松雪泰子さんについて考える(09)映画『デトロイト・メタル・シティ』

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*松雪泰子さんについて考える(51)「歌は語れ、セリフは歌え」*

松雪さん出演シーンの充実度:10点(/10点)
作品の面白さ:7点(/10点)
公開年:2008年
視聴方法:U-NEXT
 
※以下、多少のネタバレを含みますが、決定的なオチや展開には触れないようしております。
 
松雪さんが演じた役柄の中で最も強烈で異色のキャラクターと言っても過言ではないのが、この映画『デトロイト・メタル・シティ』でのレコード会社社長役だ。
 
松雪さんのファンなら必ず観るべき作品だと思う。
 
松雪さんの演じる役柄といえば、美人で、クールで、おしゃれで、頭脳明晰で、仕事ができる一方、少し可愛げがあって、気が強いけど憎めない女性…というのが大方のイメージなはずだが、それを松雪さん本人がぶち壊してくれる。
 
よくぞこの役柄を引き受けたと思う。そして、含羞も見せず演じ切ったことに、畏敬の念を禁じ得ない。ロックのサブジャンル「デスメタル」を扱った映画だが、松雪さんの役者魂こそロックそのものではないか。
 
なお、映画公開と同年(2008年)の夏、劇団☆新感線の舞台『五右衛門ロック』でも、また違った意味で振り切った役柄を演じている。そういう意味では、自身のイメージとかけ離れた役柄に映画・舞台両面で挑戦した一年だったのだろう。
 
では、結末のネタバレにならない範囲で、松雪さんの演じた役柄と見所を説明しよう。

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【役柄】
・主人公(松山ケンイチ)たちにデスメタルバンド「デトロイト・メタル・シティ」(以下、「DMC」)を結成させたレコード会社社長

・DMCのメンバーは一人を除いてデスメタルに興味がないが、社長の多才かつ強圧的なプロデュース能力により、人気バンドの階段をかけあがる

・デスメタルを心から愛し、DMCを世界一のデスメタルバンドにすることを目指す、一挙手一投足がロックな社長
 
【主な見所】
・オープニングタイトルバックの後、DMCの楽屋に現れる社長(松雪)。派手に高笑いしながら現れたかと思うと、タバコの火を自分の舌にこすりつけて消すという離れ業(実際にやったら危険)。この時点で松雪泰子感ゼロ。さらに、主人公・根岸(松山)の頭部にハイキック。(※予告編には映っている脚を振り上げた決定的な瞬間が、本編ではなぜかカットされている。)「そんなんじゃ、あたしゃ濡れないんだよ」と、これまた自身のイメージをぶち壊す決め台詞。そもそも、黒のライダースジャケットに黒のホットパンツに黒の網タイツ。言われなければ松雪さんとは気づかない。
 
・DMCのイベントで根岸(松山)が新聞沙汰の事件を起こす。それを読んで「ヒャーハッハッハッハ」と高笑いする社長(松雪)。褒めたのも束の間、デスメタル界の神バンドを知らないことが露呈した根岸(松山)に、怒ってタバコを投げつける。さらにその後、股間を蹴り上げる。最後に再び「ヒャーハッハッハッハ」。
 
・根岸(松山)の部屋を突撃訪問した社長(松雪)。ドーベルマン2頭を部屋に放ち、家具を蹴飛ばし、ワードローブの服を切り裂き、ヘドバンをかまし、根岸(松山)に暴行を加える。
 
以上、すべて前半のシーン。
後半もやりたい放題だが、出番は前半が多い。

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それにしても、振り切った演技が面白い。松雪さんの中にこんな引き出しが隠されていたとは驚きだ。仕事を選ばない矜持というか、既に大物女優としての地歩を築いていた中でこの役に挑戦する心意気が素晴らしい。
 
この作品と同じ年に公開された『容疑者Xの献身』と見比べてみると面白さが増す。薄幸・悲運の美人弁当屋と、デスメタル女社長。とても同じ役者とは思えない。
 
ただし、同じ役者と感じさせない理由は、決して役柄の違いだけによるものではない。ポイントは、声色の違いだ。
 
松雪さんの演技力の要諦は、①声色の使い分け、②目(視線)の動き、の二点によるところが大きいのではないかと思うが、この作品では①の効果が大きい。他の作品では出したことのない声色を使っている。根岸(松山)にスゴむ際のドスの効いた声しかり、「ヒャーハッハッハッハ」と高笑いするシーンしかり。
 
役柄とシーンによって声色を使い分けるなどということは、そんなに特筆すべきことではないと思われるかもしれないが、これができている役者が果たしてどれだけいるか。意識して色んな役者を見てみると、意外と少ないことに気づく。話し方を変える役者はいても、声色まで変える人はそんなにいない。松雪さんほど声の使い分けのバリエーションが豊富な役者は、皆無だと思う。
 
…などと小難しいことは考えずとも、松雪さんの振り切った演技を素直に楽しんでみてほしい。作品自体も、肩の力を抜いて鑑賞できる良作で、おすすめ。

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