水族館への来館目的に関する研究:あなたが水族館に行く理由は?(本文無料)
著者:北郷史・徐カン・鈴木優香・中條星花・
長尾雅也・宮澤なずな・矢島誓哉
協力者:中村楓・和田楓
監修:羽藤雅彦
1. はじめに
2023年5月、兵庫県神戸市須磨区にある神戸市立須磨海浜水族園 (スマスイ) が35年の歴史に幕を下ろした。その一年後の2024年春、スマスイは新しく神戸須磨シーワールドとして生まれ変わってオープンすることがアナウンスされており、その規模の大きさやシャチの展示 (飼育)、スマスイからのチケット代の値上げ等様々な面から広く注目を集めている。
一方で、水族館 (動物園含む) については、その経営の難しさが様々な文献で指摘されている。しかし、マーケティング・消費者行動的な側面から水族館に着目した研究は極めて少なく、現実世界での需要とアカデミックな側面におけるギャップが存在する。そこで、マーケティング・消費者行動を学び、かつ、神戸の大学に通う学生として、こういった問題の解決に貢献できることは何かを話し合った結果、来館者 (消費者) が何を期待して水族館を訪れているかを明らかにすることが重要ではないかと考えた。これにより、全国の水族館が来館者のセグメンテーションやターゲティング、ポジショニングといったSTPを行う際の指針を提供することができ、より多くの水族館がマーケティング視点を有しながら水族館を経営するようになることを期待する。
2. 水族館の歴史
はじめに、水族館の歴史について、溝井 (2018)※ を参考に簡単に振り返る。水族館のはじまりは1853年、ロンドン動物園内に設立された公開型水族館「フィッシュ・ハウス」とされている。これは壁沿いや机のうえに水中世界を再現した四角い水槽を並べるといったいたってシンプルなものだった。
そこから遅れること約30年、ヨーロッパの水族館文化に影響を受けて、日本では1882年に上野動物園内に「うをのぞき」と呼ばれる水族館が開設された。しかしながら、この「うをのぞき」は循環ろ過装置のない小さな水槽で、淡水魚のみを飼育しており、本格的な水族館に比べると展示のレベルは低かったとされている。
その後日本初の本格的水族館と言われているのは神戸の和田岬水族館で、1897年に開設された。設計者は飯島魁で、彼は和田岬水族館に濾過槽、貯水槽、展示水槽をつないだ濾過循環型システムを導入おり、海水水槽と淡水水槽、海の遠景や海底を模したジオラマからなっていた。
水族館の創設目的は、科学的な興味や関心から、水中生物を公開し、一般の人々に自然科学的な知識を提供することだった。昔は海洋探検や海洋生物学が盛んで、深海生物の研究や展示が注目されるようになっていた。また、19世紀当時の英国では、水中生物を人々に観察させたり、釣りのための魚を保管する魚市場があった。これらの背景から、水族館が生まれたとされている。初期の水族館は、深海生物の研究や展示が中心だったが、後には観光や娯楽の場としての役割も担うようになり、今日のような水族館になっていった。
※溝井 (2018) 「水族館の歴史:水族館その歴史的な歩み」錦織一臣編『大人のための水族館ガイド』養賢堂。
3. 関西圏の主要水族館とそのマーケティング戦略
個別の水族館に着目して簡単にその歴史、マーケティング戦略を4P的な視点から確認する。なお、ここでは全国すべての水族館を議論することは困難であるため、関西圏の水族館とりわけ新スマスイの直接的なライバルになりうる旧スマスイ、海遊館、京都水族館、四国水族館に限定して議論する。
はじめに、関西にある水族館 (神戸中心、その他地域含む) を分類すると、下のポジショニングマップのようになる。関西圏に限らず、水族館は施設の大きさでまず分類することができる。たとえば、海遊館や美ら海水族館 (沖縄) のように大きい水族館もあれば、ニフレルやアトアのように小さい水族館もある。また、新しさという軸からも分類することができる。たとえば、古くは35年前にできた旧須磨海浜水族園、約30年前にできた海遊館などもあれば、11年前にできた京都水族館、3年前にできた四国水族館がある。こういった分類によると、新スマスイは近年では珍しい大きめの水族館であることがわかる。
須磨海浜水族園
ここでは、神戸市立須磨海浜水族園 (以下、スマスイ) について、当該施設のHPを参考にその概要について確認し、マーケティング的な視点から考察を加えたい。スマスイは1957年に兵庫県神戸市須磨区若宮町1丁目3-5に誕生し、
地元の人々からは「スマスイ」と呼ばれ、子どもから大人までに愛されていたが、2023年5月31日をもって閉園した。
製品(Product):
水中生物の展示物はもちろん、ウミガメの水やり、エイ・ヒトデのタッチングプール、ドクターフィッシュのタッチングプールなどの海の動物と触れ合える機会がある。また、イルカショーやさかなライブ、ラッコのお食事ライブ、ペンギンのお食事ライブなどのライブイベントも豊富で、大規模の水族館らしく、多様な製品を用意していることがわかる。
スマスイのメインターゲットは「家族」であり、「親・子・孫」の三世代の思い出を作る水族園と掲げていることや、公設民営であることから、子どもが海洋生物に興味をもてるような展示方法となっている。
「生物や自然環境について学び、大切にする心を育むことができる教育の場」を標榜している。
価格(Price):
入場料は大人 (18歳以上)が1,300円、中人 (15歳~17歳)が800円、小人 (小・中学生) が500円、幼児が無料となっている。その規模の一方で、入場料は低めに抑えられているため、家族で気軽に訪れることができる施設である。
立地(Place):
最寄り駅はJR「須磨海浜公園駅」と山陽電鉄「月見山」の2駅である。車で訪れる場合は、近隣の須磨海浜公園駐車場が1,090台まで駐車可能なため、アクセスはかなり良い。
プロモーション(Promotion)
地域のイベントや学校との提携が行われることがある。御影クラッセ等のショッピング施設などで出張展示を行うこともあるが、普段はチラシを置くなどのPRを行っている。60周年 (須磨水族館時代含む) の時には、ポスターやCMに加え、インスタグラムを使ったキャンペーンの企画・運用を支援し、周年プロモーションを展開しているが、民間の施設ではないこともあり、他の水族館と比べるとSNS含め、積極的な広告宣伝活動はしていないことがわかる。
まとめ
入場料金は低く、海の生物と触れ合いができること、立地などから団体客や家族客に対してのアプローチが多いことがわかる。自然環境の中で海洋生物たちがどのように生きているのかを理解できるよう"生きざま展示"を基本的なコンセプトとしており、展示方法も学習に沿ったものである。
海遊館
海遊館について公式HPを参考に考察していく。
製品(Product):
最長34m、深さ9m、水量5,400㎥という巨大水槽があり、そこには、ジンベエザメやマンタ、エイ、イルカ、マンボウ、アジ、ハタなど620種30,000点の様々な生物が泳ぐ姿を見る事ができる。また、海遊館ではパナマ湾、エクアドル熱帯雨林など全18種類の海が再現されている。夜 (17時~20時) には、館内の照明と音楽が変わり、ゆったりと流れる空間の中でのんびりと過ごす生き物の姿に癒され、まるで水中にいるような神秘的な世界を楽しめる。
海遊館にはジンベエザメやマンボウなど他の水族館には見られない魚が多いため、独自性が高い。また、昼と夜で水族館の雰囲気が変わり、子どもから大人まで幅広く来館者を得ることができている。
価格(Price):
入場料は大人 (高校生16歳以上) が2,700円、こども (小・中学生) が1,400円、幼児 (3歳以上) が350円となっている。
立地(Place):
大阪湾の近くに立地し、近くには天保山マーケットプレース、なにわ食いしんぼ横丁、レゴランド・ディスカバリー・センター大阪などレジャー施設がたくさんある。地域全体で来館者を楽しませる・獲得する戦略を行っていると考えられる。
プロモーション(Promotion)
YouTubeにて、海遊館専門チャンネル(ジンベエザメやアザラシなど様々な生物の動画)を運営していたり、TVCMや新聞、電車での広告を行っている。様々な媒体で広告を行っており、それぞれの層に対して適したプロモーション戦略を展開していることがわかる。
まとめ
他の水族館よりも料金は高く設定されているが、ジンベエザメをはじめ620種30,000点といった他よりも多くの海洋生物が存在している。従来の総合水族館のイメージを払拭し、都市型水族館のような雰囲気が味わえるイベントの開催や周辺施設を巻き込んだ立地戦略等全ての層に向けた広告展開を行っていることもわかった。一方で、その規模にも関わらずショーは行っていないという特徴がある。他の水族館との差別化戦略を行い、その魅力を様々なメディアで訴求していることがわかる。
京都水族館
京都水族館について公式HPをもとに考察していく。京都水族館は京都市下京区観喜寺町35-1にある、2012年3月14日に開業した年中無休の水族館である。コンセプトは、「近づくと、もっと好きになる。」である。京都水族館は、思いきりこころを近づけて、もっとお互いをわかりあう場所になりたいのだ。お互いの距離が近づくことはいつでも新しい世界への入り口であると思っている。京都水族館に来る前よりも、こころの距離が近づいたと思ってもらえる空間づくりをめざしている。
そこで、近隣の大型水族館である須磨海浜水族園と海遊館のコンセプトと比較した。須磨海浜水族園は、生きものの生きざまがコンセプトだ。海遊館は、環太平洋の生き物を再現している。この二つは自然を基にしたコンセプトだが、京都水族館は、訪れた人との距離をコンセプトにしている。かつては、生きものそのものを見せることを重視していたが、近年は見せること以外に人とのふれあいや距離感を重視していることが考えられる。次に、4Pの視点から京都水族館を分析する。
製品(Product):
距離を近づけるためのイベントは以下のようなものがある。
①アクアアカデミー
②ごはんの時間
③体験プログラム
イベント以外にもホームページには、デートのシチュエーションとこどもと楽しむシチュエーションにわけて京都水族館がおすすめするプランを掲載している。館内のモデルコースだけでなく、近隣の観光スポットや飲食店もプランに含んでいる。このことから、地域活性化にも積極的に取り組んでいると考えられる。
京都水族館の最大の見どころは、国の特別天然記念物のオオサンショウウオが展示されていることである。また、陸水両方のペンギンの姿が見られること、パフォーマンス以外の時間もイルカのプールが解放されていること、多種多様な生きものが息づく京の海を再現した大水槽が見どころとなっている。このことから、生きものたちの自然な姿を近くで見られることを売りにしている。
価格(Price):
入場料は大人 (大学生含む) が2,400円、高校生が1,800円、中・小学生が1,200円、幼児 (3歳以上) が800円となっている。
立地(Place):
京都の玄関口である京都駅から近い場所に立地しているため、気軽に訪れやすい。梅小路公園内にあり、近くに京都鉄道博物館や梅小路公園があるため、子ども連れから高齢者まで幅広い年齢層をターゲットとしている。さらに、Productでも説明した通り、水族館への来館以外にも近隣施設への利用を含んだコース案内をしている
プロモーション(Promotion)
京都水族館の公式YouTubeチャンネルの人気動画は、オオサンショウウオとペンギンの動画が多数を占めている。アップされている動画も、オオサンショウウオとペンギンが多い。また、InstagramやTwitterも活用している。(公式SNS参照)
まとめ
京都水族館は生き物を近くで感じられ、老若男女に愛される水族館を目指しているといえる。その他にも近隣施設の利用と京都水族館への来館のルートプランも考えられており、相乗効果を期待している。
四国水族館
四国水族館の公式ホームページをもとに考察していく。四国水族館は、香川県綾歌郡宇多津町浜一番丁4に位置する水族館で、およそ一時間半で回ることができる。水族館のテーマは「四国水景」であり四国の特徴でもある四方を海に囲まれたる豊かな海を再現している。日本最大の内海である瀬戸内海、世界最大の暖流黒潮が流れる太平洋、四万十川をはじめとする清流などの水景を展示している。
瀬戸大橋の袂、高松空港付近、四国の玄関口という位置から四国全体の活性化を目指し、地域創生を掲げオープンした。日帰りもしくは泊りで四国の旅行を考えると関西や中国地方からの旅行者もターゲットに入る。また、HP上には子どもと大人がともに楽しめるプランが掲載されている。四国水族館は経営体系にも特徴がある。他の水族館は自治体や大手企業が親会社となって造られるのに対し、四国水族館は民間主導の施設であり趣向に賛同する地元企業などの出資で造られたという特徴がある。土地を所有している宇田津町とも連携し2020年9月には香川大学と観光振興や教育の分野などで相互協力する包括連携協定も結んでいる。
紙資源削減の取り組みとして、スマホのLINEアプリを使った館内案内を推奨しており、公式ホームページでパンフレットのPDFデータをダウンロードする事もできる。公式LINEは常にラインのメッセージが来るわけではなく、館内でのみ使うあくまでも館内マップとしての使い方であり、近年のエコ意識 (SDGs) が反映されている。
製品(Product):
400種14,000点の生き物が展示されている。展示の仕方は、「渦潮の景」「綿津見の景」「神無月の景」「淡水・清流の景」「夕暮れの景」「龍宮の景」と分けられている。各スポットに写真映えするスポットがあり渦潮の景のエリアが人気である。龍宮の景では魚の展示がなく浦島太郎の言い伝えを展示したスポットになっている。
イルカショーも魅力的であり、瀬戸内海のキレイな景色を背景にイルカを見ることができる。夕方には、ビールを片手に夕日とイルカを見るのが大人から人気である。
貸し切りプラン
営業時間外の利用が可能な貸切水族館で、結婚式や会社の福利厚生、その他団体をターゲットとしている。なお、全館貸切1,000,000円~、本館棟のみ 700,000円~となっている。以上のことから、ターゲットは幅広く、地元密着型のためか、須磨水族館のように教育に力を入れていることがわかる。
価格(Price):
入場料は大人 (16歳以上) が2,400円、小・中学生が1,300円、幼児 (3歳以上) が600円、3歳未満が無料となっている。
立地(Place):
瀬戸大橋の袂、高松空港の近く、四国の玄関口に位置しアクセスがよいことから、地元民以外には本島から車で来たり、空港経由での来館が考えられる。
立地的には不利な四国にある水族館だが、各種交通機関の近くに位置することで観光スポットの候補に入りやすく、空港が近いということもありインバウンドも見込める。SNSにも力を入れており、若者からの人気や開業からまだ2年しか経っていないということもあり話題性もある。駐車場も設置されており、車で来るファミリー層や大学生も利用しやすく混雑状況もホームページから確認できる為、混雑を避けて立ち寄ることができるメリットもある。
プロモーション(Promotion)
「妄想水族館」というカメラを止めるなの秋山ゆずきが主演のマイナビニュースのYouTubeドラマがオープン時に公開された。内容がシュールで話題になった。水族館内の動画や写真はなくインパクトだけが残るものとなり検索したくなるようなものであった。YouTubeでは夜の水族館の再生回数が万越えで人気が高いことがわかる。自虐ネタ「しゅこくん」というCMを流しており姫路セントラルパークのようなプロモーションで注目を再度集めている。
楽しみ方として、「子供と楽しむ 心が躍る。体験と発見」「大人が楽しむ 心が和む。癒しと寛ぎ」の2つの楽しみ方を推している。水族館なのに水を使わないアート空間、魚名板がないのが特徴的であり、手書きの黒板解説がある。
まとめ
頭の中に残るTVCMを放送し、そこから検索につなげようとしていることがわかる。つまり、クロスメディア戦略を採用している。インパクトに残るCMが多く他の水族館のようなおしゃれさより、まずは新設の水族館として認知度を高めることを優先していることがわかる。
小括
ここまでの議論をまとめると、上記の表のようになる。次に、表を確認しながら、簡単にそれぞれの特徴を考察する。まず、スマスイは、生き物の種類は多いが、展示数は海遊館と比べると少ない。また、入場料金が圧倒的に安価である。水族館の近くには他の観光場所がないことから、地元の人を中心に利用されていることが予想できる。公式YouTubeチャンネルの動画は11本であり、インスタグラムの投稿数も少ない。また、フォロワーも他の水族館に比べて最も少ないことから、マーケティング的な視点からの経営はされていないことがわかる。
次に、海遊館である。展示数は2番手の京都水族館と比べて2倍以上であり、「夜の水族館」という都市型水族館と同じような雰囲気を味わえるイベントに特徴がみられる。価格は他の水族館と同水準だが、周辺施設が隣接していることに特徴がみられる。SNSのフォロワー数が抜きんでている点も海遊館の特徴である。これらのことから、海遊館はイベントや海洋生物の数、立地など特にProductやPlace、Promotionの点で差があると考えられる。
第3に、京都水族館は、京都の中心部に近い場所に位置しているため、日本全国だけでなくインバウンド需要も高いことが予想できる。また、生き物の種類は250種と他の3つの水族館と比べて少ないが、その点数が多い点に特徴が見られる。料金設定について、他の水族館は3区分にしているが、京都水族館は高校生料金があり4区分になっている。
最後に、四国水族館は、他の水族館と比べ延べ面積は小さいが展示数は他に引けを取らない。展示方法にもこだわっており、子どもも大人も楽しめる楽しみ方を提供している。瀬戸内の水族館という強みを生かし瀬戸内海の絶景など自然を生かしたショーなどを行っている点が他の水族館との大きな違いである。また、他の水族館とは違い自虐的な物もあり注目されやすいプロモーションを行っていた。
4. 消費者は水族館に何を求めているのか
消費者が水族館に何を期待しているかについて考察する。来館者の期待を検討するプロセスについて説明する。はじめに、来館者が水族館訪問時に抱く期待について、前章での水族館側の取り組み、そして自分自身が水族館訪問時に抱いたことのある期待からまとめる。ついで、それらを調査項目に落とし込み、実際に調査を行う。そこで得た結果を分析にかけ、より客観性の高い形で我々来館者が水族館訪問時に抱く期待を導出する。最後に、そこで得たデータを用いて基本的な分析を行いながらその特徴を探り出す。
前章での水族館の取り組みからその期待は2つに分けることができる。まず、水族館の最も大きな役割は生き物の展示である。第2に、教育活動である。その他、水族館の取り組みとして生き物の保全等の研究活動もあるが、この点は教育活動に含まれるものと考える。これらの点をより深く検討する。
まず、生き物の展示を通じて我々水族館の来館者は何を期待できるのか。生き物の展示の観覧は水族館来館者の主目的と考えられ、観覧を通じた癒やしや学びを経験することが考えられる。
次に、教育活動を通じての期待を考察する。この点については、来館の理由によって大きく2つに分けられる。それぞれ、修学旅行や校外学習などの学校行事とプライベートでの来館である。前者の場合、学校側は、命の尊さや生き物と触れ合う機会を作ることを目的としている。一方で学生側は、自由行動ができる楽しさや学校の時間に非日常を味わえることを楽しみとしており、多くの場合水族館に固有の期待というものは見られない。ただし、一部の学生は水族館への来館を楽しみにしているが、それはプライベートで行くものと大きくは変わらないと考えられる。後者の場合、保護者側は、感受性を育むことや多くの経験をさせてあげたいという想いから、その一つの場として水族館へ訪れている。子ども側は、非日常を味わえる場所という認識で水族館へ訪れており、教育の一貫としては考えていない。これらのことから、教育活動においての水族館への期待値は低いと考える。ただし、調査においては、その期待値が低いと思われる教育面についても表記する。
以上の議論を通じて、以下の20問の調査項目を作成した。実際の調査では、「あなたが水族館に行く理由として、あてはまるものを教えてください。」というリード文を提示し、4段階のリッカート法を用いて調査している。また、水族館への来館頻度も確認している。ここでは直近1年の間でどの程度訪問したことがあるかを聞いている。それ以上の期間になると、思い出すことが困難なため、また、コロナ禍という事情もあり直近一年にしている。
水族館がメインの旅行のため
旅行先に水族館があるため
癒しのため
自分の学びのため
デートのため
家族とのお出かけのため
友達とのお出かけのため
普段と違う場所に行くため
映え写真・動画を撮るため
リラックスするため
子どもと楽しむため
子どもの学びのため
イベント (期間限定等) に参加するため
気分転換のため
ショーのため
観たい生き物がいるため (イルカ、ペンギン、カメ、海獣等)
観たい生き物がいるため (魚類)
悪天候のため
カフェのため
お土産・グッズのため
あなたはこの1年間でどの程度水族館に行きましたか
0回 1,2回 3,4回 5,6回 それ以上
5. 調査・分析
2023年7月、調査会社を通じて男女300人にアンケートを行った。以下の表からわかる通り、10代〜50代の男女30人ずつに調査を行っている。
調査概要
はじめに、水族館の訪問頻度を確認する。分析の結果、下の円グラフのようになった。このことから、過半数の人が1年で1度も水族館に行っていないことがわかる。
次に、性別によって訪問頻度に差があるかを調べるために、t検定を行ったが、有意差は見られなかった (p=.609)。年齢と訪問頻度についても相関関係が見られるかを検討したが、5%水準で r=-.281と負の相関が見られた。歳を重ねるほど、水族館への訪問が減少するという点は、我々のイメージとも一致している点である。
因子分析
次に、訪問動機の構造を調べるため、因子分析を行った (最尤法・プロマックス回転)。そこから3つの因子を見つけることができた。
第1因子は「癒し」や「気分転換」、「普段と違う場所に行くため」などが含まれているので、「非日常」というグループにした。第2因子は「映え写真・動画を撮るため」、「お土産・グッズのため」などが含まれているので、「映え」というグループにした。第3因子は子どもに関することが含まれているので、「子どものため」というグループにした。なお、それぞれのクロンバックαも.60を上回っていることを確認している。以下では、それぞれの因子得点を用いて分析を行っている。
回帰分析
3つの動機が水族館への訪問回数に与える影響を調べるため、重回帰分析を行った。この結果、映えのみから有意な影響が見られた(R²=.066, p=.00; 非日常 β = -.051, p=.552.; 映え β=.268, p=.00; 子どものため β=.035, p=.655)。「映え」の回帰係数が.268と高く、訪問頻度に一定の影響を与えていることがわかる。ただし、決定係数は.066とあまり高くなく、今回の3つの動機からは水族館への訪問頻度の6%程度の分散しか説明できなかったと結論付けられる。この点には留意する必要がある。
決定係数の低さから、その他の訪問動機が存在するはずである。この点は我々の予想あるいは (おそらく) 読者の皆さんの予想とも異なるものであり、今後の研究課題として提示することができよう。一方で、映えからの影響が見られた点に関して、SNSが生活の中心になり水族館でしか撮れない映え写真を求めて訪れていると考察できる。
ロジスティック回帰分析
最後に訪問頻度の大半が1,2回であるという結果を受け、訪問回数ではなく、訪問の有無を目的変数にして分析を行う。水族館への訪問の有無を目的変数として、説明変数として非日常、映え、子どものためを使ってロジスティック回帰分析を行った。
結果、非日常を求め訪問するオッズ比が1.51(p=.047)と1を上回り有意であることが確認された。映えと子どもの為に訪問するオッズ比はそれぞれ、1.26(p=.287)、1.07(p=.724)と有意ではなかった。非日常を求め訪問するオッズ比が1を上回ったことにより、訪問者数を増加させる必要がある水族館は、非日常に対するアプローチを強化する必要があると考えられる。
小括
以上の結果をまとめると、水族館は身近なレジャー施設としてのイメージがあるが、大半は年に一度も訪問しておらず、訪問している人でも1,2回が主であることがわかる。また、水族館への訪問動機は「非日常」「映え」「子どものため」の3つに大別でき、訪問頻度に対しては「映え」が寄与し、訪問するかどうかについては「非日常」が効いていることがわかる。以下のクラゲ水族館の成功例は、クラゲの癒やしや幻想的な光の世界という非日常、映えの要素を生かした成功例として分析できるだろう。
ここでの結果を参考に、3節で議論した各水族館の取り組みを簡単に考察する。
まず、スマスイは海洋生物の種類が多いことから、訪問の有無に影響を与える非日常に特化していることがわかる。また、SNSにおいて映えに値する投稿は多くなかったため映え要素に力をいれていなかった。これは須磨海浜水族館のメインターゲットが「家族」であり、「親・子・孫」の三世代の思い出を作る水族園を掲げていることに由来すると考えられる。この結果、複数回の訪問にはあまり適していない施設であることがわかる。
海遊館は、巨大水槽にジンベエザメやマンタなど多数の生物がおり、この規模の展示は他には見られないことから、非日常を感じられ来客数の増加に繋がっていることが推察できる。海遊館の夜(17時~20時)には、館内の照明と音楽が変わり、ゆったりと流れる空間、神秘的な世界の演出を行っている。そのため、夜の海遊館に関しては訪問回数に対する映え要素だと考える。
京都水族館は、非日常をコンセプトにしているため、一度は訪れる人が多いと考えられる。しかし、リピーターを獲得する映え要素が少ないため、来館者数の増加に繋がっていない。そのため、リピーターを増やすために映えスポットを作ったり、”夜のすいぞくかん”を期間限定ではなく毎日行ったりともっと映え要素を取り入れた方がよいと考える。
四国水族館は、四国水景をテーマにしておりブースごとに映えスポットが多い。来館者に対し映え写真を撮るスポットや演出を提供できており訪問頻度に関する大きな課題は見当たらない。そのため、訪問の動機を高めるためには非日常を味わうことができる展示、イベントを増やすことで初回訪問を促すことが肝要である。
以上、ここまでの議論を通じて、来館者が水族館に何を期待しているのか、また、具体的にどういった要因が水族館への訪問に影響を及ぼしているのかが明らかになった。さらに、新スマスイのライバルになりうる水族館について、来館者の期待に答えることができているのかをマーケティング的な側面から簡単に検討した。最後に、新スマスイへの提言をいくつか行い本研究を終えたい。
6. 新スマスイへの提言
新スマスイとは
新スマスイは「神戸須磨シーワールド」(以下、我々にとって愛着のある新スマスイと表記) として、2024年6月にオープンすることが決まっており、その運営は株式会社グランビスタホテル&リゾートによって行われる。株式会社グランビスタホテル&リゾートは鴨川シーワールドも運営しており地域連携や教育プログラムに注力しているなど、新スマスイとの共通点も見られる。
コンセプトは「『つながる』エデュテインメント水族館」である。エデュテイメントとは、エデュケーション(教育)とエンターテインメント(娯楽)を組み合わせた言葉で、リアルとバーチャルを融合させた新しい展示手法などで「楽しみながら学べる水族館」になる。
関西圏にはすでにエデュテインメント水族館を標榜する京都水族館があり、そこではアクアアカデミーを行っている。アクアアカデミーとは楽しく、遊び、気づき、心を育てると言うコンセプトの下、いきものたちをテーマにした工作や絵に挑戦するワークショップ、いきものたちを観察しながらクイズやミッションに挑戦するアクアマイスター、水族館を周りながら「いきものブック」を完成させるスクールプログラムを展開している。こういった点からも、いかに新スマスイがこういった既存の施設と差別化を行うかも興味深い点である。
新スマスイの概要
新スマスイの概要について公開されている情報を基に説明する。展示内容は、スマスイのメインともいえるイルカはもちろん、シャチがメインに展示される。そのシャチを見ながら食事ができるオルカレストランを西日本で初めて設置することも決まっている。館内はヤシやアダンなどの植栽や擬岩を配して、サンゴ礁の自然の海を再現していることや、瀬戸内海の自然や神戸・須磨の原風景を再現しているなど、様々な海を再現しながらの展示となる。
また立地についても、須磨海浜公園全体を盛り上げることを目的としているため、水族館の周りに「神戸シーワールドホテル」という宿泊施設の設置やコーヒーストアやスポーツ教室、シーフードレストランなど「松の杜ヴィレッジ」というにぎわい施設3棟を建設する予定である。
新スマスイの4P分析
多くの人が水族館に行く回数が年に1,2回程度、もしくは行かないという現状を踏まえると、開業年は一定の来館者を期待できたとしても、それ以降継続して来館者を獲得できるかは未知数である。そこで次に、4Pの視点から新スマスイを分析し、「非日常」や「映え」といった要素が見られるかを簡単に議論する。しかし、現時点ではProduct以外の要素を考察することは困難であるため、Productを中心に考察を行う。
製品(Product):
エデュケーション要素
神戸市のホームページに記載されている認定公募設置等計画(概要)の公表によると、特別会員を対象とした月2回の月例学習会の実施、夜の水族館をめぐるナイトツアー、小学校高学年を対象としたトレーナー体験などが実施されるようだ。
トレーナー体験は運営元の鴨川シーワールドが実施しており餌やり、海獣診療センター検査室見学、イルカと水中でのふれあいなどが神戸須磨シーワールドでも類似の内容で実施されると推測する。
プールに入りイルカと実際に触れ合うなどは近隣の海遊館や京都水族館では実施されていないため大きな差別化につながり新スマを選ぶ要素になりえるだろう。また、日常ではイルカに触れ合うことがないため非日常と映えを味わうことができるだろう。
エンターテインメント的要素で見ていくと、水族館のメインの展示内容は、シャチ、イルカ、ウミガメ、ペンギン、アザラシ、アシカだと考えられる。その他にも、クラゲ、サンゴ、魚類等がカテゴリーごとに分かれて展示されるようだ。また、鴨川シーワールドと名古屋港水族館では、シャチのショーが行われているため、神戸須磨シーワールドでも開催されることが推測できる。シャチだけでなくイルカショーや、シャチの餌やり体験なども行われると予想され、これらが目玉イベントになると推測する。特にシャチの展示やショーは西日本唯一であるため、ライバル水族館との差別化となる。
さらに、滞在時間3時間を目指し水族館を大規模化させ、リゾートホテルやグランピングやレストランなどのにぎわい施設も併設される。そのため、水族館以外でも有意義な時間を過ごせるようになると予想できる。このような点は非日常的要素である。レストランやカフェが併設されている水族館はあるが規模は新スマのほうが大きく、宿泊施設が併設されているのはライバルの水族館で新スマが唯一となり、トータルの規模で考えると最も大きいと言える。レストランやカフェなどは、映えを味わうことができると考える。
価格(Price):
前述のとおり、来場者にあった料金設定がなされることから多くの来館しやすい料金体系となっている。その中でも水族館では珍しい2日券が販売され、通常料金の1.5倍の価格で販売される。ホテルが隣接しており宿泊客が対象となると推測する。
立地(Place):
前述のとおり、神戸市須磨区に位置し、水族館単体ではなく、近隣地域を巻き込んだ地域の活性化を目指すことが予想される。また、須磨海水浴場が目の前にあり、季節によっては海水浴・マリンスポーツ目当ての人々で賑わうだろう。
プロモーション(Promotion):
2023年10月27日の時点でプロモーション活動を確認することはできなかったため、この点については触れない。ただし、SNS等を積極的に活用することが予想される。
小括
新スマスイでは、イルカと実際に水中で触れ合うイベントを行っていること。「夜の水族館をめぐるナイトツアーや展示物が様々なカテゴリーごとに分かれて展示されている。また、周りの施設にもリゾートホテルやグランピングなどにぎわい施設も併設されることから、水族館以外にも映えの要素が取り入れられている。このことから、新スマスイでは水族館の訪問頻度に関する「非日常」「映え」の要素を取り入れられていると考える。そのため、訪問頻度・訪問動機に関することは問題ないといえる。
しかし、新スマスイを認知する取り組みは対策が取られていない。これが、新スマスイの課題である。新スマスイはSNS活用不足とメディアの露出不足という弱みがある。水族館がSNSを活用することで、多くの人に知ってもらうだけでなく、最新のイベントや特典、新しい展示物などの情報を即座に共有することができる。そして、SNS上でフォロワーが水族館に関する写真や感想を共有することができる。
水族館側が情報を共有するよりも、同じ立場である消費者同士による情報のほうが信頼性があるため、水族館の魅力をより広めることができる。そのため、集客を促進するためには水族館が積極的にSNSを活用することは必要であると私たちは考えた。この課題を解決できれば、新スマスイはより訪問数を増やすことができると私たちは考える。
まとめ
我々消費者が水族館に対して何を期待しているかを研究した結果、初めて行く水族館に対しては非日常を、リピートする場合は映えを求めていることがわかった。
分析した水族館の中では、海遊館以外は、非日常か映えの一方の要素のみ充たしている。二つの要素が充たされているのは海遊館のみではあるが、海遊館は日中と夜で要素が分かれているため、同時に充たされている水族館は現時点ではない。新スマの展示方法については未発表のため考察できないが、発表済みの内容を踏まえると、非日常と映えのどちらも充たしていることが期待できる。そのため、新スマは、たくさんの人で賑わい、リピート率も高いだろう。
貢献事項
10~50代男女30人ずつに水族館への訪問頻度、訪問理由のアンケートを行った結果、過半数の人が一年の中で一度も訪れていないことがわかった。そこで、私たちは訪問の動機を20項目に分け、因子分析を行った。その結果、そこから「映え」「非日常」「子育て」の3つの因子を見つけられた。
この3つの因子が水族館への訪問回数に与える影響を調べるため回帰分析を行った。結果、「映え」が訪問頻度に一定の影響を与えていたことがわかった。また、訪問頻度の大半が1~2回という結果から訪問回数ではなく、訪問の有無を目的変数として分析を行ったところ、水族館の訪問者数を増加させるためには「非日常」に対するアプローチを強化する必要があることがわかった。
このことから、水族館が初回来館者を獲得するには非日常が重要で、リピーターを獲得するには映えが重要であることがわかった。
課題
来館頻度とリピート率の研究結果について、説明力は決して良い数字とは言えなかった。そのため、来館者が期待する他の要素に注目しながら、引き続き研究していく必要がある。また、周辺施設はリピート率に影響するのかについては、今回は考慮していない。これらについては今後の課題として提示することが可能である。
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最後に、楽しかった、参考になったという人は学生のレッドブル or コーヒーのために投げ銭していただけると嬉しいです。
---以下、学生たちのあとがき (大学生活の振り返り) や各自の推し水族館をまとめています
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