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【小説】 紅(アカ) 別の世界とその続き 第21話

第21話

リリーは少し沈黙した後にこう、切り出した。
 
「ジャンは不思議に思ったりしない? 人面魚もいれば、アンナ達みたいに人間に近い、人魚もいる事」
何故だか突然、違う話になった。
「まあ、確かに。不思議だね」
「私、知っているの。その秘密」
「秘密?」
「うん。アンナが教えてくれたの」
「なんて言っていたの?」
「アンナも、元は人間だったんだって。アンナは望んでなったの。人魚に」
「えっっ? そんな事出来るの?」
「うん。……海の底に、別の世界に繋がる扉があるんだって。そこを通れば良いって」
「……別の世界に繋がる扉?」

——またこの世界にも扉があるのか。
「うん。……それでね、私……実はずっと人魚になってみたかったの」
「人魚に?」
「うん。だって、アンナはとても美しいでしょう? 美しい尾鰭をつけて優雅に海を泳いで暮らすなんて、素敵じゃない?」
確かに、海にいるアンナはとても神秘的だった。
リリーは続けて言った。
「私、……人魚になりたい! アンナが安全にその場所まで連れて行ってくれるわ」
彼女の目は、すでに決意を固めた様子だった。
「人魚になってどうするの? ここでの生活は? 人魚になって、やっぱり人間が良かった。ってなってしまったら? 大丈夫なの?」
僕は、彼女を問い詰める様に言った。
「きっと人魚の世界は素敵よ。私、全部リセットしたい。やり直すの」
「今からでもやり直せるよ。何も悪い事なんて起こってないだろう?」
「……そうだけど。今の人生が一番良いとも思わない。だから、新しく挑戦するの。今ならまだ、私は頑張れる!」
人魚になるなんて未知の世界だ。
こんなに恵まれた世界で、こんなにも追い詰められてしまう彼女が、たとえ本当に人魚になれたとして、新しい世界でなんてやっていけるのだろうか。
「僕は……。心配だよ」
「私、ジャンと居る時間、楽しくて幸せだったわ。だから……」
 
彼女は僕に手を差し出して言った。
 
「ねぇ、一緒に行こう。ジャン」
彼女は笑顔でそう言うと、不思議そうな顔をして続けて言った。
「あれ? この会話、前にもしたかな?」
「……。さあ、どうだろうね」
僕は曖昧に答えた。

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