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『本日は、お日柄もよく』【わたしの本棚③】

鞄にはいつも本を入れているのだけれど、ときどき読書から遠ざかってしまうことがある。忙しかったり、スマホに夢中になってしまったり。たくさん読みたいという気持ちに嘘はないのに、図書館で借りてはほとんど読まないまま返却する。そんなことを、繰り返してしまうのだ。

それでもいつも、ぐんぐん読みたくなる本に出会っては、いつのまにか本を読むことに戻ってきている。どきどきわくわくして、ページをめくる手が止まらない。電車の中で本を読んでいるといつの間にか降りる駅に到着していて、「まだまだ先が読みたいのに」と後ろ髪をひかれながら本を閉じる。そんな一冊がまた、気づかないうちに「読みたい」の扉を開いてくれている。

今夜は、そんな一冊を。

原田マハの『本日は、お日柄もよく』。

主人公の二ノ宮こと葉は、幼馴染の結婚式で涙が溢れるほどに感動的なスピーチに出会う。それは伝説のスピーチライター、久遠久美による祝辞で、彼女の言葉に魅了されたこと葉はすぐに久美に弟子入り。スピーチライターとして様々な仕事を経験して成長してゆく、というストーリー。

普段はあまり触れることのない、スピーチライターの仕事。このお話の序盤でスピーチライターは「言葉のプロフェッショナル」だと説明がされるのだけれど、その言葉の通り、この本には魅力的なスピーチが次々と登場するのだ。

結婚式でのとびきり優しく、温かい祝辞。

お葬式での冷静に、敬意を込めた弔辞。

国会での燃えるように熱く、力強い代表質問。

場面によってスピーチの雰囲気は自由自在に変えられるけれど、その底は揺るぎない、凛とした言葉に支えられている。世界を動かしているのはひとだけれど、そのひとは言葉によって突き動かされている。「言葉の力」というこれまで何度も聞いたことがある言葉が、圧倒的な実感を持って迫ってくる。



昨年初めて、友達の結婚式でスピーチを読むことになった。彼女から来たオーダーは、「3分程度」という時間と、それからたったひとことだけだった。

「かおりちゃんらしいスピーチがいいな」

私らしいスピーチって、何だろう。私にできるお祝いは、どんな形かな。

この本を、何度も何度も読んだ。本の1ページ目に書かれた「スピーチの極意 十箇条」に沿って、彼女とのエピソードを盛り込んで、全文暗記した。当日マイクの前に立つと、すうっと息を吸って会場が静かになるのを待って話し始めた。ちょっぴり手は震えたけれど、最後まで、泣かなかった。

もしもまたスピーチをする機会があるとしたら、きっとまた本棚から取り出して、この本を読むのだと思う。開けばいつでも言葉の持つ力を思い出させてくれる、スピーチの教科書。そんな本が一冊あると、とてつもなく心強いのだ。

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