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【短編小説】AIの夢見る夜は 第1章

あらすじ:
AI管理下の近未来都市で、芸術家として生きる蒔縞エレナ。孤独を抱えながらも、彼女は日々創作に励んでいた。しかし、ある日を境に不可解な現象に見舞われる。歪む街の風景、変化する人々の顔…。不安に駆られたエレナは、AI研究者の友人・笆ルクと共に、その原因を突き止めようと奔走する。最新技術を駆使した調査は、いつしかエレナの過去へと繋がっていく。それは、幼い頃に失踪した最愛の母との記憶。エレナは失われた時を取り戻し、真実を掴むことができるのか。



第1章:境界線上のエレナ


1:AIの狭間で、私を生きる


私の名前は蒔縞エレナ(まきしま・えれな)。純文学の小説家、そしてフランシス・ベーコンのような抽象画を描く芸術家だ。このAIが完璧に管理する無機質な世界で、私はあえて時を止めたかのようにクラシカルなものを愛する。古い映画、クラシック音楽、そして使い込まれたアンティーク家具たち。それらが、この息苦しい世界で私を癒してくれるのだ。

その日、私は新しい小説のアイデアを求めて街を歩いていた。街は今日も冷たく、無機質だった。

あらゆる場所でテクノロジーが支配している。ネオンライトが輝く高層ビルが立ち並び、空には無数のドローンが秩序正しく飛び交う。至る所に巨大なスクリーンが設置され、広告やニュースが絶え間なく流れる。人々はウェアラブルのサイバーグラス越しにAIアシスタントと会話しながら足早に通り過ぎていく。感情を失ったロボットのように。

その中で私だけが、使い込んだアナログの手帳にペンを走らせ、デジタルに依存しない生活をしている。まるで異端者だ。周囲の人々からは奇異の目で見られるが、そんなことは気にしない。これが私の日常、私の生き方だ。

私は真面目すぎるほど真面目な性格で、几帳面さも人一倍だ。小説のアイデアやふと浮かんだ言葉は、すぐにアナログの手帳に書き留める。革表紙の手触り、インクの匂い、ペン先の感触。それら全てが、私をこの世界につなぎとめる存在だ。

部屋のインテリアにも強いこだわりがある。オークションで手に入れたアンティーク家具は、日焼けを防ぐために最適な場所に配置している。窓からの光が家具に当たらないように、カーテンも特注で遮光性の高いものを取り寄せているほどだ。

帰宅すると、使い慣れた家具たちが私を温かく迎えてくれた。革張りのアームチェアに腰掛け、深く息を吐く。壁には私が描いた油絵の具の抽象画。赤、黒、グレーが不気味に混ざり合い、見る者の心をざわめかせる。それは、この世界の歪みを映し出す鏡のようだ。部屋の隅では、古いレコードプレーヤーからショパンのノクターンが静かに流れている。この空間だけが、狂ったように進化する世界から私を守ってくれるのだ。

まるで時が止まったかのような、静寂と安らぎ。

私は、この時代の流行とは全く異なるものを愛している。アルフレッド・ヒッチコック、ダリオ・アルジェント、デヴィッド・リンチ…彼らの映画は、人間の心の奥底にある闇や狂気を暴き出す。私は彼らの作品に共感し、そこからインスピレーションを得る。

そして、フランシス・ベーコンの絵画。彼の作品は、人間の肉体と精神の歪みをグロテスクなまでに表現する。私は彼の影響を受け、油絵の具で抽象画を描き、オークションで手に入れたアナログのタイプライターで小説を紡ぐ。デジタル全盛のこの世界への、ささやかな抵抗だ。



2:非現実への誘い


そんなある日、私は街を散歩中に奇妙な現象に遭遇した。街行く人々の顔が一瞬歪んで見えたのだ。最初は疲れのせいだと思っていたが、その後も奇妙な現象は次第に頻繁になり、目の前の物事が捻じ曲がって見えるようになった。その場では冷静を装いつつも、内心では不安が募っていた。

この世界が溶け出すかのように、私の日常と幻想の境界は歪んでいった。カフェに入るとテーブルが一瞬で消え、再び現れた。通りを歩くとビルの窓が波打つように見えた。信号機の光が脈打ち、行き交う人々の足取りが不自然にぎこちなく、まるで操り人形のようだった。私は恐怖で身を竦ませながらも、その光景を手帳に書き留めた。

不安と孤独感が私の心を蝕んでいく。AIに管理されたこの街では、誰も私の異変に気づかない。あるいは、気づいていても見て見ぬふりをしているのかもしれない。私はまるで透明人間になったかのように、この世界から孤立していくのを感じていた。

「ルク、自分でも信じられないけど最近変なことが起こるの。通りすがりの人の顔が一瞬歪んで見えたり、物がねじれて見えたり…」

笆ルク(まがき・るく)は友人のAI研究者だ。私は行きつけのカフェに彼を呼び出して相談を持ちかけた。彼は私の話を真剣に聞き、AIが人間の認知に影響を与える可能性について語った。

「エレナ、それはただの疲れやストレスかもしれないが、AIが関与している可能性もある。でも君が言っていることは、もっと根本的な何かを示しているようにも思える」

ルクの言葉は、私の不安をさらに煽るだけだった。

その夜、私は得体の知れない恐怖を抱えながら眠りについた。すると、夢の中でも現実は歪み、意識がどこかへ引きずられるような感覚に襲われた。私は暗闇の中を彷徨い、誰かの声に怯え、得体の知れない何かに追われる。息が詰まり、心臓が破裂しそうになる。

目が覚めると、部屋の様子はいつもと同じなのに、どこかが違う。絵の中の顔が笑っている。時計の針が逆回転している。私は、現実と幻想の境界線が曖昧になっていくのを感じた。

これは私の精神の問題なのか、AIによる影響なのか答えを見つけられずにいた。しかし、この奇妙な現象は、間違いなく私の創作意欲をかき立てた。

「もう一度、自分の中の狂気と向き合わなければならない」

私は決意した。この歪んだ現実を、私の小説と絵画で表現してみせる、と。

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