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ラピュタを感じるウェールズ紀行 その弍

北ウェールズを後にして、その夜はイングランドのバーミンガムに戻って宿をとった。バーミンガムにも気になる場所はあったけれど、今回の旅の目的である"天空の城ラピュタを感じる"に合致する場所ではなかったため、今回は宿泊だけの滞在とした。また機会を作って訪れたい。

翌朝、ホテルで朝食を取り、周辺を少し散歩してから、再びウェールズへと車を走らせた。今度は北ではなく南ウェールズへと向かう。バーミンガムから2時間ほどで、目的地であるブレナヴォンに到着した。

このブレナヴォンという町は、パズーが働いていた炭鉱町のモデルとされている。昔の炭鉱跡地を博物館として保存しているビッグ・ピット国立石炭博物館(以下、ビッグピット)を訪れた。本来ならば、実際に炭鉱として使われていた地下トンネルツアーがあるのだけれど、密閉された地下空間ということから、現在は実施されていなかった。残念無念。

しかし、トンネルツアーがなくても、十分にラピュタの世界を感じられる場所だった。
ビッグピットは小高い丘の上にあり、山道(丘だから丘道?)を上っていく。そのとき車窓から見下ろす風景が、映画の中の地上風景そのものなのである。なだらかな丘陵地帯に四角く拓かれた牧草地。フラップターで低空飛行しているときに通り過ぎていく景色だ。パズーがドーラと一緒に見た景色は、きっとこれなのだろう。

そんな景色を眺めながら進んでいくと、ビッグピットのシンボルである赤茶けた巻き上げ機が見える。そう、パズーがシータを受け止めたあの場所、あの機械。映画では巻き上げ機は地下に掘られた穴の入口にあり、ビッグピットにある現物は地上三階建てくらいの位置に動輪があるので、かなり様子は異なるのだが、それでもあのシーンが甦るのである。

親方ー!!!空から女の子が!!!

はい、叫びましたとも。叫ばずにはいられない。もちろん実際にはシータは落ちてこなかったけれど、私の心の瞳には、天使のような少女が映っていた、と思う、たぶん。

館内に掲示されている昔の炭鉱町や、そこで働いていた炭鉱夫たちの古い写真を見ると、そこにもやはり、ラピュタの世界が垣間見えるのである。もくもくと煙が立ちこめる街。キャスケットを被り、タバコをくわえる男たち。ここでもまた、初めて見る写真なのに既視感を覚えた。本当に不思議な感覚だ。

博物館を後にし、昼食を食べられそうな店を探しに、丘を下った。田舎町なのであまり期待できそうな店はなく、しかも日曜日ということでしまっている店も多い。なんとか一軒だけ営業しているカフェを見つけた。しかし、残念ながら肉だんごおよびスープはメニューにはなかった。あれはどこで食べられるのだろうか。
そのカフェで食べたオムレツが、全く味がなくて見た目も悪くて、半分も食べられなかった。娘が頼んだハムチーズバーガーも、パンが不味すぎて、娘はパンをほとんど残していた。イギリスの地方を旅行する際のネックは食べものだなと痛感した。次回以降はしっかりと下調べをしようと思った次第である。

ともあれ、食べもの以外は、充分に楽しめる場所だった。そしてこの町には、ラピュタ以外にもう一つ、私が既視感を、懐かしさを覚える景色があった。それは、町から丘を見上げた景色や、斜面から町を見下ろす景色が、妙高高原や信州のそれと似ていたのである。

妙高高原は、私にとって馴染みのある場所なのだ。ここしばらくは訪れていないけれど、小学生の頃から結婚するまでは、毎年夏と冬に家族で妙高高原を訪れていたのだ。第二の故郷のような場所である。夏のイモリ池から妙高山を見上げた景色が好きだった。その景色を思い出させる風景が、偶然にもブレナヴォンにあったのだ。
嗚呼、懐かしき妙高池の平。今も変わらない景色なのだろうか。久しぶりに行きたいなぁ。いつもお世話になっていたペンションのオーナー家族に会いたいなぁ。ママちゃんの手料理食べたいなぁ。夜行バスで着いた早朝、ランドマークの温泉に一人で入ってたなぁ。あらきんラーメン、今でもあるのかなぁ。そんなことを、ウェールズに来て感じるなんて、なんか変だ。でも、感じたのだ。

北ウェールズでは、現実が非現実となるよつな、今までに感じたことのない不思議な感覚を覚えたけれど、南ウェールズでは、その不思議な感覚以上に、懐かしき妙高高原への郷愁に駆られた。

"天空の城ラピュタを感じる"を目的にしたウェールズ旅は、その目的以上に、多くを感じる旅であった。とても、とても、良い旅だった。