【連載小説 第15話】初対面の小学生女児から「お父さんと結婚して」と言われた35歳、無職。
●第15話 お母さんアルバイトに頭を悩ます女性
GWが終わり、まつりは引っ越し作業をすべて終わらせるために動き始めた――のであるが、同時に小学校の行事という問題にぶちあたった。
「う、運動会……」
真冬の通う小学校では5月末に運動会がある。GW明けの学校後、そのお知らせをもらってきたのだった。
お母さんのアルバイトは続行している。そのために同居し始めたまつりだが、家事の事ばかりに頭が占められ、学校については失念していた。親代わりなら学校の用事もこなさねばならないのだ。
「衣装作るの? まじ?」
プリントにはダンス用衣装の作り方が載っていた。簡単、と書いてある。確かに市販のTシャツをカスタムするだけそうだ。しかし、あまり物作りを嗜まないまつりには難しそうに見えた。
「毎年作ってる」
「お父さんが作ってた?」
「うん。物作り得意だから」
「美大生」
「お裁縫も結構できるよ。上履き入れとか作ってくれた」
今年も駿に作ってもらってもいいのかもしれない。しかし、真冬の母親代わりをすると決めた以上、自分がやるべきだろうと考えた。
まだ無職であるし。
「今回は私が作る」
「えー! やたー! じゃあ麦茶もよろしく」
「むぎちゃ??」
真冬は食器棚の一番下から、ユニコーンなどが描かれているファンシーな水筒を取り出してきた。1リットル以上は入りそうな立派な大きさだ。
「運動会の練習は麦茶がいい」
「なるほどね。いつから?」
「明日から」
「……急だな……」
すぐにまつりは、コンビニへ麦茶のティーバッグを買い求めたのだった。
「うわあ、そうか運動会か。すいません、そのお世話まで」
残業で遅くなった駿は、真冬が寝た後にまつりを晩酌に誘った。信一の作った野菜も一緒だ。そこでまつりは、運動会のお知らせがあったことを伝えたのだった。
「いや、母親代わりをすると決めた以上、学校のこともやりますよ。衣装作ります」
「ありがとうございます。でも、ひっそりと、ひっっっっそりとしたほうが」
「なんで?」
「……ほ、保護者が増えたとわかれば、PTAがうるさいかも。き、厳しめのママがいて。今は父子家庭で仕事も忙しいって言い訳で、避けられてるんですけど。そうか、真冬にも言っとかないと。学校ではまつりさんのこと秘密って」
「が、がっこう、めんど、くさ……」
次の日からまつりは、これまでの学校からのお知らせや真冬の教科書を読み込み、今の小学校事情を理解しようと努めたのだった。また学校からのメール等も、駿から転送してもらった。
この週は残りの引っ越しと小学校のこと、土日は新車販売店をまわって本当に車を買ってしまったりと、あわただしく過ぎていった。
当たり前かもしれないが、販売店で3人は「家族」とみなされ、まつりは「奥様」、駿は「ご主人様」として扱われた。駿はそう呼ばれることに何も感じていなかったが、まつりのほうは勘違いしないように必死であった。ずっと奥歯を食いしばり、肩や足、その他内臓にまで力が入っていた感覚であった。次の日から肩こりと便秘に悩まされた。
今までにないことばかりの一週間で疲れたことは疲れた。けれど、まつりはこれまでの人生で、今が一番楽しかった。
この先も二人と一緒にいたい。
夜、一人ベッドで横になると、この考えが必ず浮かぶ。今日も二人と一緒で楽しかったと幸せになった後、今は一人でいることを思い出し、同じ屋根の下にいるけど側にいない二人を思い出してしまうのだ。
あくまで、駿とはただの他人だ。
同居していても不審に思われない、つっこまれないための事実婚。
家族という作ったパッケージ。
ちょっとしたきっかけで、簡単に壊れる、壊せる関係。
いつ二人と別れても寂しくならないよう、心の準備をしつつ、衝撃に耐えられるよう精神を強くせねば。そう思うまつりだったが、夜はその決意がぼきっと折れる。心を強くするにはどうすればいいのか、そんな本でも読んでみようかとぐちゃぐちゃ考え始めた。
「……セミダブルかダブルベッドを買って、真冬ちゃんと寝ようかな?」
より離れがたくなるアイデア。すぐに消去した。
◇◇◇◇◇
毎日の麦茶作りにも慣れ、運動会の週に突入した。
運動会と言えば、当日は朝早くから場所取りをし、お昼はレジャーシートの上でみんなでお昼ご飯を食べる。大変だよね、運動会。何時に起きればいいかなー―と、まつりは晩酌時に駿に相談したのだが。
「そんなことしないけど」
「え、しないの?」
駿によると、行われているプログラムの学年の保護者が前の席へ、終わったら後ろへ下がり次の学年の保護者に場所を譲る。そして昼休憩、児童らは教室へ戻って食べることになっており、運動会のプログラムも、ほとんどが午前中に終わるという。
「へえ、私の知ってる運動会と違うんだ……」
駿は缶ビール500mlをぐっと飲み干し「それに運動会、無理して来なくていいし」と、また500ml缶ビールを開ける。
まつりはもも缶チューハイを一口飲み「真冬ちゃんに来てって言われちゃったよ~」
缶に口をつけ、駿は一点を凝視する。缶を真上に向け、ぐびりぐびりと多めに飲み込んだ。はあ、と一息つき、缶手にしたまま静かにテーブルに置く。
「き、来てくれるのは嬉しいんですけど、俺と一緒にいると……だって、お、奥さん、って言われるの、い、嫌なんですよね?」
6Pチーズを開けるまつりの手が止まった。
「車買うとき、怖い顔してたから……」
勘違いしないよう、必死に胸の高鳴りと恥ずかしさを抑えていたまつり。その様子が鬼のような様相だったらしい。人からどう見えるか。そんなことに気を配れる余裕なぞなかった。
「ほ、本当にすいません……まつりさんの気持ち、全然考えてなくて。一緒いるとそうみ、見られてしま……ああ、子供がいれば仕方ないけど……」
「ああ、そのお」
駿はビールの残りを一気飲みした。顔も耳も首も目も真っ赤だ。
そして手と缶でテーブルをバンと叩き、「俺みたいなもやし嫌いですよね!? 俺みたいなクソもやしと夫婦に見られるの超きついですよね!? まつりさん優しくて童顔で可愛くて胸メロンだし! あー、俺って身長高い以外に何もない! 天パだし矯正かけたほうがいいか? ううーまつりさんの前の彼氏ってどんなんですか?! ってかまつりさん、どんな男好きなんですか!? うあー、俳優の三野宮アオイだっけ好きなの? わームリだー!! あんな国宝級美男子なんてえ!! あれ、じゃあ腹筋割ったほうがいいってこと? 剣道始めたほうが良いのか? どうすればまつりさんと釣り合いますかー!?」と一気にまくし立て、ばたりと顔をテーブルにつっぷし、いびきをかいて眠ってしまった。
「……え……どういうこと?」
まつりは駿のつむじをしばらく見つめ、彼の指を1本1本、缶ビールからゆっくりと剥がした。彼が飲んだ他三本の500mlビールとともに、缶用のゴミ箱に放った。そしてソファにかかっているブランケットを駿にかける。
先ほどの叫びは、勘違いさせるどころではなく、まつりを意識している発言だった。駿が明日の朝、このことを覚えていたらどうすればいいのか。
「……ってあれ? 胸メロンって言った……?」
さっと腕で胸を隠し、まつりは自分の部屋へ戻ったが、駿の言葉が頭をじっくり巡り、よく眠れなかった。
駿が目を覚ますと、家の中は真っ暗だった。そして背中にはブランケットがかかっている。
なぜここに自分がいるのか、いつもならソファに掛けてあるブランケットを纏っているのか、全く分からなかった。もちろん、まつりにまくし立てたセリフは一切記憶にない。リビングの掛け時計に近づくと、2時を指している。はてはてと首をかしげながら自室に入っていった。
翌朝、まつりは駿の脳天気な様子から、彼が何も覚えていないことを察した。悩んで眠れなかったのは自分だけ。無性に腹が立って、昨日の缶を思い切り踏んで小さくした。分別に貢献しただけで、ストレスは解消されなかった。
まだまだ収まらないまつりは、朝ごはんの時「三野宮アオイって、妹の元カレなの」と言った。
駿はびっくりしていた。
だけだった。
真冬は興味津々で「えー! 国宝級美男子じゃん! すごーい! 会ったことある??」
「あるよ」
「テレビのまんまなの? かっこいいの?」
「かっこよすぎてぴかぴか光ってた。演技上手いし顔いいし背も高いし剣道も強いけど、性格が最悪だから妹から捨ててやったんだ。人は性格だよ、真冬ちゃん。顔でも髪型でもない、腹筋が割れてるかも関係ないからね」ちらと駿を見る。
「わかった」
「国宝級美男子とお付き合いしてたって、妹さん何者ですか……?」
やっぱり昨日のことを思い出さない駿。まつりはなんだか馬鹿らしくなってきた。
「福島ギャルです」
●おまけ
「えー、えー、じゃあ埼玉ギャルになったらアオイ君に会えるかなー」
「……埼玉ギャルにはなっていいけど、アオイはダメ。IBUKIがいいよ」
「ダンスボーカルグループの人?」
「そう。キレッキレのダンスしてるのに、ダンスしてない時はバカっぽいのがいい。それにとってもいいパパなんだって。妹が言ってた」
「妹さん、何者ですか?」
「福島ギャル。あんな顔だけには近づいちゃダメ。いいパパになりそうな人に近づきなさい」
「わかった。アオイはやめる。いいパパになりそうって何?」
「……駿君みたいな人?」
「まつりさん……」
「……よわよわもやし?」
「おい」
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