ある日の午後。自転車を漕いでいた。 例によって安全運転のわたしを、一台の自転車が追い抜いた。高校生の男の子だ。 ぼんやりした子で、車道に出てから、車が来てないか確かめている。 車の確認おそいぜ、にいちゃん、と心の中でツッコミを入れた次の瞬間、 ガシャン!! と、大きな音を立てて、目の前の高校生は、自転車ごとひっくり返った。 地面のひび割れに、車輪がはまったらしい。 派手に転んだが、その子は手負いの小動物のように、パッと起き上がり、顔をしかめながら自転車を起
今回は、ふり返りです。 いつもは日常の切りとりを文章にしていますが、今日はトリミングなしで、これまで読んでくださった方のことを考えながら、書いています。ちょっと長くなるかも。 ・数字 このエッセイを読んでくださっている方は、タイトルの前に数字が付いていることにお気付きだろう。 とくに気負い立っていたわけじゃないけど、最初にルールを二つ作った。 それは、簡潔に書くこと、そして、続けること。 自分で勝手に始めたものなので、いつやめてもいいんだろうけど、せっかく
六月のはじめに、百万石まつりという金沢のお祭りがあった。 三週間も前の話だが、わたしの数少ない有名人を見た話なので、聞いてもらいたい。 祭りのメインイベントに、百万石行列というパレードがある。 前田利家公に扮した役者さんが、行列を引き連れて、金沢駅前の鼓門を出発し、香林坊を通って、金沢城に入場する、というものだ。 今年は利家公の役に、俳優の仲村トオルさんが抜擢されて、大変な賑わいだった。 当日、昼過ぎに行ってみると、駅前のメイン通りは、人であふれかえっていた。
自転車で図書館に向かっていると、前方に何か落ちていた。 よく見ると、千円札だった。二つ折りにしたお札が、ばら、ばら、ばら、と三枚。いや、ひとつ厚みがあるものがあったから、四枚かも。 はだかでポケットに突っ込んで、スマホか何か取り出した拍子に落ちたんだろうか。 道端に落ちている大金にあっと思ったが、わたしはそのまま通り過ぎた。 ある出来事から、落ちているお金は、無視することに決めているのだ。 話は、高校三年のころに遡る。 ある朝、学校行きのバス停に向かって歩いて
新幹線に乗るときの楽しみは、お弁当。 昼頃に乗る場合は、早めに駅に行って適当な店で済ませたりせず、お弁当を買うことにしている。 普段、電車の中でお弁当を食べることがないので(おにぎりを食べる人はたまに見かける)、新幹線の中でお弁当を食べることは、非日常、つまり旅のはじまり、という感じがする。 おかずが沢山入ったお弁当もたのしいけれど、最近、買うのは、巻きずし。とくに海鮮の太巻きが気分。 巻きずしは、すっすっ、と口に運べるのがいい。巻きずし、巻きずし、お茶、巻きずし
今日の金沢は、とても晴れていた。 最近は家にこもりがちだったので、香林坊の方まで出かけることにした。行きたかった喫茶店があったのだ。 ところが、自転車を漕いで店に到着すると、本日、定休日。Googleで確認したら、営業中だったんだけどな、、、 金沢は、こういうのがけっこう多い。 古着屋のお兄さんが教えてくれたが、竪町のあたりは水曜定休の店が多いそう。そういう決まりがあるらしい。 喫茶店は残念だったけど、近くのパン屋さんもおいしそうだった。昔ながらのパンのあまい
耳かきが、やめられない。 だめと分かっていても、毎日のようにやってしまう。気持ちよくてやっていたらエスカレートして、やらないと落ち着かない体(耳?)になっていた。 綿棒を耳の奥まで入れて、鼓膜に近いところをこりこりやる。 たまに鼓膜から乾いた耳あかが、ぺりっと剥がれる感覚がして、猛烈に耳かきがしたくなることも。完全に中毒。 調べると耳掃除は月に一度、耳の入り口から一センチあたりの耳あかを取るので十分とある。耳あかが乾いたタイプの人は、自然に出てくるので、耳かきはほと
ファミレスで、レジ横のおもちゃコーナーに近い席に座ったときのこと。かわいらしい会話が聞こえてきた。 まず、お父さんと一緒の女の子。 「今日じゃなくてもいいんだけど」 さりげなく切り出し、「これがほしいな」と、おそらくおもちゃを指して言う。 それから、お母さん、お姉ちゃんと来た男の子。 「これとこれがほしいんだけど、お姉ちゃんはどれがいい?」 直接、母親にねだらず、姉と話しているふうを装っている。 どちらの子も、小学校低学年くらい。買って買ってと騒ぐと、手に入らな
「北陸のおいしいものを食べつくそう!」と、はりきって東京から金沢にやってきた。なので、金沢ぐらしは、お手ごろ価格で贅沢なグルメを楽しめることに、大満足である。 肉も魚介も評判どおりのおいしいさだけど、なんといっても、感激したのは、お米。 お米と言えば、新潟や北海道、秋田が思い浮かぶが、能登産のコシヒカリも、名立たる米どころに引けを取らないくらい、おいしい。 まず、炊飯器のふたを開けた瞬間から、ちがう。ふわっと広がる炊き立ての香りが、ほくほくしている。つぶは小ぶりだが、
宮本武蔵には、剣だこがなかったらしい。 一流の剣豪は、刀をやわらかく握り、必要なときにだけ力を入れるので、タコができないそう。反対に、手のひらがごつごつの剣士は、常にガチガチに力の入った未熟者。 もし、わたしが剣士だったら、間違いなく後者のほう。 四月に金沢に来てから、両手の中指と薬指の付け根のあたりに、タコができてしまった。原因は刀……ではなく、自転車。 最寄りのスーパーもコンビニも、家から少し離れている。車を持っていない身としては、自転車は欠かせない。毎日のよう
「金沢は、三階以上でないと住まないって人もいますよ」と言ったのは、引っ越し業者のおじさんだ。話好きな人で、わたしたち夫婦が金沢は初めてだと知ると、作業の合間、いかにこの地は湿度が高いか語ってくれた。 四月、夫の転勤で金沢にきた。 金沢と聞いて思い浮かんだのは、兼六園、21世紀美術館、鯛のかまぼこ。食べものがおいしいところ、というイメージ。 次は金沢に引っ越します、と報告すると、食を話題にする人が多かったが、金沢を知る人はみな一様に、じめじめした所だと言った。雨が多く、