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知らずにいられない(SS)

先生から連絡が来たとき、私は復職面談の直後だった。

医師は私にあなたみたいに意欲的な人は初めてだと言い、私は半分本気で驚いてみせた。こちとら挫折は初めてじゃないんだから、立ち直る決断だってできるに決まってる。確かに、社会に出て初めて追い詰められて、転んだあと立ち上がる決心をするのは誰にだって容易なわけがない。

わたしが初めて転んだのは13の時のことだ。深い話はよすが、これは、私という人格の形成に深く影響した。

医師との話は面白く、彼は好戦的ですらあった。わたしは幾らか自分がヘマをした自覚があったが、それでも彼から好意的な評価を得たという自覚があり、実際に上司にもそのようなフィードバックを受けた。お前と話すのは面白いよ、と。

ともかく上機嫌だったわけだ。


先生から連絡が来たときから、嫌な予感はあった。まず「連絡したいことがあります」というタイトルからして一方的であり、どう考えてもいいニュースではないことが明らかだった。

晴れきった夕焼けをドライブしている最中に、心当たりのない一滴の雨がフロントガラスをつたったみたいに思えた。

そういう時私たちは___私と私の恋人は___黙りこくるのだった。「にわか雨かな」と、稀に私が言い、「そうかな」と彼も稀に返した。

とにもかくにもメールを開いたが、酷い文章だった。とにかくすぐ連絡がしたい。空いてる時間を教えてくれ。顔が見える媒体がいい。以上だ。

もっと愛想のある文章を書く人だったと思っていたから、余計な憶測がもう2、3滴った。
連絡したいことがあって?とにかく顔を見てすぐ話したいわけだ。肉体性を重んじている人だから、顔が見える媒体がいいというのは分かる。

わたしは適当な時間を見繕って、最後にこう書いた。「誰のことですか?」

充分な心当たりがあったからだが、すっとぼけた質問に終始したのは、そうであってほしくないという願望からだった。

そうして、わたしは返信を送るとすぐさま同じ研究室の同期に個別に連絡をした。「先生から、変なメール、来た?」すぐに既読がついた。「来たよ」「来た」暗雲はもはや追いやることができないように思われた。

先生からもすぐに返信がついた。

私たちの車は、トンネルの中に入った。猶予の中に。


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