母の日の憂鬱— 『オリーヴ・キタリッジの生活』
どういうわけか、私は1年以上前から母に無視され続けている。
引き金となったきっかけはあるのだが、そのきっかけは「それだけで?」という程度のこと、と私自身は思っている。
いつもの通り、2、3日で機嫌を直して、
というより、一方的に自分が機嫌を悪くしていた事すら忘れて連絡をとってくるものと思っていたのだが、今回はそうではなかった。
それまで母とは、最低でも、1週間に1度は連絡をとっていたのだが、パタリと途絶えたままだ。
母の日はいつも姉と共同で、プレゼントを送っていた。いつしか、おねだり制になっていったけど、それはそれで、プレゼントを選ぶ手間が省けてよい。本人も、自分で選んだものだから、文句はないはずだ。
そもそもプレゼントに文句を言われたから、おねだり制になったのだったのかな。
記憶は定かではないが、母のことだからそんな経緯があった気もする。
1年前の今頃、いつもの通り、そろそろ、プレゼントのリクエストが来るかな、という時期に、姉が連絡をしてきた。
「今年は、お母さんプレゼントいらないんだって」
それで母がまだ、機嫌を直していないことを知った。
「それならそれでいいじゃない?あなた子育てで忙しいのだし」と私は姉に伝えた。
私は、私で穴埋めというわけじゃないけれど、タイからマンゴーを実家にを送った。
「季節なので、タイのマンゴーを送ります。食べてね」と。
これですっかり機嫌を直すものと思っていた。果物が好きなひとなのだ。
しかし、私が送ったLINEも既読スルー。この反応に、思った以上に傷ついている自分もいた。
自分が拒否するには、充分な理由があった気がしていたが、母がそこまで、私を拒否する理由はないと思っていた。
母のコップがいっぱいになりかけていたところに、私がうっかり最後の1滴を注いでしまったのか、
または、何気ない私の一撃が、実は、奥深く眠っていた母の傷にグサリと刺さるくらいのパワーを持っていたのか、さっぱりわからない。
『オリーヴ・キタリッジの生活』
この作品の中に、この「さっぱりわからない」のヒントを見つけた気がしている。
オリーヴ・キタリッジと私の母はよく似ている。
食い意地がはっているところや、子供に過干渉なところや、場を乱す発言ばかりをしてしまうところなんかはとくに。
彼女は言っていいことと、言わない方がいいことを選別しない。
この小説は、短編集という形式をとっている。
アメリカの田舎町の、ごく普通の人々の生活。
必ずしも、オリーヴが主役ではない。ときに脇役として登場したりしながら、全編を通して、オリーヴ・キタリッジという人物像が浮かびあがってくるのだ。オリーヴが40代から70代になるまでの人生が。
オリーヴが息子のクリストファーの家を訪れる「セキュリティ」の章。
息子の再婚が事後報告だったこと、嫁の連れ子の態度、妊娠中の嫁が、酒もタバコもやること。
これまでのオリーヴならいかにも嫌味や小言でも言いそうな場面で、言わない。意外にも、息子と、初めて対面した嫁と孫との、平穏な時間が過ぎる。
息子に距離を置かれた理由に気づき、自分の態度を変えようとしているのか。
年を重ねて、丸くなったのか。
私達、母娘も
母は歳をとり、娘が大人になったことによって、新しいバランスを築き始めていたところだとも思っていたのに。
そんな中、オリーヴは、息子とその家族と出かけた先で食べたアイスクリームが服にこぼれていたことを、部屋に戻って1人になってから発見する。息子や嫁に見て見ぬ振りをされていた、と気づいて思う。
いささか落ち込まざるを得ない
そして、こうも思う。
これでは昔のオーラ叔母さんみたいなものだ
かつて、夫のヘンリーと一緒にオーラ叔母さんをドライブに連れて行った時のことを思い出す。
叔母さんがアイスクリームをたらりと服にこぼすのを見て、オリーヴは黙って見ていた。みっともないものだと思った。あの叔母さんが死んだ時には正直ほっとしたくらいで、もう哀れな光景を見なくてよいのだった。
今度は自分がオーラ叔母さんになってしまった、と感じながらもオリーヴはこう結論を出す。
でも断じて叔母さんではないのだから、その場で息子が言ってくれればよかったのだ。
翌日、オリーヴは、本来1週間の滞在予定だったものを切り上げて帰ると言い出し、息子のクリストファーを困惑させる。
困惑というより、うんざりというところか。クリストファーは、半ば諦めて、帰りの車を手配する。
私は、このときのクリストファーに大いに共感した。
どうしてこの人は、いつもまわりの人間をいやな気分にさせるのだろう。
さっきまで普通に過ごしていたのに、突然、機嫌を悪くする。せっかく歩み寄る機会を作ったというのに、簡単にぶち壊すなんて、と。
のちの「川」の章は、夫のヘンリーが亡くなったあとのこと。
デートするようになったジャックは娘とあまりうまくいっていない。オリーヴは彼に
娘さんに嫌われているの?
と尋ねる。そして、自分もこう打ち明ける。
あたしも息子に嫌われている
つらいですよ。すっごくつらい。あたしも自分のせいだと思いながら、なんだかよくわからない。
いろんなことの記憶が、あたしと息子で、ずれているみたい。(以下略)
という。
私たち親子も、母からしたら、いろんなことの記憶がずれているのだろうか。
さて、今年の母の日はどうしようか?いまだに、決めかねている。
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