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第五話 幼い頃の夢 

 

 

 

家に帰り、お風呂場から出てきたゆきは、テーブルに綺麗に並べられている夕飯に目を輝かせた。

 

 

「わーい! パスタだ! この魚介のパスタ大好き! タコもイカも、貝も大好きだし、はぁ〜、良い香り。海の香りだ」

「海の香り?」

「うん! 私、海の食べ物大好き! お魚も大好きだし、カニとかエビも好き。あ、でも山の食べ物も大好きだなぁ。きのことか、栗とか、蜂蜜も美味しいよね」

「君は食いしん坊だね」

「あと、卵も好きだし、いちごも好きだし、カレーも大好きだし」

「チョコレートも?」

「それは、外せないね」

「買っておいたよ。君の好きなブランドの」

「えー!! 嬉しい!! ちょうど買いに行かなくちゃって思っていたの! ありがとう!」

 

冷凍庫を開け、あきは手にアイスクリームを持って見せた。

 

「あと、デザートにアイスクリームも」

「やった! アイスは何味?」

「二種類買ったよ。桃とオレンジ」

「じゃあどっちの味かジャンケン?」

「僕はどっちでも良いけれど。君が好きな方を選んだら良いよ」

「ダ〜メ。つまんないじゃん。はい、ジャンケンっぽん」

「……僕の勝ち」

「わ〜。まただ」

「……君は、いつもグーを出すって気付いてる?」

「えっ? そうなの? だからパーを出したの? それってズルじゃん! しかも勝ちに行ってる!」

「君の反応が面白いから」

「じゃあ、今度はチョキを出すから」

「言ったら勝負にならないよ。はい、ご飯食べよう。アイスは君が決めて良いから」

「え〜!!」

「冷めちゃうよ?」

「それも嫌だ! 食べる〜!」

 

 

二人は戯れ合うと、席に着いた。

 

「……いただきます」

「いただきます!」

 

ゆきは一口食べると幸せな顔で、目をぎゅっと瞑って噛み締めた後言った。

 

「ん〜! おいし〜!! 天才! 神!」

「褒めすぎだよ」

「だって、本当の事だもん」

「君は何でも美味しそうに食べるから作りがいがあるよ」

「私は、美味しいものしか美味しいって言わないよ?」

フォークを手に、ゆきは真剣な顔をして言った。

 

「……君が褒めてくれるから、僕はまたもっと上手くなろうって思うよ」

 

沢山パスタを頬張り、

「器用だよね。本当に。あきは才能とか、沢山のものを持っていて羨ましい」

「僕が?」

「うん。お料理もそうだし、モデルの仕事とか天職だと思うし。何でもそつなくこなすし」

「別に僕には、何も無いよ」

「それ、嫌味にすら聞こえちゃうよ?」

「僕からしたら、君の方が沢山持っているように見える」

「私が?」

「うん。いつも羨ましかった。自由で。楽しそうで。最近は作品作りにも忙しそうだし」

「私は自分のしたい事をしているだけ。私も、たくさんの人に感動を運ぶ様な、心を動かす様な事がしたいの!」

 

「君の作品は、沢山の人の心を動かすよ」

「本当?!」

「うん。……それにしても君の作品は、日に日に変わっていく気がするね。」

「うん。見えている世界がちょっとずつ変わるから。」

「最近の作品は、まるで光を纏っているみたいだ」

「キラキラして、美しいものを描くのが好きなの。ずっと忘れていたけれど子供の頃から好きなもの」

「そうだったんだ」

 

パスタをくるくる巻きながらゆきは言った。

「……昔の作品は、黒いものが多かったけれど、私の中から全部飛び出たのかも」

「最近の絵は、何だか柔らかくなった気もするね」

「そうかもしれない。私の中の壁の様なものが少し崩れてきた気がする」

「壁があるの?」

「そう。……壁を作らずにすごくありのままでいられる相手が私には少ないの。多分」

「ありのまま?」

「今みたいに、思った事をそのまま口に出せなくて、余計なことを言ってしまうんじゃないか。とか、嫌な思いをさせてしまうんじゃないか。とか、慣れていない相手だと不安になるの」

「君は誰の前でも今みたいな感じだと思ってた」

「あなただからよ。だって、私にダメ出しとかしないし。笑って聞いてくれる」

「君の言葉は、人を不快にさせたりしないよ」

「そうかな」

「君は意外とネガティブだよね」

「まあね。いつだって葛藤しているの。でも、その葛藤が芸術を生んだりする。だからそういうものも大事よね」

「君は本当にアーティストだね」

「年々変人度が増していっている気がする」

「僕はその方が好きだよ」

「本当?!」

「うん。僕まで元気が貰えるよ」

「自分らしくいたら迷惑かけると思ってた」

「迷惑なんてかからないよ。……ただ、君が一人ですぐに何処かに出かけちゃうのは、正直寂しい時はあるよ」

「私のやりたい事に付き合わせるのは悪いし」

「行きたくなかったら、僕も言うよ」

「そっか。じゃあ、お誘いする様にするね」

「逆に君が一人で行きたい時は、遠慮しないで言ってほしい」

「分かった!」

 

 

あきは少しだけ暗い表情で、

「……いいね。君はいつも楽しそうで」

「そう? ……ねぇ、あきは今の仕事以外で他にやりたい事は無いの?」

「仕事以外で? う〜ん。何だろう。そもそも仕事が全部やりたいものってわけでも無いし」

「そうなの? やりたくない事は、得意な人に任せればいいのよ。世界はこんなに広いんだから、積極的にやりたい人なんていくらでもいるわ。自分がやるべき事は、自分のやりたい事。自分にしか出来ない事。そうじゃない?」

「今やっている事の他にやりたい事なんて分からないよ」

「まあ、あきはモデルが天職っぽいしね。でも……他にもやりたい事、本当に分からない?」

「全然ね」

「じゃあ、私にも分からないわ。だって、あなたのやりたい事なんてあなたにしか分からない。自分で気付くしかないわ」

「一緒に考えてくれないんだね」

「寂しがり屋なのね」

 

ゆきは悪戯な顔で笑った。

 

そして両手を腰に当て、船長の様に言った。

 

「残念ながら、私は私の冒険で忙しいの」

あきはクスリと笑った。

 

「君は、いつも冒険心があるね」

「そう?」

「うん。かっこいいよ。……なんでそんな風に頑張れるのかずっと聞いてみたいなって思ってたんだ」

「う〜ん。人に無謀だと思われても、自分はどこかで、絶対に出来るって信じているのかも」

「自分を信じているんだ」

「もちろん不安にだってなるよ。でも、みんなはなんで出来ないと思うんだろうって、逆に不思議に思ったりもする」

「そうなんだ」

 

「……実はね、私。お姫様にもなれるんじゃないかなって思ってるの。馬鹿げてるでしょ?」

「いや。君らしいよ」

「ふふっ。ふわふわのドレスを着て、お城に住むの。物語で見るお姫様」

「君に似合いそうだよ」

「人ごとだけど、私がドレスならあなたは王子様の格好よ」

「僕もその格好なの?」

「当然でしょ。似合うのにしないなんて勿体無いわ」

「僕はいいよ。馬の世話係とか。そういう格好で」

「じゃあ、自然体の王子様でもいいわ。強制するのは良くないからね。でも、ダンスパーティーの時は、きちっと決めてね」

「ははっ。分かったよ」

「ねえ、あなたの幼い頃の夢って何だったの?」

「僕の?」

「うん。幼い頃から夢はモデルだったの?」

「……違うよ」

「じゃあ、何?」

「きっと笑うよ」

「笑わないわ」

「本当?」

「うん」

 

「……幼稚園の時の夢は、カレー屋だったんだ」

「えっっ?! カレー屋さんだったの?」

「君に出会った頃はほとんど料理だってしてなかったのに……馬鹿げてる?」

「全然! すっっごく良い!!」

「あっはっは!! すっごく良いんだ?」

「何でそんなに笑うの? 大笑いしてるの初めてみたかも! だって、すごく素敵じゃない? 私、あなたの作るカレー大好きよ!」

「じゃあ、僕がカレー屋になったら、君は食べに来てくれる?」

「食べに行くわ! お店も手伝う!」

「お姫様になるのに?」

「そうだった! よし! じゃあ、なろう。自分のなりたいものに!」

「君が言うとなれそうだよ。魔法使いみたいで」

「何言ってるの。あなたも魔法使いよ。知らなかった?」

「僕もなの?」

「ええ。この物語を読んでいる人達も」

「また、君はそうやって物語に浸っている人たちの目を覚ましてしまう」

「だって、この人達も物語の主人公よ。お話に混ぜてあげないと。仲間はずれは良くないわ」

「彼らは、物語の一員になりたいんじゃないんだよ。眺めていたいんだ」

「そうなの? 眺めているならせめて作り出す側の方が楽しいんじゃない?」

「まあ、それは彼らにどれが良いか選んで貰えばいいよ。物語の一員になってもいいし、眺めていても良いし、作り出す側になっても良い」

「うん。選んでもらおう。だって自分の人生だしね」

「君が話を逸れるから、またおかしな事になったよ」

「あら、人のせいにするのは良くないわ。悪い癖よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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