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コーカサス大カブト、今見たら触れる?

  子供の頃の私はムシキングが大好きだった。『ムシキング』はだいたいどこのデパートのゲームコーナーにも設置されているトレーディングカードのアーケードゲームで、女の子は「ラブアンドベリー」、男の子は「ムシキング」をやって遊ぶのが定番だった。私はファッションセンスというものが壊滅的だったから、いまいちラブアンドベリーにハマることができずに弟と一緒にもっぱらムシキングばかりやっていた。ムシキングはゲーム性自体は単純なジャンケンなのだが、カードに描かれる種々のカブトムシがカッコよく、ついついレアカードを求めてプレイしてしまうゲームなのだ。


  コーカサスオオカブトはもちろんムシキングでも強いレアカードだ。当時の私がそのカードを持っていたかどうかはもう覚えてないけれど、3本角の強そうな見た目のコーカサスオオカブトは、子供の私の心を大いにくすぐった。その頃の私ならコーカサスオオカブトを目の前に出されたら嬉々としてツンツンし、興奮しながら「強そう〜っ!!」という感想を吐いただろう。 

  それに加えて私のお母さんは子供の趣味にも積極的に関わってくれる優しい人だったから、家でカブトムシを育てていたこともある。家族みんなで虫籠の中のカブトムシの幼虫を眺め、いつ羽化するんだろうとワクワクしながら待っていたあの夏。確かそのうち虫籠の中にはクワガタなども増えて、実際にクワガタ同士が投げ飛ばしあう喧嘩をした時は「むしって…おもしろすぎっ…!」と思っていた気がする。カードゲームの中でしか見たことないかっこいいものが目の前にある、ということは私の知的好奇心を大いに満足させた。

  時が経って2020年くらいだっただろうか、大学生になった私はもはや日常生活で虫を触る機会など全くない生活を送っていた。頭の中は単位と遊ぶことでいっぱい、たまにやることといえばApex。そんな自堕落な生活を送っていたある日、私はマンションの廊下でうぞうぞ蠢く黒いものを見つけた。「ひっ…!うわっ!」という声を実際に出していたかは定かではないが、”それ”を見つけた私はプロアスリートもかくやという反応速度で体をのけぞらせ、ものすごい角度で飛びのいた。”それ”を見た時の私の第一感想は「ごきぶりっ…!?」以外の何者でもなかった。


  けれどよくよく眺めてみるとそれはツノがついたカブトムシで、私は少しだけ安堵したのだった。それにしてもカブトムシって、よくみるとゴキブリと似ているのだ。黒光りするテカテカした甲虫、飛ぶという共通点。もしカブトムシがツノをつけていなかったら彼らはあっという間に駆除対象として忌み嫌われ、かっこいいという賞賛の言葉を贈られることもなかっただろう。逆にツノがついているというただそれだけの理由で、少し安心してしまうのも不思議な話だと思う。けれどツノがついているのを見た私は、旧来の知己にあったような安心感を覚え、カブトムシの横をそっと通り過ぎた。やはりあれは子供の頃に慣れ親しんだカブトムシという存在に心を許していたのだろうと思う。


  今の私は目の前に実物のコーカサスオオカブトを出されても「かっこいい…!」という感想を素直に出せる自信がない。多分コーカサスをツンツンしてる人たちを遠巻きにじーっと眺め、「ちょっと面白いのかも…?」と思う程度だと思う。



  これは私が大人になったということなのか、それとも元々虫というものはキモいけれど子供の頃の私はそれ以上に好奇心が勝っていたからなのか。友人などにこの話をしても大抵、同じような感想が返ってくる。こう思うとカブトムシに夢を見ていた子供の頃の私たちというのは、一つのムーブメントの中で踊らされていたのかもしれないな、とも思うのだった。

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