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【連載小説 第14話】初対面の小学生女児から「お父さんと結婚して」と言われた35歳、無職。

●第14話 お父さんの事情を結構知ってる小学生

「トマトのその、なんだ、そこだ、そこにハサミいれろ」

 2人は玄関側から左に入ると現れる、小さな畑にやってきていた。反対側は木が生い茂っているが、畑側は開けており、トマトやキュウリなどが太陽の光を受けて鮮やかさを増している。

 真冬は信一の要領を得ない指示通りにトマトの軸にハサミを入れる。ぱちりと切り落とす。

「あのもやし、まつりのこと好きなくせに。なんだあの、何も思ってねぇような態度は」

「そーなの。すっごく好きなの。やっぱ、おじいちゃんも分かるよね」

「なんでそう言わねえんだ。娘のため娘のためって。人のせいにすんな」きゅうりを収穫しながら「にえきんねぇなあ。トマト、このバケツにいれろ」

 トマトを濃い青色のバケツの中に優しく置き、真冬はハサミをシャキンキャキンと動かす。

「許してあげて。あれね、私を産んでくれたお母さんのせいだから」と、またトマトの軸にハサミを入れ、ぽとりとトマトを手にした。

 余計なことは聞かないことにしているが、かわいい孫が気になる信一は、どうしても突っ込んでしまう。

「もやしの姉ちゃんだっけか。なんかあったのか?」

「お父さん、お姉ちゃんに恋してたみたいなの、たぶん、いや絶対」トマトをバケツの中に静かに置く。

 それを聞いた信一は、収穫したきゅうりをぼとんと土に落としてしまった。

「……め、めんどくさいもやしだとは思ったけどよ……そりゃあだいぶ面倒なこったな」

「その恋心がまだこびり付いてるんだよ。死んでも好きって素敵なことだと思うけど……だからいろんな女の人探したんだ。こびりつきを落とすためにね」

 真冬はそれについて信一に語る。自分の母親に姿が似た女性を見つけ、父親を合わせてきた。が、どの人も父は受け入れなかった。それが、母とは似てもに似つかないまつりにだけは、次第に惹かれていっている。

「じゃあなんで母親に似た女連れてきたんだ? むしろ落とせねえだろ」

「きっかけ。見た目は似てても、性格は違うじゃん。好みの顔だったら、近づきやすいかなあって」

「子供のくせに結構な諸葛孔明だな」

 諸葛孔明の意味が分からない真冬だがそれは無視し「全然似てない人のほうが好きだなんて、予想外だったよ。でも良かったと思う。私もお母さんになって欲しい人だから」と、柔らかな畑の土に視線を落とす。

「ふゆ子の言うとおり、顔かたちはきっかけだからよ。最後は心だ。まあでもな」信一はまぶしい空を見上げる。「心は顔に現れる。案外、見た目も大事なんだよ」

「確かに。お母さん、すっごく優しくてキュートな顔してる」

「だろ。美人は三日で飽きるからちょうどいい顔だ」

「お父さん全然かっこよくない。でも顔は優しいよ」

「ちょうどいいな、あいつら」

 くすくすと、二人は笑いあった。祖父母との交流が薄い真冬は、おじいちゃんってこんな感じなのかなあ、と楽しかった。

「子供にこんなこと頼むのは情けねえけど、まつりのことよろしくな。あいつも……もやしのこと嫌いじゃないだろ?」

 母親代わりをしたいというまつりだったが、それだけではないことを信一はなんとなしに察していた。

 真冬はにやにやとトマトを収穫し続けながら「どうかな~。弱いもやしなんて嫌いかもな~。でも、お母さんのことは私が幸せにします。任せて!」

「頼もしいなあ。アイツに言って欲しいよ。そういや、ふゆ子は美人だな」

「えーそうかなぁ。まぁ、生んでくれたお母さんはキレイ系だったからかなー」

「じゃ、もやしと姉貴、そんなに似てないんだな」

「そうだよ。だって、生んでくれたお母さんとお父さんだって元々は『ただの他人』だからね」

◇◇◇◇◇

 まつりは簡単に家の周りを駿に案内したあと、祖父の住む家の中へといざなった。

「へえ、囲炉裏!」

「珍しいよね。北海道に囲炉裏は?」

「俺は普通の家でしたし、他の家も囲炉裏はなかったなあ」

「そっかー。お茶淹れるから座って」

 と、まつりはお勝手の方へ向かった。

「あれ、囲炉裏でお茶沸かさないんですか?」

「おじいちゃんならできるけど、私はよくわかんないから」

 囲炉裏の脇に鉄瓶が置いてあるのを見つけた駿。これで飲めると思っていたのでちょっと残念だった。

 二人で囲炉裏を囲んで緑茶をすすっていると、真冬と信一がバケツを持って戻って来た。

「いっぱい野菜収穫~」

「もって帰れ」

「わーありがと!」中を覗くと、トマト、キュウリ、玉ねぎ、ブロッコリー。「採りたてなら生だな。今夜のサラダだね」

「……晩酌に野菜スティックとか」

「それもいいね」

 日本刀のきらめきで、信一は駿を睨む。

「もやし、酒飲めるのか」

 殺されそうで怖かった駿だが「は、はい、の、飲みます」

「心の整理できたら一緒に飲んでやるよ」と信一は吐き捨てた。まつりを呼び、バケツを持って一緒にお勝手へと消えていった。

 信一がいなくなったことでほっとした駿は、大きく息を吐いた。一緒に飲みたくないが、そんな反論でもしようものならきっと、鉈一振りのうちに命が亡くなっているだろう。

「ひいおじいちゃん、優しかったよ」

「な、鉈で追いかけられてみろよ……本当に殺されると思ったんだぞ、ってひいおじいちゃん?」

「だってお母さんのおじいちゃんなら、私にとってはひいおじいちゃんでしょ」

 みずみずしいトマトのようにつやつやの笑顔を駿に向け「来月、茄子とりに来い、だってさ。来月の予定、決まったね」

 随分と仲良くなってしまった真冬と信一。とうもろこしや柿の予定もあるらしく、しばらく福島通いになりそうだった。

 お昼は信一とまつりが用意した。メニューは丸ごとトマトの湯むき塩はお好みで、きゅうりのごま油と醤油のシンプル和え物、信一の友人からもらった濃い色卵で作った卵焼き、わかめと玉ねぎの味噌汁、塩むすび海苔ありと海苔なし。

 真冬は信一と和気あいあいと会話しながら食事を楽しんでいたが、駿はまだ鉈の恐怖が抜けず、大人しくもぐもぐしていた。ただ一緒に暮らしているだけで信一が噴火するとは思わなかったまつり。申し訳なかったなあ、とちらちら駿を見ながら、お昼を食べていた。

◇◇◇◇◇

 

 3人はそれから市内へ戻り、高速に乗った。

 真冬は疲れてしまったようで、まつりの膝枕でぐっすりしている。

「来月も、おじいさんと会う約束しちゃいましたね」

「久しぶりの子供で、おじいちゃんも嬉しかったんだねえ」

「その次はとうもろこし、それから柿」

「いやあ、こんなに連続で福島帰ることあったかなあ」

「車買おうかなって思うんだけど。どういうのがいいとかあります?」

 唐突な車の相談に、まつりは一瞬、息が止まる。すぐに再開し「どうしたの、いきなり車って」

「来月もその次も、秋も福島行くし。これから遠出が増えるのかなあと思いまして。レンタカー借りるの面倒だから買おうと」

 マンションもそうだが、普段は頼りなさそうなくせして、駿は大きな買い物には躊躇がないようだった。

 駿の車なのになぜ自分に聞くのだろう。まつりは変な気がした。

「好きなの買えばいいと思いますが」

「まつりさんも乗るでしょ」

 こうした態度も「勘違い」させる要因である。まつりは警戒する。

「……他人だよ? いいのかな、自動車保険とかさ」

「あー、どうなんだろ。確かに。調べないと」

 まつりがさっとスマホで調べたところ、他人の車を運転する際の対応はいろいろあるようだったが、保険において「内縁関係」は配偶者とみなされるということだった。

「表向きは事実婚だし、心配しなくてよさそうだな。車買お」

 駿の脳内に、車を買った後のお出かけが浮かんできた。これまで、泊りの旅行は数えるほどしかしてこなかった。まつりのおかげでできることが増えてウキウキしてきた駿は、多少の渋滞でも楽しく運転できたのであった。

 駿との距離を適切に取るよう思考を自制するまつりだが、自身も自家用車に希望を持った。

「そうか、車があれば真冬ちゃんとイオンもららぽーとも好きな時に行ける」

「二人だけで?」

「うん。服買うのって時間かかるし、待ってるのつまんないでしょう。そうだ、コストコの会員になろうかなぁ。あ、仕事決まったら佐野のアウトレットで財布買おう」

「さ、佐野なんて近い! 旅行がてら御殿場とか軽井沢行きましょうよ」

「いいの? だったら軽井沢がいいなあ」

「行きましょう。真冬をいろんな場所につれていってやりたい」

 無意識に埋まる予定。

 気づかぬうちに、二人とも自分自身で外堀を埋めているのだった。


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