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【あらすじ】
 
 
真っ白な建物に、作業台に並べられた画材道具。その場所で一人、黙々と作品を作り続けている彼女の名前は『ゆき』。
彼女は髪を一つにぎゅっと結い、アトリエで今日もキャンバスに想いを込めるように描く。
ゆきは、アトリエから徒歩圏内でモデルの彼氏と同棲をしていた。
名前はあき。整った顔立ちをしていて、モデルの仕事をしている。背はスラリと高く、普段はクールだと言われることが多かった。
けれど、ゆきと一緒にいる時の彼は、友人が想像できないであろう程に甘く、クールという印象とは違っていた。
ゆきは独特な感性の持ち主で、ある日、人生は謎解き迷路ゲームのようだと言い出す。
 あきは、程よく相槌を打ちながら話を聞いていたが、ゆきと一緒に過ごすうちに、彼女の独特な感性にどんどんと引き込まれていく。
——才能は、いつ決まるのだろう。
その疑問と共に、小説は進んでいく。




 
 

才能は、いつ決まるのだろう。

 
自分の才能に気付いている人はどれだけいるのだろう。

埋もれさせてしまっている人はどれだけいるのだろう。

 

きっと誰もが何かの才人だ。

 

全ての人が自分の才能の探求に時間を費やしたなら

どれだけ世界は変わるのだろう。

 

 

  

第一話 ゆき

 

真っ白な建物、ミントグリーンの木製のサッシ。

 

太陽の光が降り注ぐ明るい部屋。緩やかに流れる音楽。

 

作業台に並べられた画材道具。

 

 

その場所で一人、黙々と作品を作り続けている彼女の名前は『ゆき』。

 

髪を一つにぎゅっと結い、今日もキャンバスに想いを込めて描く。

 

 

 

 

顔にピンクの絵の具を付けたゆきは、集中力が切れるとコーヒーを淹れ、大切にとっておいた高級なチョコレートを口に入れた。

 

「ふ〜。今日はこれくらいにしておこうかな」

自分の描いた作品を眺めながら、二つ目のチョコレートを口に入れた。

 

「もうちょっとピンク色を足そうかな」

コーヒーを口に含み、ゆっくりと喉の奥に通した。

 

「う〜ん。でも可愛すぎるかな」

三つ目のチョコレートを口に入れた。

 

「ここは、引き算すべき? あえて余白を多く取る」

コーヒーをまた口に含み、先ほどよりもゆっくりとじっくりと喉に通した。

 

「やり過ぎちゃうんだよね。ついつい。足し過ぎちゃう」

 

そして、独り言とは思えない声量で天を仰ぎながら

「あ〜、わかんなくなってきちゃった!」

と叫んだ。

 

お気に入りの真っ白なマグカップを握りしめ、さながら酒場で酔っ払いがビールジョッキを握っているかの様に項垂れていた。

 

「駄目だよね。悩んでいる時に描いても駄目。……分かっているんだよね〜。あ〜でも、もう少し描きたい気もする。……描きたく無い気もする。……ああっ! 分かんないや」

 

四つ目のチョコレートを口に入れて、ハッとした。

「うわ〜。チョコも無い。私のエネルギー源……」

 

ゆきは空っぽになったチョコレートの箱を捨て、真っ白なマグカップを洗った。

 

ふと時計を見ると、夕方の五時を指していた。

 

「もうこんな時間? しょうがない。今日はおしまいにしよう」

散らかした画材道具を軽く片付け、帰り支度を始めた。

 

 

 ゆきの居た場所は彼女だけの城みたいなもので、アトリエとして作品作りをする時に使っていた。

 

ゆきは彼と二人暮らしをしていて、住む所は別の場所にある。徒歩圏内だ。

 

 

二人暮らしの家は、黒猫と一緒に住んでいて、とても暖かい家だ。

 

 

「ただいま〜」

靴を脱いでいると、仕事が休みだった彼が玄関まで出迎えに来た。

 

名前はあき。

整った顔立ちをしていて、モデルの仕事をしている。

背はスラリと高く、普段はクールだと言われることが多かった。

けれど、ゆきと一緒にいる時の彼は、友人が想像できないであろう程に甘く、クールという印象とは違っていた。

 

 

「おかえり」

その彼の声にゆきが顔を上げると、あきは笑いながら言った。

 

「その顔のままここまで帰ってきたの?」

そう言われて、ゆきは玄関に掛けてある鏡を覗き込んだ。

 

「うわっ。ここにも付いてたんだ」

ゆきの顔には、先程まで使っていた絵の具が頬や鼻の先などに付いていた。

絵を描きながらも、顔を触ってしまうのはゆきの癖だ。

「今日も派手に付けてるね。帰る前に、顔に付いていないか確認する癖でもつけたら?」

彼が楽しそうに笑いながら言うと

 

「でも、ピンクで可愛くない?」

と、ゆきもキメ顔をしながら返した。

 

「付けてなくても可愛いから、お風呂に入って顔洗って来なさい」

 

あきは、ゆきにとても甘い。

こんな発言をするという事を、きっとあきの友人は信じないだろう。

「は〜い」

 

 

 

リリンッ。

黒猫のジャスミンの首に付けた鈴の音が、お風呂場に向かうゆきの足を止めた。

 

「ジャスミ〜ン。ただいま」

 

そう言ってジャスミンに手を振ったが、遠目でゆきの帰宅を確認したジャスミンは、満足したのかまた部屋へと戻って行った。

 

あきは、ジャスミンの後ろ姿を眺めて言った。

「ジャスミンも寂しそうだったよ」

「そうかな? 今日はあきを独り占め出来て幸せだったんじゃない?」

 

あきは、遠くに移動したジャスミンにアイコンタクトを送るようにしてから

「まあ、こちらはこちらで楽しんでいましたけれども。はい、お風呂に行って。ご飯も作っておいたから」

そう言ってゆきを風呂場へと送り出した。

 

「わ〜い! じゃあ、行って参ります」

ゆきは敬礼のポーズをしていたずらな笑顔を見せた。

 

あきは穏やかな笑顔を見せると、頬あたりで敬礼か手を上げたのか分からないぐらいの仕草でゆきに返した。

 

 

 

お風呂から出てきたゆきは、ご飯を準備しているあきの隣に行き「カレーのいい匂い」と言いながら、香りを思い切り吸い込んでいた。

 

「最近作ってなかったからね」

温めたカレーをかき混ぜながらあきはその声に答えた。

「あきの作るカレー大好き」

 

あきは照れ臭そうに笑い、その顔を隠す様にテーブルに並べる準備をした。

 

テーブルには綺麗にスプーンやフォーク、カレー皿、サラダ、水が並べられていた。

 あきの性格を表す様にそれらは居場所が最初から決められていたかの様にバランス良くきちんとそこに佇んでいた。

「いただきます!」

「いただきます」

「う〜ん! 美味しい!!」

ゆきは、口元にカレーをつけながらとても幸せそうに言った。

 

あきはその顔を見て、口元を緩ませた。

自分の口元をちょんちょんと触って、ゆきに口元に付いている事を知らせた。

 

カレーを数口食べて、あきは話しかけた

「……今日も、ずっと描いてたんだね」

ゆきは口にいっぱいに頬張ったカレーを飲み込んでから

「うん。途中でどうしたらいいか分からなくなってきちゃったけどね。もう嫌になって叫んじゃった」

あきはクスリと笑うと

「君でもそんなことあるんだ」

と興味を持って、水をごくごくと飲むゆきに返した。

「そりゃ、あるよ〜」

ゆきはまたカレーを沢山頬張りながら答えた。

 

その様子を、優しい顔で眺めていたあきは

「……そうだ、今度アトリエに絵を見に行っても良い?」

「もちろん、良いよ。じゃあ、今度休みが一緒の時に。」

 

ずっと頬張り続けていたカレーへのスプーンを止めて、ゆきはしみじみ言った。

「……私の作品に興味を持ってくれてるなんて、嬉しい」

あきはサラダを食べる手を止めて

「僕は前から君の作るものは何でも好きだよ。アトリエにも前々から興味を持っていたし」

「そうなんだ」

「こっちの家にも君の作品飾ったら良いのに」

「うん! じゃあ、毎日眺めていたい作品が出来たら飾っても良い?」

あきは不思議そうに聞いた。

「今ある作品じゃ駄目なの?」

「もっとしっくりくる作品が出来そうな気がする」

あきはふふっと笑った。

「しっくりくるのってどんなの?」

「……暖かくて、キラキラしていて、穏やかで、ああ今日も幸せだなぁ。って、思う様な作品」

ゆきは乙女が祈るようなポーズをして言った。

 

 あきはクスッと笑った。

 

「君らしいね」

「毎日見るものだもん。幸せな気持ちになりたいでしょ?」

「そうだね。君の絵を見たら、仕事から疲れて帰っても幸せな気持ちになれそうだよ」

 

「褒め上手だね」

 

 

 

 リリンッ。

 

首に付けた鈴を鳴らしながら黒猫のジャスミンは、あきの足元の辺りにやって来た。

 

「あ、ジャスミンが来た」

「ジャスミンも君の作品に興味があるのかもね」

「そっか〜。ジャスミンもそのうち描いてあげないとね」

得意げにフォークを筆に見立てて、ジャスミンへと向けた。

 

「僕も描いてよ」

ゆきは筆に見立てていたフォークでサラダをザクザクと刺しながら

「人間は、そうだね。あんまり描かないけれど、そのうち」

「何で描かないの?」

サラダをパクリと口に入れ、

「猫もそうだけれど、生き物はあまり絵の具で描いたこと無いから。……自信が無いだけよ。なんとなく」

あきは曖昧な返事に納得したのか、軽く頷きながら

「そうなんだ。いつでも良いよ。君が描きたくなったらお願いするよ」

と返した。

「分かった」

 

 

 

 

 


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