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第七話 個展

 

 

数ヶ月後、個展の会場でゆきは準備を進めながら言った。

 

「初めての個展にしては、中々良いものが出来たと思う」

 

「すごく良いよ」

あきは仕事の休みを調整して、個展の初日の手伝いに来ていた。

 

ゆきの提案した通り、入口最初の場所には、あきの詩が飾られた。

 

ただ、あきの要望によりその詩は小説の見開き程の大きさで、会場の壁に対してかなりこじんまりとしていて、主張する事なくただそこに佇んでいた。

 ゆきはもう少し大きくしたいと粘ったが、そこはあきがどうしても譲らなかった。

 

 

「ありがとう。あきのお陰で沢山の人に自分の作品を見せる勇気を持てた。……まだ、沢山来てくれるか分からないけどね」

 

「きっと来てくれるよ。君の作品は、すごく元気を貰えるから。みんな好きになるよ」

「ふふっ。褒め上手。」

「なんだか、君が思い立ってから当日まであっという間だった気がするよ。」

「私もそう思う。……こうやって見ると、描いた時期によって作品の雰囲気が違うのが自分でもよく分かる」

「そうだね。色使いとか。君はどの時期に描いたものが好き?」

「最近の作品の方が、明るくてハッピーなものが多いけれど、私は最初の頃に描いた、暗めのものも好きよ。全部、ひっくるめて今の私だから。あとは、あの最初に飾った詩とか最高の作品だと思う!」

そう言って、にかっと笑った。

あきは、無言で鼻を触っていた。

「……アキはどの辺の作品が好き?」

「僕もどの作品も好きだけど、君が珍しく描いていた生き物の作品好きだな」

「ああ、ハートマークと一緒に描いた作品ね」

「うん。君の描く生き物、神秘的だったよ」

「あの作品が描けたのは、アキが近くに居てくれたからだよ、きっと」

「僕も何かの役に立てていたなら嬉しいよ。その場に居ただけだけど」

「心強いよ。……私は、作品を通して多分ずっと戦っていたんだと思う」

「楽しんでいたんじゃなくて?」

「楽しみながら、戦っていたの」

「……その戦いには、勝ったの?」

「まだ、途中だよ。私は戦う相手を間違えていたから」

 

ゆきは絵を壁に掛けながら言った。

 

「向き合うべき敵の様なものは、きっとずっと一番近くにいるのかもね。勉強しているつもりで、まだまだね」

 

そう独り言のように行った後、あきに

 

「私、まだまだ作品を創り出すわ! 世界が驚くような作品を! 私には出来ないなんて誰にも言わせない。だって、私が創れると思うんだから」

「うん」

「見ていて、アキ。私、もっと頑張るよ。もっとすごい世界を創り出す! やっと楽しくなってきたの」

「うん」

「今まではちょっと使命感みたいなものがあったんだけど、やるならちゃんとやらないと。みたいな。でも今ならもっともっと好きに描けそう」

「顔が生き生きしてるもんね。僕もエネルギー貰えるよ。仕事もっと頑張ろうって」

 

あきは、ぐるりと部屋を見渡した。

「すごいね。やりたい事をいつも形にするんだから」

 

「これで正解なのかわからないけれど、とにかく私は動いていたいの」

「……ところで、君の向き合っている一番近くにいる敵。って、誰?」

 

「……自分自身」

「自分自身?」

「相手が手強くて。日々葛藤しているの。答えが分かっていても、表現するのは難しいわ」

「君らしいね。他に敵を作らない所」

「人の事をどうの言っても仕方ないよ。とにかく自分の直さないといけない所とか、もっと表現したい事とかそういうのを追いかけるので忙しいしね」

「君はいつも忙しそうだ」

「あきだって忙しそうじゃない。それに、楽しいことで忙しいのは幸せな事よ。私、もっともっと上手くなりたいの。自分で、ああ私は天才だ。って思うくらいに。今は、これが私の最大限よ」

 

ゆきは両手を広げてあきに微笑みかけた。

 

「私がね、ずっと欲しかったものは、こういう自分を表現する場所だったの」

「うん」

 

「ねえ、あきは欲しいものある?」

「僕?」

「うん。あき、もう少しで誕生日でしょ。あきの欲しいもの分からなくて毎年、プレゼント何買おうか迷うから、今年はリクエスト形式にしようかと」

「リクエスト形式なんだ」

「それで? 今一番欲しいものは何?」

「……」

「遠慮しないで。まぁまぁ持ってるから、お金の心配はしなくても大丈夫! 大船に乗ったつもりで! さあ、何が欲しい?」

 

「……君の、心が欲しい」

「えっ? 何それ? 私の心は私のものだから、あげられないな」

ゆきは笑って答えた。

「冗談だよ。欲しいもの、考えとく」

「うんっ!」

 

あきは腕時計を見ると、ゆきに尋ねた。

「もうそろそろ個展の時間だ。君は準備、出来た?」

「……ねぇ、いつになったら名前でちゃんと呼んでくれるの?」

「えっ?」

「いつも、君。呼ばわりだもん」

「だから、それは前に恥ずかしいって言ったじゃん」

「付き合って長いのに?」

「長いからこそ、突然呼び方変えるのは難しいよ。君はいつの間にか名前で呼んでくれてるけれど」

「私は特別な人には、名前で呼ばれたいの。個展の記念に! これからは名前で呼ぶなんてどう?」

「……」

「ほら、呼んでみて」

「……ゆき」

 

小さく呟くように呼んだ。

 

ゆきは満足気に微笑んだ。

 

「えへへ。嬉しい。名前で呼ばれるの、なんか特別な感じがする。何で今まで呼んでもらわなかったんだろう」

 

ゆきはその場で、少女が踊り出すようにくるりと回った。

 

 

 

「……ゆきは、いつも無邪気で……色で例えると純真無垢な白だね」

「私が、白なの? 黒とかじゃなくて?」

「だって、白っぽいだろ?」

「そうかな? でも、嬉しい! なんか楽しいね!」

「喜んでくれたなら良かった。……僕は、君のイメージでは何色っぽい?」

 

そう言われて、ゆきの瞳はきらりと輝いた。

 

「あきの色はね、前からイメージがあったの! 青!」

 

そう言いながら、あきをじっと見つめた。そして、

 

「すごく深い青。奥深くて、人を惹きつける魅力を持った色」

「僕はそんな色のイメージなんだ」

あきは照れた様子でじっと見つめるゆきの視線から逃れるように俯いた。

 

 

「あきに見て欲しいものがあるの! 最後に飾ってある空の絵」

「あの絵だけ布が掛かったままだったから気になってた」

「最後のお楽しみにしたくて」

「どんな空の絵を描いたのか楽しみにしてたよ。……ゆきが見せてくれないから」

「だって、全部見せてたら楽しみがないじゃない。他の作品は一緒に選んじゃったし」

 

 

 

最後の絵に掛けた布を外すと、あきはその真っ青な空の絵を見て言った。

 

 

「すごいね。君の絵は。太陽までも青色なんて」

 

ゆきは、太陽の様な笑顔で言った。

 

「だって、世界はヘンテコだから。私は、自分の大好きな色でこの世界を描くの」

 

あきは、作品を眺めながら静かに一粒の涙を流した。




『色』  END



 

 

 

 

 

 

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