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分からない、を越えて一歩すすむこと

井手正和先生の『科学から理解する 自閉スペクトラム症の感覚世界』を読みました。

私は二児の親(一人はASD疑い:現在4歳年中)+特別支援学校の教員なので、視点が一点に定まらず、保護者と支援者の間をウロウロするかもしれませんが、私なりに感じたことや考えたことをつらつらと書いていこうと思います。

※本から受けた印象が中心です。本の内容についてはまた次回以降で。

まず、
この本を読んで、”研究は私たちの生活と地続きにある”という視点をもつことができたことが収穫の一つでした。

発達障害、その詳細は解明されていない未知のもの。

私はそういう分からないもの全般に対して、考えること(創造的に考えること)を諦めていたというか、

もっている人が、もたない人に与えるシステム(トップダウン)で十分と思っていたというか…

自分には考える価値がないとまでは言わなくても、実験や研究(広く言えば上のやり方)などに対して「自分とはどこか縁のないもの」「関与できないもの」として捉えていたように思います。

ですが、本の中の様々な「事実の確認-仮説立てー実験ー検証」の過程を読んでいるうちに、ふと、研究は頭の中だけでやるのではなくて、目の前の”人”とやるんだよなあ……と。

それまでなんとなく分断してしまっていた研究の地平と、自分や子どもたちのいる地平(現場)が一続きになったように感じました。実験部屋の椅子に娘が座っているところを想像したりもして。

人格の根っこの部分に、学習性無力感や抑うつを搭載している私にとって、それはすごいことで、

(自分から遠いものだと思っていたはずの)研究というある種クリエイティブな視点で、自分や特定の誰かに置き換えて〈私はどうかな?この子はどうかな?〉と考えていくことができる……

分からないなら分からないなりにでも〈実際に目の前ではこういう反応が出ている〉と実験的に向き合うことができる……

結果、対象への観察眼が澄み切る。

物事をまっすぐに(正確に)捉えられる。

だから、この本を読む前の私より、

今の私の方が、

ASD特性のある皆や娘の"本当"に近付くことができるんじゃないか、そう感じています。

井手先生は著書の中で、

2017年に海外の研究で、およそ9割を超えるほどのASD者が感覚の問題(感覚過敏や感覚鈍麻)を一定の基準以上に経験していることが明らかになったことや、ASDの診断基準にも感覚に関する項目が含まれていることを紹介・解説してくださっています。

それはつまり、現代において、子どもたちの育ちを考えていく上で「感覚」についての視点は確実に必要ということ。


個人的には、母子手帳や乳幼児健診のチェックリストに感覚面のチェックも加えたらいいのになと思っています。それは、

感覚面に問題がある→発達障害を疑いましょう

ということではなくて、

世の中に、感覚の過敏や鈍麻があることが適切な形で周知され、感覚の問題を抱える子どもたちの苦しみに周囲が気付きやすい世の中になるために必要なことのように感じています。

また、子どもの感覚面のトラブルは生まれてすぐから生じていて、他の子と比べられない分、親が悩みやすい部分だとも思います。

どうして抱っこを嫌がるんだろう
偏食が激しいんだろう
爪を切らせてくれないんだろう
同じ服しか着てくれないんだろう…などなど。

感覚の問題があると、生活の様々な場面でこのようなつまずきが出てくるのですが、娘が家の外で受けてくるダメージは相当なものでした。

3歳半の頃の娘は、人から話しかけたり、集団の中で同じことをやらないといけない状況が苦手で、特に保育園の登園時に受ける刺激の多さ(音、光、慌ただしい人の出入り)に圧倒されていたので、保育園に登園できなくなっていました。

何か特定の場所やものを嫌がる(その逆もありますが)…その原因・理由を探す時に、「不安」、「こだわり」などと同じくらい基本的な事項として「感覚の問題」が注目されてほしい

そして、あらゆる場面でそれに対する配慮(具体策)が用意される社会になっていってほしい

そんなことを思います。


以前、ある保健師youtuberさんとTwitter上でお話したことがあるのですが、その保健師さんのいらっしゃる自治体ではなんと乳幼児健診のチェックリストに感覚に関する項目をつくっているそうです。

私が知らなかっただけで、こういった動きは広がってきているのかもしれないです。だとしたら、私たちは「感覚」をめぐる時代の転換期にいるのかもしれません。

でもそういう転換は偶然訪れるわけではなくて、いつの時代も、研究しようとしてくれる人たち、新しい何かを発見してくれる人たち、研究から臨床に繋げてくれる人たち、現場で実践してくれている人たちのおかげなのだということを忘れないようにしたいです。トップダウンではなく、リレーなのだと思います。

さいごに、
感覚の過敏・鈍麻に気付いたあとの話も。

子どもたちの感覚面のつまずきに対して何ができるのかというところで、希望をくださったのが、第三章の終わりにある関西医科大学リハビリテーション学部の松島佳苗先生「感覚統合理論にもとづく支援と効果」というコラムでした。

SI理論に基づく治療仮説は、子どもを支援する臨床家に多くの手がかりを与え、熟練したセラピストの関りは子どもの反応(output)に変化を生み出すことができます(これは、実際の治療をみれば同意が得られるのではないでしょうか)。

松島佳苗「感覚統合理論にもとづく支援と効果」

まだ、その根拠は確立されてはいないけれど、【SI理論:感覚統合理論】に基づくアプローチには効果が見られ、その妥当性を客観的に検証することができる時代になってきているとのこと。

やっぱり親や支援者は、
子どもたちが抱えている感覚面の問題に気付き、
それがどういうものなのか理解したあとには

子どものために今自分にできることは何だろう

と考えるので、実践が用意されていることは嬉しいです。職場や個人(主に宇佐川研)で感覚統合のアプローチを学び、実践して娘の変化を間近で見ていても、迷いや不安が広がりやすい私には、このコラムがあることが安心に繋がりましたし、励みになりました。

迷いながらでも、前にすすみたいと思います。

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