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夭折の画家、ウィリアム・キーツの話──No.08

海辺の小さな町バンゴールで生まれ育ったウィリアム・キーツには、海を描いた作品も少なくない。二十二歳のときに仕上げた「A Portrait of the Artist as an Unsung man(歌にされない芸術家の肖像) 」もその一つだ。

歌にされない芸術家──陽の当たらない男とは果たして誰なのだろうか。額面どおりに受け取れば、小舟をこぐ男なのだろう。そして櫂を持つ男はキーツ自身なのだという。同じバンゴール生まれで桂冠詩人の候補にもなった詩家のギャレス・エドワーズはそう考えている。櫂は筆を象徴しているという見立てだ。

エドワーズはこの作品もまた、キーツ特有の曖昧さをまとっていると指摘している。朝なのか夕方なのか。船は海に出て行くところなのか、帰ってきたところなのか。一羽の鳥は上昇しているのか、空から降りてきているのか。より大まかにいうと、始まりの場面なのか、終わりの光景なのか、見る者を悩ませる。

エドワーズは『Wonderwall』というアート雑誌に寄稿した記事で、「それにしても、『歌にされない芸術家』という題名の言葉には」と書いている。「キーツの捨て鉢な思いが見て取れる。キーツは文字どおり毎日、筆をとった。漁師が海に出るのが当然のように絵を描き続けたが、ほとんど誰からも見向きもされない無名の芸術家だった。絵を描いてさえいればいいという純粋さと、世界を驚かせたいという野心とが心を交錯する、まだ『歌にされない芸術家』だった」

エドワーズは歯切れよくいう。「一羽の鳥は間違いなく天高く舞う途中だ。どんな状況にせよ、キーツは必死に上を向こうとしていた」

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