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011 自転車 その2

 ある日の午後。自転車を漕いでいた。
 例によって安全運転のわたしを、一台の自転車が追い抜いた。高校生の男の子だ。
 ぼんやりした子で、車道に出てから、車が来てないか確かめている。
 車の確認おそいぜ、にいちゃん、と心の中でツッコミを入れた次の瞬間、

ガシャン!!

 と、大きな音を立てて、目の前の高校生は、自転車ごとひっくり返った。
 地面のひび割れに、車輪がはまったらしい。

 派手に転んだが、その子は手負いの小動物のように、パッと起き上がり、顔をしかめながら自転車を起こそうとした。
 明らかに、後ろを走るわたしを意識したすばやさである。
 止まるつもりで、スピードを落としていたが、迷った。

ーーこれは、声をかけてもいいの?

 学生時代を北海道で過ごしたので、人前で転ぶことの恥ずかしさときまり悪さは、よくわかる。

 冬道でつるんと滑って、尻もちをついたとき。
 道行くひとがみんな振り返るので、恥ずかしさで顔から火が出そうになる。
 変に注目された気まずさもあり、痛くても「なんともありませんよ」という顔をつくって、さっさと立ち上がった。
 当時、そういうときは、もちろん誰にも話しかけられたくなかった。

 心なしか、彼と目が合わない気がする。
 擦り傷くらいできたかもしれないが、立ち上がれたことだし、そのまま通り過ぎることにした。

 次の信号で止まったが、さっきの子は、まだ追いついてこない。
 大丈夫かなあ、と思っていたら、大きな道路を挟んで反対側に見覚えのある自転車が。あの子だ!

 彼はスピードを出すのにこりたようで、わたしと同じタイミングで信号に引っ掛かる。止まるたびに、ズボンのすそをめくって脛の状態をみたり、腕をさすったりいている。

 通りの反対側に渡ったけれど、彼は一向に曲がる気配がなく、しばらくわたしたちは、並走を続けた。

 やっぱり声をかけなくて、よかった、と思った。

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