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ゆるゆる大学院生の「電車で『何読んでいるんですか』と話しかけられた話」

ごきげんよう。久しぶりですね。
私は気がついたら大学院生になり元気でやっています。
あなたも元気なら、何より。

先日電車で本を読んでいたら声をかけられた。
「何を読んでいるんですか」
とおどおどと声をかけてきた男性は自分よりおそらくいくらか年下の大学生のようだった。
自分はその時、久生十蘭の「あなたも私も」を読んでいた。
「昔の本が好きなんですか」
と彼の声色が嬉しそうに変わった。

そこから彼はひたすら文学について話しだした。
彼はぼそぼそと話すやつで何とも聞き取りづらく、その上ヤニ臭いやつだったが、本が、文学が好きなことはよくわかった。

綺麗な文が好きだといって梶井をだしてみたり
志賀直哉をわざと"小説の神様"なんて呼んでみたり
織田の話からルパンの話を出してみたり
自分も話を書く人間だと言ってみたりするところ、

端から見れば何とも言えぬ妙なやつだが、
きっと限りなく自分もこやつに近いとも思った。
なかなか生きにくそうなやつだが、
私なんぞに心配されるとは甚だ御免だろう。

「女性だと江戸川乱歩とか読んでいる人はよくみるんですけど僕は全然読まなくて...」
と彼は言ったが、お前の周りは一体どんな女で囲まれているんだ。
「江戸川乱歩は探偵ものより怪奇ものがいいですよ」
と私も彼の奇妙な取り巻きの女に名を連ねさせていただいた。

彼の目には私はよほど全うで賢く見えているようで
「東大生ですか」
なんて言われた。
申し訳ないが私はあまりにお前に近いもんで、本ばかり読んでお勉強はさっぱりだ。すまねえ。才色兼備とはいかなんだ。
そもそも、色が、と思ったやつは覚えておけ。

「お姉さん変なやつに絡まれたと思ってますよねすみません」
と彼は言った。

私はそのとき、あぁ私は普通の人間のふりをするのが上手くなりすぎたなと思った。
本来は私もお前のように過去と本ばかりが友達で、活字を芸術として崇めているような、奇怪で埃くさい、現代には理解されにくいそちら側の人間だというのに。
私は本や作家の話は理解されないのだと、それがあたりまえとして生きてきた。

妙な切なさがあった。
高校の自分がお前に出会っていたらどれほど幸せだったろうか。

高校時代、たまたま現代文の先生と谷崎の話を意気揚々としたことがあった。
それはそれは楽しくて、先生も楽しんでいることがわかって、今でも覚えているほどだ。
最後に先生は「大学にいけばこんな話ができるやつがもっといるから、きっと君は楽しいよ」と言ってくれた。

しかし、大学でもそんなやつはいなかった。
だから私は、もうとっくに諦めてしまったんだ。
今さら出会っても、もう話し方がわからない。

まあ、改めて文学が好きなやつはこんなやつばかりだな。己を含めて。むしろ安心するわ。

「いえいえ、なんもですよ、楽しかったです」
と言って私は去った。

きっと彼も本の前では気が大きくなるやつなんだろう。
痛いほどお前のことがわかって、苦しくなった。

どうか彼に本を語れるやつが現れるといいなと思いつつ、やはり自分には難しいとも改めて思った。
私は自分が話の上手い方だと偉そうに思っているが、いつになっても文学の話となると目も当てられないほど話が下手で恥ずかしくなるからだ。
その点では人目も場所も憚らず話しかけ、こんこんと語れる彼が羨ましいような気もした。

偶然の時間だったが、少し楽しかった。

薄暗いところで、本をよんで、ニタニタ笑っているようなやつとして、「あなたも私も」幸あれ。

p.s.
別れ際に君が言ったのはもしかして「LINEとかありますか?」でしたか?
私は電車の音であまり聞き取れず「ラディケ読みますか?」と聞かれたと思い「あんま読まないすねー」と返しました。
LINEだとしたら最後の最後に意味のわからぬやつになってしまったのではなかろうかと危惧しています。
お許しください。



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