001 湿気のまち

「金沢は、三階以上でないと住まないって人もいますよ」と言ったのは、引っ越し業者のおじさんだ。話好きな人で、わたしたち夫婦が金沢は初めてだと知ると、作業の合間、いかにこの地は湿度が高いか語ってくれた。

 四月、夫の転勤で金沢にきた。
 金沢と聞いて思い浮かんだのは、兼六園、21世紀美術館、鯛のかまぼこ。食べものがおいしいところ、というイメージ。
 次は金沢に引っ越します、と報告すると、食を話題にする人が多かったが、金沢を知る人はみな一様に、じめじめした所だと言った。雨が多く、いつも曇っている、とも。
 たしかに、つぶの重たい雨がよく降るが、からっと晴れることもある。セロトニンが足りなくてうつになる、と脅してきた人もいたので、気持ちよく晴れる日が続くと安心する。

 しかし、湿度に関しては、噂どおりだった。
 湿度計はたいてい、七〇%を超えている。東京では四〇%前後だったので、最初に見たときは、思わず声が出た。引っ越しで壊れたか、と疑いもした。
 食べ物も傷みやすい。買ったばかりのバナナがまっ茶色になっていたことがあった。常温で保存したら、熟れすぎたらしい。指のあとが付くほど、柔らかくなっていた。
 ショッキングな姿になったバナナにとても申し訳なくなり、「ごめんなさい。食べものの管理は気を付けます」と、固く誓った。わたしは食べものを無駄にすることが嫌なので、こういうのはけっこう悲しい。
 コインランドリーが多く、布団用の洗濯機と乾燥機が充実しているのも、湿気が関係しているのかもしれない。

 引っ越しのおじさんの教えどおり、こまめに換気し、ベッドとソファの下、クローゼット、下駄箱に除湿剤を置いた。びっくりする速さで水が溜まるのを見て、よしよし、仕事をしているな、と満足。しかし、一抹の不安が。

 季節は、これから梅雨に入るのである。
 

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