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近世百物語・第七十九夜「屋根の上の女」

 お盆が近いからかどうかは分かりませんが、年によっては夏に屋根の上の人を見ます。それも様々な屋根の上に乗る人を見るのです。走っている車の屋根の上に体育座りをしている半透明の女も何度か見かけたことがあります。しかし、その多くは立っている方が一般的だと思います。
——あの亡霊たちは、なぜ、あんなところに立っているのだろう?
 と、何度か思いました。何だか共通点があるようです。無謀な運転をする車の上に多いようなのです。

 ある時は、無謀運転を繰り返すバイクの後ろに半透明の女が立ち乗りしていました。そのバイクが交差点を曲がったところでもう見えなくなりました。歩いているとバイクが消えた方向に救急車が走って行きました。
 その時、
——バイクが事故を起こしたのかも知れない。
 と思いました。
——あのような運転なら死んでいてもおかしくないだろう。
 とも思いました。

 また、ある時は、車の上に立っているのを見た直後、車が事故を起こしました。車が、突然、道ばたで一回転して、屋根を下にして落ちたのです。原因も何も分かりません。突然のことでしたので、近くにいた人たちが驚いていました。運転手が瀕死の状態で救急車に運ばれるまで、ずっと、それを見ていました。その時、屋根の上に立っていた女が救急車に向かって手を振っていました。運転手が、その後、生きていたのか、それとも死んでしまったのかについては知りません。ただ事故が起きる時に半透明の女を目撃しただけです。

 またある時は、通りかかった家の屋根の上に、やはり半透明の女が立っていました。半透明で屋根の上にいるのは、皆、女のようです。男の姿を見たことはありません。亡霊は男も目にするので、屋根の上だけに限ってのことかも知れません。そして屋根の上の亡霊は、皆、髪の毛が長いと言う共通点があります。ショート・カットの亡霊が立っているのを見たことはありません。これも屋根の上に共通しています。
 以前、大阪のJR福島駅で亡霊を見たことは書きましたが、彼女はショート・ヘアでした。このお話は近世百物語の第五十七夜「目をそむける人々」に掲載しています。すべての亡霊が長い髪の女であると言う意味ではないようです。もし、それらに生態と呼ぶものがあるとしたら、
——一度、研究して見たいものだ。
 と思いました。

 家の屋根の上に立っている女の亡霊を見た時は、その家の人が亡くなった直前である場合が多いようです。何度か家人が亡くなった直後の家の前を通ったことがあります。近世百物語・第十ニ夜「夜に百日歩く〈後編〉」にも書いていますが、たびたび遭遇します。
——こんなに人が亡くなった瞬間に、他人の家の前を歩いている確率の多い者も、そうそういないのではないのかな?
 と、自分で思うほどです。
 私は夢の中で、時々、死神の手伝いをすることがありますが、
——それは夢ではないのかも知れない。
 とも思います。
 その夢の中では、いつも、
「死神は気楽で良いぞ」
 と言われます。

 ある年の夏の頃のことです。神戸近くの見晴らしの良い場所で美しい夜景を眺めていたことがありました。その時は見える限りの屋根の上に、たくさんの半透明の女たちが立っているのが見えました。
——これは、いったい、どうなっているのだろう?
 と思い、慌てて帰りました。そのことは、しばらく忘れていました。
 夏が過ぎ秋も過ぎ冬となって、次の年のはじめ阪神地域で大きな地震がありました。
 テレビでその地震のニュースを見た時、
——あぁ、あの時に、たくさんの亡霊を見た場所のようだ。
 と、その夏のことを思い出しました。女の亡霊を見たあたりで、たくさんの人々が亡くなったようでした。

 私がまだ子供の頃も、やはり何度か屋根の上の女の亡霊を見ています。小学校へ行く道に大きなお屋敷がありました。その家の屋根の上で、はじめて屋根の上の亡霊を目撃したのです。興味深げに見ていると亡霊は口元に人差し指を立てて、
「黙っているように……」
 と言うポーズを取り、うるさそうに手でしっしっと払いました。
 最初、亡霊が生きている人だと思っていたので、ぺこんと頭を下げて通り過ぎようとしました。すると家の人たちが慌てて出て来て、走りながら何か言っているのが見えました。聞くこともないので、そのまま学校へ行きましたが、帰りにそこを通った時、葬式の花輪を飾ったり準備をしているのを見ました。
——あぁ、ここで葬式があるのかな。
 と思いました。
 それから何日かして、学校で、
「あの家の近くで幽霊を見た」
 と噂が流れていました。そしてその噂には奇妙な尾ヒレがついていました。
 その噂によると、
「幽霊を見た人が次に死ぬ」
 と言うものでした。
 そして、
「女の幽霊が迎えに来ると、みんな殺されるんだ」
 と言うものでした。
 噂を信じてパニックになった子供もいたようです。しかし、そんな噂をよそに私はピンピンしていました。
 自分が亡霊にどこかへ連れて行かれるような気がしなかったのです。ただ、私が女の亡霊を見たことは誰にも言いませんでした。と言うのは、
「黙っているように……」
 と、言われた気がしたからです。
 それから今まで生きています。やはり私は連れて行かれることはありませんでした。他の何かに意味の分からない場所へ連れて行かれることはありました。しかし死ぬことだけはありませんでした。

 私は亡霊が人を殺す種類の噂を信じていません。私の知る限り亡霊が直接、人を殺した実話を一度も聞いたことはないのです。
 世の中には様々な心霊話があります。しかし、そのような、
「亡霊が殺しに来る」
 と言った物語は、ほとんど作り話です。
 もちろん、亡霊が水辺で足を引っ張って、結果として人が死ぬことはあります。事故を引き起こして人が死ぬこともあります。それはあくまでも結果であって亡霊の仕業ではないのです。しかし、この世で起きることは不思議に満ち溢れているので、もしかすると、直接、人を殺す亡霊もどこかにいるかも知れません。その時はその時で現場で対応するか……。

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