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公園で隕石をひろった話

 誰も信じてくれないし、僕も信じてほしいとは思わない。けど本当の話だ。

 小さい頃、僕は公園で隕石を拾った。


○公園のテクタイト

 幼い頃の僕は、公園で変わった石を探すことに夢中だった。何がそんなに面白かったのか、今となっては分からない。

 最初集めていたのはすべすべした丸い石だ。ひんやりした手触りが心地良かった。そういう石は、どれも墓石みたいな上品な灰色をしているから不思議である。

 ある日、少し様子の違う石を見つけた。ありふれた質感の白い石だが、形がおかしい。ほとんど完全な四角形と言って良いほどに整っているのだ。しかも一面だけが深い緑色で、いやにツルツルしている。

 母親に正体を訊いたところ、それは瓦屋根の破片ということだった。僕はこれを普通の石よりも貴重な存在として、家に持ち帰ることに決めた。

*  *  *

 宝石だ。

 公園の隅っこで、僕は本気でそう思った。

 握りしめた石は、表面の半分くらいが、青色の透明なガラスのようなものに覆われている。木漏れ日にかざすと、石は海のように輝いた。地球のようにも見えた。
 残りの面は、炭のように真っ黒である。それもあの丸いすべすべした石とは比べ物にならないほど、しっとり滑らかな黒さだ。表面はほとんど綺麗な曲線だが、ところどころぷつぷつと丸く凹んでいる。

 僕はもちろんこの石を持ち帰った。

 石はほこりを被っているが、洗えばもっと美しく輝くはずだ。洗面所で泥を落とそうとしたところを母に止められ、代わりに庭に備え付けのホースを使って洗うことになった。
 水に触れたところから砂がみるみる落ちて、色が変わって行った。僕は黒い石をさらに黒く染め上げているような気持になった。水気を優しく拭き取ってやると、青色のガラス部分は一点の曇りもなく光り輝いた。

 僕はこの石を、庭の植木鉢の裏側で厳重に保管することに決めた。ことあるごとに水で洗い汚れを拭き取り、綺麗な状態を保つように心がけた。

*  *  *

 物心ついた時から宇宙が好きだった。幼稚園の本棚にある宇宙の本を片端から読んで、すべての本を十回は読み返したはずである。“プロキオン”だの“はくしょくわいせい”だの言ってよろこんでいた僕は、その日とんでもない発見をした。

「隕石には、熱によって表面がガラス質に変質したものもあります」

 目頭に電撃が走って、僕は本にくぎ付けになった。その本には、僕の持っているあの石と、寸分違わない特徴が記されている。

 大事件だと思った。近くにいた友達に手当たり次第に説明したが、今一つ上手く伝わらない。彼らは隕石と言えば地球を滅亡させるような巨大なものだと思っているか、そもそも隕石という言葉をよく分かっていないかのどちらかだった。
 幼稚園の先生は「そう、それは良かったねえ」と言うばかりだ。僕が適当言っていると思って誤魔化しているに違いない。子供騙しの言葉というのは、何か芯のようなものが欠けている。そして礼儀とか社交辞令とかを身に着けていない子供は、大人以上にこういう芯の無い言葉には敏感なのだ。

 しかしこれ以上押し問答をしても仕方がない。僕は幼稚園まで迎えに来た母にこの大発見を話すことにした。

「お母さん」
「どうしたの?」
 母は子供乗せ自転車を漕ぎながら、後ろの僕の声に答える。
「前ひろった石あるでしょ」「うん」「青いやつ」「瓦みたいなのね」
 ところがそうではないのだ。

「あれはいん石なんだよ」
「そう? 瓦の破片でしょう」
 あれは瓦ではないのだ。第一形からして角張った瓦の破片とは全く違う。
「あれはぜんぜん瓦とはちがうよ。いん石だよ。ようち園の本にも書いてあるよ」色々言いたいことはあったが、口が言うことを聞かなかった。大事な時に限って、言葉は上手く生まれてくれないものだ。

「何かの間違いでしょう」
 僕はむうと腕を組んだ。自転車が家に着くころには、一体僕の話をどう理解させてやろうかという考えで、頭がいっぱいになっていた。

 しかしそんな考えも、庭の隕石を手にすれば綺麗に吹き飛んでいた。僕がほこりを払うと、隕石はみなぎる太陽の光を僕に輝き返してくる。誰が何と言おうが、この光は本物なのだ。
 握りしめた隕石から、ひんやりした冷気が手の平に伝ってきた。僕はすっかり満足して、先の問答などすぐに忘れてしまった。それは凝縮された宇宙だった。


○庭先のテクタイト

 両親の喧嘩が次第に増えた。
 僕が小学四年生に上がる頃には、階下のリビングから寝室へ、夜通し怒号が聞こえて来るのが日常になった。

 不思議と何とも思わなかった。何とも無かったと言うのは嘘だ。でも何とも思わなかったと言うのは、本当だ。僕は学校で不意に泣き叫ぶようになったが、人間とはそんなものだと思っていた。

 仕事も辞めた父親が、酒を飲み、怒って暴れ、僕と妹が泣き叫び、宥めて、そうやって世界が回っていた。ただ父親は、僕たち子どもにだけは、一度たりとも手を上げなかったのである。

*  *  *

 夕方、取っ組み合いの末母は家を出ていった。家は父親と妹と僕で三人になった。父親は大丈夫父さんが守ってやるなどと息巻いている。この父親に家族を養うことなど到底できないのだと、子供ながらに分かり切っていた。それでも子供なりに、そんなら大丈夫なのだろうと納得した。

 しばらくしてもう日も落ちたころ、庭先が赤く光った。
 階段から玄関を見下ろすと、母と警官が立っていた。降りてきなさいだか降りるなだか、方々から色んな声が飛んできた記憶がある。僕と妹は母親に着いて、家を後にした。

 宵の街灯が涙で霞んでぼんやり浮かんで見える。前後のことは分からない。ただその時一人の警官に言われた言葉だけは、よく覚えている。

「これからは君が、お母さんを守ってあげるんだよ」

 僕は頷いた。その日は母の誕生日だった。

*  *  *

 それからだいぶ月日がたって、僕はようやく置いて来た隕石のことを思い出した。

 あの石がどうなってしまったかを知る術はもはや無い。誰かが大事に持っているのか、それとももう打ち捨てられてしまったか、あるいは今でも庭先に転がっているのか。

 誰も信じてくれないし、僕も信じてほしいとは思わない。けど本当の話だ。
 小さい頃、僕は公園で隕石を拾った。



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