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とある噺家の話~三代目・三遊亭歌笑~ その2

「昔の芸人」に僕はとても心惹かれる。
というのも、今と昔とでは、舞台の上で芸をしてお金を貰うことの重さが違っていた、という印象があるからだ。
昔は「下手くそ!」「金返せ!」なんて野次を飛ばすお客なんてざらだったようだし、芸人のほうも厳しい客より二枚も三枚も上手(うわて)の芸を見せて返さなくちゃならないから、とてもうまくて、ユニークな芸人ばっかりだった。
それこそ先代・三遊亭歌笑を演じた渥美清だって、客席に飛び降りて喧嘩するような人だったようだが、舞台で、きれいな女性に片思いをする三枚目、という役をした時に、袖にいた踊り子が泣いたという話を聞いたことがある。

さて、当代・三遊亭歌笑である。

浅草演芸ホール昼席、平日で客数はまばら。
開口一番、
「ええ、病院から出て参りまして」
これで客をひっさらってしまう。演目は「親子酒」、寒い夜に燗のついた酒を喉を鳴らして飲む。
そのうまそうなこと!
僕は十五歳で、酒も飲まなかったのだが・・・
空いた椅子のほうが多い客席、静かな雨の降る昼に、一人の落語家の芸にじっくりと浸る。
僕はそのとき、歌笑師匠がしばらく居た名古屋、昭和の大須演芸場にタイムスリップしたような気がした。

この師匠の芸は、かつての名芸人たちが鍛え抜いた修行を重ねたことに裏打ちされたものだ。
そう確信した。

(つづく)

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