天球儀の夜に (童話)
ある原野、一軒の家に老人が住む。机の上に真っ白な天球儀を眺めては、かたわらで紙に何かを書いている。
「これはこう。あれはー」
ぼそぼそと、書いて読んでは独り言。
ぼそぼそと、繰り返す毎日だ。
ある日、誰かが持ってきたサクランボの木
の実から妖精が生れた。小人の少女の姿で。
まだ誰も気づいていない。
その数日後の夜、おかしな事が起きる。
「ワォーン!」
家のどこからか犬の遠吠えがする。
「犬? 入ってきた? 飼ってもないのに」
見渡しても、どこにもいない。
バチーン!
突然、灯りが消えた。停電だ。
懐中電灯を取り出し、照らし歩むと、
ガブリ‼
「痛い!」
足に何かがかぶりついた。照らすとワニが
足にかみついている。
「ワニ? なぜ?」
振り払おうとしたらいない。ふと目の前を見ると、天球儀に妖精がいる。
「こんにちは!」
「君は?」
「私、サクランボの妖精!」
「イタズラは君か?」
「うん! おじいさんおもしろいね!」
「ダメじゃないか! 人をからかっては!」
「ごめんなさい。お話がしたくて」
「お話?」
「おじいさん、さみしそうだから」
そう言うと、妖精はニッコリと笑う。
「この丸いの何?」
「天球儀だ。世界を描くためにある」
「せかい?」
「そう。人の心をね」
老人は理論を書いた紙と天球儀を線につな
ぐ。すると、何かが映し出された。
それは大きな円。中に一つ一つ円の層が大小をなして、描かれていく。
「これ?」
「知識が知恵になって、円が木の年輪の様
に重なる図だ。人間を描いたのさ」
「うーん、わかんない!」
「…だろうな。ハッハッハ!」
「でも、おじいさんの世界でしょ? 私に
もできる?」
「もちろん! やってみるか?」
「うん!」
おしゃべりが始まった。
「何を描きたいんだ?」
「サクランボ! でも犬にも、ワニにもな
りたい!」
「どうして?」
「赤い実から生まれて、ひろーい、ひろー
い野を駆ける犬が好きだから。ワニは川
を泳いで、海を楽しみたいから!」
「壮大だな」
「でしょ!」
楽しそうだ。老人は妖精の話を聞いて書い
ていく。それを天球儀につなぐと地図が浮
かび上がる。
「わーい! 地図が出てきた」
そこには、広い野に囲まれた赤い実をつけ
たサクランボの木があり、前に海へと続く
川が描かれ、その中に一人の妖精が犬に、
ワニになって海へと旅をしてゆく。
「わーい! わーい! ありがとう。おもし
ろーい!」
「君の世界だ。それは道しるべ。天球儀は人
の心を映しては描く。例え一人になっても、心を灯して歩むことができる」
「うーん、わかんないけど深いね!」
ホワァァァァ‼
描かれた地図は天球儀から消えていく。
「消えた。どうして?」
「描き終わっただけだ。儚いもんだ。デミ、君の中にはあるんだろ?」
「うん」
気づくと、夜が明けてきた。
「散歩したくなった。久しぶりにいい気分だ。来るか?」
「しばらく、ここにいる」
「そうか。じゃ行ってくる」
老人はそう言うと、外へ出かけて行った。
後姿は若い青年になっていた。
「おじいさん、何か楽しそう。さみしそうにしてたけど、打ち解けて希望に満たされている!」
妖精は嬉しそうにささやく。
残された天球儀は夜明けと共に空に昇り太陽になり、赤いサクランボの実になった。
老人の家は気づくと消えていった。
旅立ちの朝だ。妖精は老人を見送った。
いつまでも。
※童話の花束(2020)に応募した作品。元々は元NGT48のりったんこと、菅原りこの空想を基にして書いた。ラジオ番組「NGT48のラジオ握手会」で、本人が「魔法があるなら、犬かワニになりたい」という話を聞いて衝撃を受けて、書いた。
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