松雪泰子さんについて考える(15)『半分、青い。』

*このシリーズの記事一覧はこちら*

*松雪泰子さんについて考える(51)「歌は語れ、セリフは歌え」*

松雪さん出演シーンの充実度:10点(/10点)
作品の面白さ:8点(/10点)
制作年:2018年(NHK)
視聴方法:U-NEXT、FOD、TSUTAYAディスカス
 
※以下、多少のネタバレを含みますが、決定的なオチや展開には触れないようしております。
 
2018年4~9月期に放送されたNHK朝ドラ『半分、青い。』
脚本を務めたのは、90年代トレンディドラマといえばこの人とも言われる北川悦吏子さん。同氏初の朝ドラ作品ということで期待された話題作だったが、主人公・楡野鈴愛(永野芽郁)の母親役として、松雪さんが朝ドラ初出演ということでも注目を集めた。
 
放送当時は視聴していなかったが、FODプレミアムコースで別途料金不要で視聴できるので、体調を崩して3日間寝込んだときに一気見した。その後、特典映像目的でDVDをTSUTAYAディスカスで何枚かレンタル。

作品に対しては申し訳ないが、なにぶんトータル時間が長いので、いくらか早送りやスキップをしつつ、松雪さんの出演シーン、楡野家の回を中心に観た。
 
そういう鑑賞の仕方だったのであまり偉そうに書けないが、感想を述べていきたいと思う。
 
まず、作品全体の流れ。

岐阜で生まれた主人公(永野)が幼い頃に右耳の聴力を失うも、挫けず元気に成長していき、やがて有名漫画家に弟子入り。下積みを経てデビューを飾る。

しかし、なかなかうまくいかず漫画家を辞めた後、結婚、出産。その後、結婚相手が夢を追いかけて映画の世界に命を懸けることになり、やむなく離婚。

岐阜の実家に戻って家業の食堂の2号店としてカフェをオープンさせるが、今度は娘の夢のために、カフェは知人に託して娘と上京。そこで幼馴染(佐藤健)と再会し、とある発明品を作ることになり、二人で夢を追いかける。
 
主人公・鈴愛(永野)が漫画家になるまでは、一本筋の通ったきれいな流れで、先の展開を楽しみにしながら観ることができた。

ただ、問題はそのあと。漫画家を辞めてから、色んな登場人物に振り回されるかたちで、話があっちに行ったりこっちに行ったり。作中で主人公(永野)自身が「行き当たりばったり」と言われるが、まさにそのとおりで、観ていて落ち着かない。
 
たしかに、私たちの現実の人生でも、一筋縄でいかないことや予期しない事件が起こるが、それにしてもこの主人公における展開はトリッキーすぎる気がした。漫画家としてどうなっていくかに絞った方が面白かったのではないかと思ってしまう。
 
その漫画家編とも言うべきシリーズについては、豊川悦司さん演じる天才漫画家の常人離れした振る舞いや、漫画・創作・芸術に対する妥協ない姿勢に、観ていて色々と考えさせられた。

特に、創作に対するポリシーや芸術論を語るシーンは、幾多の作品を生み出してきた北川悦吏子さんの魂の主張として受け止めた。
 
無慈悲なまでに実力社会で、血の滲むような努力が必要とされる創作の世界。生半可な態度では通用しないということを主人公(永野)自身も思い知らされ、漫画の舞台から去っていく。

結局、弟子たちは全員去り、残ったのは天才漫画家(豊川)一人。孤独な闘いがどこまでも続く、華やかさとは真逆の世界。それを代弁する豊川さんの演技も迫真だった。
 
エンタメが好きな人には、これらの一連の回だけでもぜひ観てほしい。広い意味での芸能界で生きる人たちの苦しみと、そこで生き残ることの大変さを感じずにはいられない。
 
漫画家編の後は、失礼を承知で言えば「迷走」編。先述したとおり、主人公・鈴愛(永野)が結婚・出産・離婚という人生の節目を迎えながら、良くも悪くも迷走していくが、詳細は割愛する。
 
では、松雪さんの役柄と演技について。
 
まず、久しぶりに、キャラの濃くない「普通の人」を演じていることが新鮮だ。
 
クールで頭脳明晰な女性ではなく、ごく普通の母親役。こういう役柄は、同じ母親役という意味でも、2010年の映画『てぃだかんかん』以来だと思う。2016年の映画『古都』も母親役だが、あまり「お母ちゃん」という感じではない。
 
そんな役柄なので声の出し方も自然体だ。クールな女性を演じる時の中低音・アナウンサー調の声ではなく、少し高めで柔らかい。この声の出し方も、まさしく映画『てぃだかんかん』以来と言える。松雪さんの出演作としては稀少な部類だ。
 
さらに、普通の母親役ということで、喜怒哀楽が豊富。色んな演技・表情が観られるのが醍醐味だ。

しかも、主人公の母親役ということで、かなり出番が多い。全156話の中で、全く出演シーンが無いのは、わずか10~20話くらいではないだろうか。
 
また、作品の中では、初回から最終回までに30年以上の年月が経過している設定のため、母親役の松雪さんも、若い頃の姿から白髪交じりの年齢までを演じている。終盤の老けメイクを施したおばあちゃん(ただし、老婆というほどではない)の演技は、まさに朝ドラだからこそ観られる貴重なシーン。
 
このように、全編通して松雪さんの出演シーンは多様性があって見所が豊富だし、この作品でしか観られない演技の稀少性も高い。ファンなら必ず観た方がよい作品だ。
 
では、おすすめの回をいくつか紹介したい。
(結末までは書きませんが、終盤のネタバレを含みますのでご注意ください)
 

■第13話
食堂で店番をしていたところ、閉店間際にやってきた若い男性客にドギマギするシーン。

煎餅を食べながら漫画を読んでいる最中に、若い男性客が現れて慌てるのだが、口元に着いた煎餅の欠片を拭いとるシーンが地味にすごいと思った。

まず、煎餅の欠片を口元に付けるところまでが演出上(または脚本上)の計算だとしたら、そこまで考える演出家(脚本家)の細かさがすごいと思う。

もし演出ではなくたまたま口元に付いたのだとしたら、それをアドリブで拭いとる松雪さんの判断がすごい。ごく自然な流れのシーンなので、演出・アドリブどちらもあり得る。真相が気になるところ。

シーンが切れる前後で煎餅の欠けた形が違うようにも見えるので、演出かな?とも思うが、どうだろう。

最後、「キレイですね」と言われ、荒井由実「リフレインが叫んでる」がラジオから流れる中、見つめ合ったまま終わるエンディングにクスっとくる。
 
■第27話
天才漫画家・秋風羽織(豊川悦司)が来宅することになり(※実際に来たのはマネージャー(井川遥))、浮かれた気分になる楡野家。

そんな中、娘(永野)を東京に出したくない母(松雪)だけが不機嫌なまま。この、一人だけ頑なになっている様子と表情が、うっすらと『救命病棟24時』の香坂先生の面影を感じさせる。
 
■第28話
ついに娘(永野)の上京を許した母(松雪)。娘と家族一同が楽しそうにする中、母親として淋しい気持ちが抑えられず泣いてしまうシーンに、グッとくる。
 
■第53話以後の数回
母(松雪)上京編。久しぶりに娘と過ごすのを楽しむ一連の姿が良い。
 
■第89話
ささいなことがきっかけで夫(滝藤賢一)と喧嘩。二人とも本物の夫婦のような、自然で流暢な演技。
 
■第110話
久々に実家に戻った娘(永野)と孫娘が加わって、家族一同の朝食シーン。

会話の流れで、娘からツッコミを浴びて目を丸くするシーンが面白い。会話に加わっていないシーンでは、孫娘に焼き魚の身をほぐしてあげるシーンの自然なこと。手前で会話する娘(永野)たちの背景で、夫(滝藤)と目くばせするところも、もはや本物の夫婦感。
 
■第114話
夫(滝藤)が妻(松雪)の心境を察せられず、能天気な発言を繰り返し、夫婦喧嘩に発展。繰り返しになるが、本物の夫婦のようなやりとり。
 
■第143話
この回はぜひ観てほしい。
娘(永野)と二人きり、昔の出来事を振り返りながら会話するシーン。母(松雪)の目が潤んできたかと思うと、スーッと涙がこぼれる。

まばたきを我慢することによって涙を流すような初歩的な演技ではない。まばたきをしながら、そして普通に会話をしながらなのに、みるみるうちに目が潤んでいく姿が圧巻。

悲しみの涙ではなく、温かい気持ちが込み上げてきたがゆえの涙なので、表情も穏やかなまま崩さない。この表情をキープしたままで涙を流せるのが驚異的。

このレベルにまでなると、観ている方としては、楡野晴という女性がまさに実在するかのような錯覚に陥り、もはや「松雪泰子」には見えなくなる。松雪さんの女優人生の中でも、指折りの名演技ではないだろうか。個人的には、他作品を含めて、松雪さんが涙を流す場面の中で、このシーンが最高だと思う。

さらに付け加えると、このシーンで流れる菅野祐悟さん作曲のBGMが素晴らしい。同氏の劇伴音楽はいつも良いが、今作でも◎。
 
・・・・・
 
ところで、松雪さん以外の役者さんについて。
 
なんといっても、主人公・鈴愛(永野)の父役だった滝藤賢一さんが素晴らしかった。能天気なシーンも、引き締まったシーンも。そして、晴(松雪)とのシーンは、話が進んでいくのに比例して本当の夫婦のようになっていった。
 
主演の永野芽郁さんは、本作で初めて見たが、上手な女優さんだと思った。ここぞというところのシーンは間違いなく上手い。DVD版に特典として収録されているクランクアップ映像で、父親役・滝藤さんが、「女優・永野芽郁は怪物だった」と真剣な表情で振り返っていた。
 
天才漫画家役の豊川悦司さんも、既に書いたとおり素晴らしかった。
 
終盤に出てくる有田哲平さんは、うさんくさい男という意味ではぴったりだった。
 
晴(松雪)の友人役の原田知世さんも良かった。武田鉄矢のモノマネ(劇中で何度か出てくる)が似ているので、本番以外でも現場が盛り上がったことが想像される。
 
その原田知世さんの役の夫を演じたのが谷原章介さん。谷原さんらしい温和なお父さん役。松雪さんとは『救命病棟24時』で共演した印象が強いが、NHK『負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~』(2012年)でも少しだけ共演している。
 
・・・・・
 
以上のとおり、『半分、青い。』は松雪さんのファンにはかなりおすすめできる作品だ。
156話と長大だが、配信サービスだと手軽にサクサク観られて便利。
 
余談だが、これだけコテコテの母親役をやって以後も、相変わらず医者役・刑事役等を演じているのが面白い。それどころか、映画『甘いお酒でうがい』(2020年)やドラマ『初情事まであと1時間』(2021年)では、まさに母親役とは真逆の役柄だし、引き続きそういうオファーが来ることがすごいなと。どうかこれからも、幅広い役柄を演じ続けていただきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?