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とある噺家の話~三代目・三遊亭歌笑~その5
歌笑師匠には、昔からずっと付き合いのあるお客さんが多い。
独演会に行くと、師匠自らロビーに立って、
「ああ、来てくれてありがとう」
と一人一人に挨拶している、とってもアットホームな雰囲気。
歌笑師匠は人とのつながりを大切にする。
ありきたりな言葉だけど、芸の基本に戻るうち、人間の基本にも戻っていったのだと思う。
すなわち、芸は人なり。
歌笑師匠には、もしかするとプライドが高かったとか、おべっ
とある噺家の話~三代目・三遊亭歌笑~ その3
歌笑師匠の芸を見てしばらく後、かつて歌笑師匠を勧めてくれた人に再会して、話をした。
「寄席に長い間通っていると、どちらかというと単調な雰囲気が続くんです。まあ、それが良さでもあるんだけど、
その空気をガラッと変えるような人には、やっぱり目を惹かれます。
しっかり楽しませてくれた、って満足できる、
歌笑さんはそういう芸人なんです。」
歌笑師匠の芸について思い出していた。
歌笑師匠はとてもにこや
とある噺家の話~三代目・三遊亭歌笑~ その2
「昔の芸人」に僕はとても心惹かれる。
というのも、今と昔とでは、舞台の上で芸をしてお金を貰うことの重さが違っていた、という印象があるからだ。
昔は「下手くそ!」「金返せ!」なんて野次を飛ばすお客なんてざらだったようだし、芸人のほうも厳しい客より二枚も三枚も上手(うわて)の芸を見せて返さなくちゃならないから、とてもうまくて、ユニークな芸人ばっかりだった。
それこそ先代・三遊亭歌笑を演じた渥美清だって
とある噺家の話~三代目・三遊亭歌笑~その1
14歳だったあの日、僕は映画館にいた。
本当は部活に出なくちゃいけないんだけど、人間関係で揉めて、その頃は、半分、いやほとんど辞めていて、気散じに映画を見るつもりだった。
タイトルは「おかしな奴」、主人公・三遊亭歌笑を演じたのが渥美清。
戦後間もなくして、「珍顔」であることを自ら売りにして、日本中を笑いの渦に巻きこんで、三十三歳の若さで米軍のジープに轢かれて亡くなった。
志ん生、文楽、円生という名