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【短編小説】AIの夢見る夜は 第2章:閉ざされた心

第2章:閉ざされた心



1:歪んだ家族の肖像


私は最北東の小さな町で育った。蒔縞家は代々事業を営み、父は四代目だった。古風な価値観を大切にする家で、幼い頃からクラシック音楽や文学に触れる環境が整っていた。

父は熱心な読書家で、書斎には古今東西の文学作品が所狭しと並んでいた。夏目漱石の『こころ』や太宰治の『人間失格』といった日本文学の古典から、ドストエフスキーの『罪と罰』、カフカの『変身』といった海外文学の名作まで、ありとあらゆる本が積み重なっていた。

母はピアニストで、毎晩のように美しい旋律を奏でていた。ショパンの『ノクターン』、ドビュッシーの『月の光』、リストの『愛の夢』…。その音色は、私の心を優しく包み込み、時には激しく揺さぶった。
ある夜、私は母のピアノの音色に誘われるように書斎に入った。月の光が差し込む薄暗い部屋で、父は私に分厚い本を手渡した。

「エレナ、この本を読んでごらん。世界が広がるよ」

それは、古びた装丁のSF小説だった。私はその本を大事に抱え、父の部屋の隅でページをめくった。活字が織りなす物語は、私を未知の世界へと誘い、想像力を掻き立てた。私と文学との初めての出会いだった。

母がピアノを弾いているときは、いつもその音色に耳を傾けた。ある日、私は母に尋ねた。
「お母さん、どうしてそんな風に弾けるの?」

母は微笑んで答えた。
「音楽は心で感じるものよ、エレナ。嬉しいとき、悲しいとき、怒っているとき…どんな感情も音で表現できるのよ」

その言葉は、幼い私の心に深く刻まれた。私は母のように感情を音で表現したいと願い、ピアノを習い始めた。しかし、私の指から紡ぎ出される音はどこか悲しげで、不安定だった。まるで、この先の運命を予感しているかのように。

私たちの生活は幸せで平穏だった。しかし、母が時折見せる不穏な行動が気になっていた。夜遅くまでピアノを弾き続けたり、窓の外をじっと見つめて何かに怯えている様子を見せたりする母。幼い私はその意味を理解できず、ただただ不安を感じていた。

そして、あの日。いつもの時間に私の部屋に母が起こしに来なかった。あわてて私は目覚めた。
「お母さん?」
何度も呼んだが返事はなかった。リビングに降りると、そこにはうなだれて放心状態の父がいた。私は恐る恐る父に近づき、尋ねた。
「お母さんはどこ?」

父は震える手で一通の手紙を渡してくれた。絶望の始まりだった。

「エレナ、私の愛しい娘。あなたには才能がある。その才能を信じて、どんな困難にも負けずに生きてください。私は何かに怯えて、あなたと一緒にいられない状況にあります。でも、あなたのことを愛しています。どうか強く生きてください。母より」

手紙を読み終わると、私は声をあげて泣き崩れた。
「どうして?どうしてお母さんがいなくなるの?」

その問いに答えはなかった。くしゃくしゃになった手紙が私の涙で濡れてインクが滲み、所々読めなくなった。



2:再生への旋律


母の失踪は、私の人生を大きく狂わせた。私は現実逃避をするように、文学と芸術にのめり込んでいった。父の書斎にあったSF小説や古典文学を読み漁り、母の形見のピアノを弾き続け、キャンバスに暗い色を塗り重ねていった。

次第に、私は周囲から孤立していった。同級生たちは私の描く絵を「気持ち悪い」と言い、私の沈黙を「不気味」だと噂した。父は母の失踪のショックから立ち直れず、仕事もままならない状態だった。私は孤独の中でただひたすらに絵を描き、ピアノを弾き続けた。

ある日、地元の展覧会に出品された私の絵を見て1人の画家が絶賛した。それは旅行中に気まぐれに訪れた芸術界の権威だった。地元の芸術家たちも私の絵を認め、それをきっかけに都会の芸術大学に進学することになった。

大学では多くの人と出会い、様々な価値観に触れた。私は少しずつ心を開き、他人と関わることを恐れないようになった。

ある日、私は学内の図書室で本と本の間に挟まれた一冊の古い日記を見つけた。それはかつて、この大学に通っていた学生の日記だった。色褪せて劣化していたが慎重にページをめくると、そこに書かれていたのは愛する人を失った悲しみ、孤独、そして絶望。しかしその日記の最後には、こう綴られていた。

「それでも私は、生き続けなければならない。愛する人のために、そして自分自身のために」

その言葉に深く心を打たれた私は、初めて自分の感情を言葉にする決意をした。母への愛、失望、そして希望を込めて、初めての小説を書き始めた。私にとって心の傷を癒すための長い旅の始まりだった。

完成した小説は恐れ多くも出版社に持ち込むと、その場で契約が決まった。アナログのタイプライターで打たれた私の小説は、この時代らしくデジタル配信へと形を変えたが、多くの読者の共感を呼び、私は一躍有名になった。

しかし、私にとって一番大切なのは、この小説で母への想いを伝えることができたということだった。母の愛を胸に、これからも書き続けていく。

そして、いつか必ず母の失踪の真相を突き止めると誓った。


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