見出し画像

【小説】 猫と飴  第10話

第10話

彼女はスーパーに行った帰りなのか、手には食材が入った袋を持っていた。

「……買い物?」

僕は分かりきった質問をした。

「うん。カレーを作ろうと思って」
「そっか」
「最近は隠し味を入れて深みを出すのにハマっているの」「それは、食べてみたいね」

そう答えて、自分でハッとした。

少しだけ間を置いて彼女はニコリと笑い、
「美味しそうでしょ」と答えた。

「……うん。君と結婚できる人は幸せだね」

思わず、本音が溢れた。こんな所で思い出に浸っていたせいだ。

自分から別れを告げた彼女に。
無神経なことを言った。
急に現れた彼女に、きっと僕は動揺していたんだ。

彼女はちょっと間を置いて答えた。

「……じゃあ、来世は結婚しよう!」

いつも以上に、悪戯な少女の様な顔で笑った。

僕の心が、瞬時に鮮やかに色づいたのが分かった。

それから彼女は続けて、
「来世の結婚の約束に、この飴をあなたにあげる」
そう言って、飴を僕に渡した。

「飴?」
「そう。スーパーのくじ引きでもらったの。二回やって、二回ともこの飴。くじ運は昔からないの」

彼女は自分用に飴をもう一つポケットから取り出し、僕にチラチラと見せつけて、パクリと食べてしまった。

僕は、
「飴で約束。って、……食べたらもう無くなるじゃん」
と少し色付いてしまった自分の心を笑って、彼女に言った。

彼女は、
「今世の約束じゃないから、無くなる物の方が良いのよ」と、飴で頬を膨らませながら笑顔で答えた。続けて僕に

「食べないの?」と少し首を傾げて言った。
「今は、良いよ」

僕は上着のポケットに収めた。
やっぱり僕は未練がましい。本当に自分が嫌になる。

「じゃあ、もう行くね」

そう僕は彼女に別れを告げ、立ち上がった。

「うん。バイバイ」

そう言って、彼女は小さく手を振った。


自分で壊してしまったものをもう一度、欠片を集めてまた同じように作る自信が無い。粉々になってしまった部分は、もう元の形には戻らないから。
美しいままの欠片を必死に集めた所で、全てが元通りの美しい形にはならない。

あんな場所で座り込んでいたりするからだ。

せっかく、和らいできた胸がまた掻き乱される様だった。

——あんな思い出を追いかけて行く様な事をするのはやめよう。

彼女にはもう……会いたくない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?