋

コミュニティデザインとは、地域の人たちとともに地域の未来をデザインする行為である。コミュニティを「まち」、デザインを「つくり」と訳せば、コミュニテイデザインはまちづくりに近い行為ということにもなる。
実際には、コミュニテイデザインが携わる事業はさまざまであり、まちづくりというほど大きな規模でないものも多い。地域住民とともに公園の設計を考えたり、商業施設や宗教施設のなかで市民活動団体が活動できるようなしくみをつくったり、市民参加型でひとつのアート作品をつくったりする。
これらはいずれもまち全体を考慮しているものの、直接の対象としてまちをつくっているわけではない。もちろん、まち全体の総合計画を住民とともに考えるといった規模の仕事もあるが、それらはコミュニティデザインの事業としては一部である。
そこで、われわれは自分たちの仕事をまちづくりと呼ばず、「コミュニティとともに何かをデザインする行為」としてコミュニティデザインと呼ぶことにした(P166)

生活のある部分で支援を必要とする人がいる。
当然、支援する人が必要になるが、一方で本人の中に「何かやりたい」という意欲を生み出すことも必要となる。支援されるばかりでは生活や人生が充実しない。支援と意欲、つまりケアとデザインの両方が求められる所以である。この両者は緩やかにつながっている。
ケアは対象者を「支援する」ことから「様子をみる」こと、そして「少し気にかけておく」ことまでを意味する。
一方、デザインは「快適な空間」や「魅力的な図案」や「楽しげな活動」によって対象者の意欲を高めることができる。
ケアが必要な人であっても、全人的に支援が必要なのではなく、生活の一部は支援が必要だが残りは意欲が必要である場合が多い。本人の意欲が支援の必要性に影響を与えることもあるし、逆に支援のあり方が意欲を高めたり削ぎ落としたりする可能性もある。
人間は他者からの支援と本人の意欲をバランスさせながら生きている存在であり、地域はそんな人間たちが集まってできあがっている圏域である。
だからこそ、地域包括ケアにおいてはまちづくりのなかにケアとデザインをバランスよく包含する必要がある。(P166)

まちづくり全般に関わる東近江の北川憲司さんの言葉は、専門職連携と住民参加による地域包括ケアのあり方をわかりやすく示してくれたといえよう。「地域包括ケアという言葉は誤解されやすい。高齢者や介護保険の話だと思われてしまう。しかし、障害者も生活困窮者も包括的に考えることが地域包括ケア。それをやるのは地域住民。専門家ができることは5%くらいではないか」(P178)

仮に地域包括ケアの95%を地域住民がやるとすると、仕事ではないことに関わるためのやる気をどう起こしていくのかが重要になる。人からの感謝、活動の楽しさ、人とのつながり、居心地のよさなど、地域住民が地域包括ケアに参加する多様な理由を想定して事業を進めていく必要がある(P178)

地域包括ケアを医療費や介護費を下げるための取り組みだと考えるとやる気が出てこないかもしれない。しかし、知り合いと信頼を介したやりとりを増やす試みだと考えれば、やる価値が感じられるものとなる。(P193)

補記

抜粋では、4つの事例の具体的内容には触れず、「コミュニティデザイン」や「地域包括ケアシステム」に関する概観についての部分を取り扱いました。それぞれの対談の中では、数々の実践知や人々の想い・工夫、エピソードがあることがわかり、非常に興味深いものになっています。
しかし、その地域の状況や活動の経緯などに依る部分があり、一部を抜粋すると、「極端な内容が書かれている」といった印象を与えかねないと思ったためです。
気になる方は、是非、本書をチェックしてみてください。
先駆者たちの熱量や苦労、うまくいった地域の姿などがわかり、勇気づけられることと思います。

ところで、山崎亮氏は、「まちづくり」を、仕事として成り立たせている数少ない人物であると思います。
本書を通して、氏が、アカデミアのバックグラウンドを持ちながら、マネタイズすることが難しい、まちづくりや非保険領域での医療・介護・福祉の分野において、実践的に活動を続けられているということを再認識しました。
今後も"ファン"として、活動を拝見させていただきたいと思いました。

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