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スパイス!

袖無かさね




もう、うんざり。いい大人が毎日大きな声で喧嘩して、目の前の仕事は全然進まない。入社一年目の新人の分際でこう言っちゃ申し訳ないが、一体あの人たちは何をしたいのか。



「ただいま。」

我ながら不機嫌全開な声やな。

「おかえりーん。」

そしてかーさん、今日も平和やな。

「お疲れのご様子ですな、姫。」

めんどくさ。でもいい香り。かーさんがスパイスの小瓶をズラリと並べて、なにやらジュージューと炒めている。

「これはですね。」

聞いてないけど。

「ルーを使わずに、スパイスをイチから調合して本格的にカレーを作っちゃうわけなんですよ。」

「ほー。」

お腹空いたし、観たいテレビあるし、凝ってなくていいから早く食べたいんだけどな。

「ご飯よー。」

はやっ。って、食卓には商店街で買ってきたコロッケ。確かにこれ、むちゃ美味しいけれども。本格的なカレーじゃなかったんかい。

「カレーはね、明日が第二ステージ、煮込みます。」

コロッケ、うまっ。

「本日は第一ステージ。じっくり炒めるのです。スパイスは、熱を加えて初めて香りがたつからね。」

最後の一言が気になった。

「熱を加えないと、香らないの?」

「香らなくはないけど。ポケーッとしたままだと、スパイスも自分の香りに気がつかないんじゃない?」

なんじゃそりゃ。



翌日も、職場では話し合いという名の言い合い続行。私はふと思いついたことがあって、どーにでもなれ、と手を挙げた。

「あの。」

思いがけない展開に、おじさん達は、すん、と静かになった。

「先方に選ばせれば良いのでは。但し、上限額を決めて、我々が責任を持つのはそこまで。それで先方のマーケットが崩れても致し方なし。並行して新しいパートナー候補も探しておくとか。」

「いいね。」

今まで黙っていた課長が、ぽん、と手を打った。

「コネクションは財産だ。しかしそこにとらわれて共倒れはできない。ビジネスだからな。許容可能なリスクはどこまでだ?」

場の空気が変わった。難しい数字が並んで私はまた話についていけなくなったけれど、具体的なプランが決まった頃にはおじさんチームは笑顔になっていた。

課長に呼ばれた。

「ここ数日、やかましい場に付き合わせて悪かったね。彼らは熱心だが頭が硬い。いつも冷静に見てくれているニューフェイスが突破口を開いてくれないかと思っていたんだ。ありがとう。これからも頼むよ。」

なにそれ、嬉しい。私の存在意義発見、みたいな。



「ただいま。」

「おかえりーん、姫。」

をー、家中がスパイスの香り。

「カレー、うまっ。」

「あら、珍しい。作った甲斐があるわ。」

いつも言ってなかったっけ?

「仕事どう?」

そーだなー。

「ニューフェイスのスパイス、やってます。」

かーさんがニヤリと笑った。

「かっこえーやん。」




おしまい

photo by Danielllla



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