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林家彦三「日々の、えりどめ」

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えりどめ。 それは着物の襟元をただすもの。隠れながらも十分に仕事をする、働き者。小さいながらも、よく見ると銀色にかがやく小間物。安いもの。それでいて安っぽくないもの。 そんな文… もっと読む
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記事一覧

【日々の、えりどめ】第20回 ここに留める

  前略、渋柿とジン  どういうわけか、わたしはその日、『若きウェルテルの悩み』の文庫本…

【日々の、えりどめ】第19回 シュトルム湖から

 百円もしない山崎パン。なかでも、うぐいすパン。それが好物で、なにより安いので、それだけ…

【日々の、えりどめ】第18回 巷の読書帖から

鐚  ポケットに岩波文庫を入れて、出かける。そうしてどこかで何行か読んで、帰ってくる。 …

【日々の、えりどめ】第17回 小品集 幾つかの心変わり

絵文字  いわゆる絵文字というものを使うことには、抵抗があった。これは大方勘違いだけれど…

【日々の、えりどめ】第16回 スカイレイ ――ある秋の挿話―― (二)

 それから、どうしただろう。わたしは、結局、仕事をしなかったらしい。そういう気分になれな…

【日々の、えりどめ】第15回 スカイレイ ――ある秋の挿話―― (一)

 これは去年の秋の話である。十月五日。時刻は、四時半。  わたしはその日、関内駅前にいた…

【日々の、えりどめ】第14回 ジオラマ模型

 例えばしゃがんで、小さな鉄道模型を追いかけていくようなカメラワークで、幼き日々の部屋や家具などがピント外れに向こうの背景にくもりながら流れていって、望遠鏡やその他多くの玩具のある屋根裏部屋へと続く階段などは余所目に、今日は線路が敷かれたことで別世界と化した日常の光射す居間の広さをじゅうぶんに体感しながら、鉄道の窓や車輪や、床板の木目だけが低い目線で鮮明に捉えられていて、もくもくと白い煙りのようなものさえもポッポ出ているようで、それらはとてもよいつくりで、これはクリスマスにせ

【日々の、えりどめ】第13回 採光のための三つの作文

天窓  息つぎなしのクロール。あれに、似ている。  水中で、側面に手がつく、あの感覚。夜…

【日々の、えりどめ】第12回 月の逃亡

 サウナこそ文化だと息巻いている友人がおり、東京の生まれの北千住在住、もともと数年来の文…

【日々の、えりどめ】第11回 富津の魚の像

 ふとカフェで知り合った方に、富津市まで車で連れて行ってもらったことがある。  この方は…

【日々の、えりどめ】第10回 駄菓子屋(二)

 この駄菓子屋が火事になったのは、わたしがおそらくまだ低学年の頃である。夜中に急に町内放…

【日々の、えりどめ】第9回 駄菓子屋(一)

 最寄り駅の近くの路地に、一軒の駄菓子屋がある。ここはいまではもう珍しいいわゆる昔ながら…

【日々の、えりどめ】第8回 暮れの作文 三つ

写実者たち  上野桜木町から、藝大の前を通って、公園に入った。老若男女の画家見習いが、木…

【日々の、えりどめ】第7回 東京

 東京なんて右も左もわからなかったあの頃の東京が、わたしの東京のなかではいちばんうつくしい東京である。  小学生の頃、修学旅行のバスの窓から見た東京。荒川の河川敷。隙間なく立ち並ぶ矩形のマンションや民家。東京タワーの雄々しい、そして華々しい存在感。テレビジョンで見た、お台場の放送局の辺り。夏休みになると決まって大型のイベントが催され、その様子が中継されるのであった。ピノキオの遊園地を思わせる、その輝かしさ。あるいははじめて上京してきた頃の、緑の、坂道の、住宅地の、その地図の新