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【小説】 旅草 — かつて栄えた島 神月


一頁

てしないあお四方しほう八方はっぽうかこむ。このあおてしないのは、何千なんぜん何億なんおくもの生物せいぶつ住処すみかとするこの地球ちきゅうというほしが、まるかたちをしているからだ。四角しかく虫籠むしかごのような、生物せいぶつめるかべなどなく、ころころころがって何処どこまでもすすんでいく硝子がらすだまごとく、どれだけすすもうとてなどない。
 てなどないから、何処どこまでも、何処どこにでもくことができるのだ。
 何処どこにもくことができるのに、地上ちじょうすま生物せいぶつたちは、みなまれちた場所ばしょ地域ちいき一生涯いっしょうがいのほとんどをごす。
 生物せいぶつなかでも、卓越たくえつした知性ちせい人類じんるいでさえも、馴染なじみのある場所ばしょからはずれることに臆病おくびょうになりがちだ。
 それがたりまえなかで、たった一人ひとり、“世界せかいたびする” と決意けついし、てのないあおへとした青年せいねんがいた——。
 
 てしないあおは、青年せいねん好奇こうきこころてた。

 
 そして、記念きねんすべき第一号だいいちごうとなるしまに、上陸じょうりくした。
 やつの恵虹けいこう藤色ふじいろながかみかぜになびかせて、紺藍こんあい羽織はおり和服わふくしたにはフリルのついたシャツ、ボトムスには七部しちぶたけのチェックスカート、あしにはブーツをいていた。一見いっけんおんなだが、やつはれっきとしたおとこである。しかし、やつは、せいへのこだわりがうすく、どちらにとらえられてもとどめない。スカートもきこのんでくという、わったやつである。
 恵虹けいこうは、かえり、りたふねった。
 それからやつは、着物きものびている棒状ぼうじょうなにかをした。花開はなひら数日すうじつまえの、彼岸花ひがんばなのようなかたちをした、しろふでである。ふでっても、さきはなく、万年筆まんねんひつのようにかたくつるつるしている。
 そのぼうは、『彩色さいしきつえ』といい、恵虹けいこう使つかちからすのにてきした、特別とくべつつえだ。これは、やつの師範しはんで、かみより偉大いだいな、物凄ものすごねこさずけたしなである。

二頁

恵虹けいこうは、彩色さいしきつえ使つかって、みずからのちから使つかった。

うつ白雲丸しらくもまる

 つえまえし、ぐるっとえんくようにうごかすと、やつの目先めさきにもくもくのしろくもあらわれた。
 するとそのくもは、立体感りったいかんし、すぐにそらった。
 恵虹けいこう使つかちからは、【いろちから】だ。あたまなか想像そうぞうしたいろ、または具現化ぐげんかし、とき生命体せいめいたいにし、うごかすこともできる。
 それがいま恵虹けいこう使つかった【うつ】のわざである。

 やつがあらわしたくもには、かおがついており、うごくうえに言葉ことばはなした。
「おっす、ご主人しゅじん!」
 はなせるくらいの知性ちせいったものならば、それなりに自我じがっている。
白雲丸しらくもまるわたしせてまちめぐってください」
「かしこまぁー」
 白雲丸しらくもまるは、恵虹けいこうあたませて、そらたかいあがった。あのくもすのは、これがはじめてではなく、よく空を飛んでいた。しかし、あいつ、くもとしては知性ちせいがあるが、かしこいやつかとわれれば、そうでもないな。

 
 しま名前なまえは『神月かんつき』といい、つきかみおさめている土地とちである。
 恵虹けいこうくもは、廃墟はいきょまちめぐめぐって、時折ときおりボロボロのかべれて、会話かいわひろげた。
「どこもかしこもひど有様ありさまですね……」
いえとかボロボロだな」
いまから百年ひゃくねん以上いじょうまえ時代じだいには、すごくさかえたまちで、海外かいがいからもひと沢山たくさんおとずれて、にぎわっていたようですが」
「それがなんでこんなボロボロに?」
百年前ひゃくねん前に、黒鬼くろおにぞくものたちが世界せかい中枢ちゅうすう都市とし征服せいふくしたあと、このしまにもったからです」
「えぇ!? どうして?」
かれらのつ【やみちから】が、このしまおさめるつき神様かみさまの【つきちから】によわいからです」
「そんじゃあ、めてもけるだけじゃ?」
「【つきちから】もまた、【やみちから】によわいからです」
「?  どういうこと?」
ひかりやみしますが、おおきすぎるやみかえってひかりんでしまいます。また、つきかみ月夜つくよさま姉妹しまい関係かんけいにある、太陽たいようかみ陽霊ひるめさまおさめるしまほろぼされました。太陽たいようは、つき以上いじょう厄介やっかいですから」
「それってケッコーヤバイ?」
「らしいですよ。当時とうじ新聞記事しんぶんきじ書物しょもつには『ひかりうしなわれた』とか『暗黒期あんこくき到来とうらい』だとか悲観的ひかんてきなことばかりかれていたようですが、今日きょう天気てんきですね」
「うんうん、ぽっかぽかだー」
 能天気のうてんきなやつらだ。
白雲丸しらくもまる、あのさかのてっぺんにってください」

  この世界せかいには、八百万やおよろずかみ存在そんざいしている。かみつきかみみずかみなどといった地球上ちきゅうじょう万物ばんぶつかんする超常的ちょうじょうてきちからつ、特別とくべつ存在そんざいである。
 地球上ちきゅう人類じんるいは、そのうちの一柱ひとはしらかみ信仰しんこうし、そのかみちからさずかり、生活せいかつ役立やくだてている。
 人類じんるい絶対ぜったいまもらなければならない戒律かいりつには、信仰しんこうするかみは、一生涯いっしょうがい一柱ひとはしらとある。一度いちどかみしんじれば、鞍替くらがえすることはゆるされない。 
 

  そこには、ひろ敷地しきち —— かつて『神月かんつき』のくにおさめた王族おうぞくしろ跡地あとちである。無論むろん、ここもこっぴどくやられた。

三頁

恵虹けいこうたちは、しろ石垣いしがきもんまえ着地ちゃくちする。
 くもに「っててください」といつけをし、恵虹けいこうのやつは、大穴おおあなひらいた石垣いしがきかろうじてのこっている残骸ざんがいれた。
 そして、ふたつのじ、ひとつのひらいた。

 
 時計とけいはりもどすように、この石垣いしがきてきた歴史れきしさかのぼる。
 
 ついさきほど、このったわたしたち。
 
 それからすこさかのぼれば、二人ふたり少女しょうじょが、仲睦なかむつまじく、階段かいだんのぼってやってきた。片方かたほうは、みみがうさぎのようになが兎人とじんぞく。もう片方かたほうは、トウモロコシのように黄色きいろはだひたい二本にほんかどえた、長身ちょうしん黄鬼きおにぞく淡濃のうたんはあれど、どちらも黄色きいろかみをしていた。
 ちなみにこのちから視覚ちょうかく以外いがい感覚かんかくかんじとる。彼女かのじょたちの可愛かわいらしい会話かいわこえてくる。
 
 さらにぐんぐんときもどすと、一人ひとり女性じょせいが、赤子あかごかかえてはしってきた。
 
 そのずっとまえには、べつ女性じょせい一人ひとりうずくまってくら様子ようすだった。

 
 そのすこまえよるには、さかえたまちやみおおわれた。
 
 そのまえまでさかのぼると、石垣いしがきまえを、華美かび優雅ゆうが衣服いふく装飾そうしょくつつんだ人々ひとびとが、往来おうらいしていた。かつて、このくにおさめた王族おうぞくやその関係者かんけいしゃであろう。黒鬼くろおに襲撃しゅうげきされるまえのこのしまは、本当ほんとうさかえていたのだった。

 
 このしま歴史れきし調しらべた恵虹けいこうは、ほろほろほろとなみだながしていた。
 じていたけると、そのなみだぬぐって、くも指示しじした。
白雲丸しらくもまるつぎはあのやま頂上ちょうじょうってください」
「アイアイサー!」
 恵虹けいこうくもって、また大空おおぞらへとった。

 恵虹けいこうのやつがくも指示しじした、やま頂上ちょうじょうには、つきかみまつ祭壇さいだんがあった。たかはちメートルほど巨大きょだいかべに、つきかみかれていた。
 
 二人ふたりは、でっかいかべ見上みあげて、感嘆かんたんいきらした。
すごい。立派りっぱ壁画へきがですね」
なかえがかれているのはだれだ?」
「そりゃあ、月夜つくよさまでしょう」
つき神様かみさまって、こんなうさぎかおしてるんだな」
 恵虹けいこうは、なにらないくもに、かみについての説明せつめいをした。
「この存在そんざいする八百万やおよろず神様かみさま普通ふつう地上ちじょうすまたみたちのとらえることは出来できません。
 ですが、神様かみさま自身じしんちからで、ひとまえ姿すがたあらわし、言葉ことばわすことが出来できます。それは、そのひとおなじ、ひと姿すがたか、そのかみちから象徴しょうちょうとなる動物どうぶつ姿すがたひと動物どうぶつ半人はんじん半獣はんじゅうなんてこともあります。そこは神様かみさまによって千差万別せんさばんべつです」

四頁

「じゃあ、この神様かみさまは、あたまうさぎだから半人はんじん半獣はんじゅうかな」
「いや、あたまだけですから……頭獣人とうじゅうじんじゃないですか?」
闘牛とうぎゅう?」
頭獣とうじゅう
 阿呆あほう会話かいわをする二人ふたり普通ふつう獣人じゅうじんでいいんじゃないか?

 ぐうぅぅぅぅ。

 恵虹けいこうはらった。ちょうど、都合つごう頃合ころあいでったものだ。
 かおあかめて、やつはくも指示しじした。
「そ、そろそろふねもどりましょうか」
「かしこまー」

「あ、あのー」

 くもろうとする恵虹けいこうに、こえかった。それは、一人ひとり小柄こがらむすめだった。
 むすめは、すこまえから阿呆あほうどものやりとりをじっとていたが、やつらがかえっていくのをて、こえけたのだ。
 こえおどろきそちらを二人ふたり。そこで恵虹けいこうはさらに見開みひらいた。
 
 さらさらかぜが、かみころもをさらおうとする。せた黄緑きみどりいろ草木くさき生茂おいしげもりなか
 
 一目ひとめ途端とたんわたし彼女かのじょうばわれた。おしろ石垣いしがき歴史れきしの、はじめのほううつっていた、兎人とじんぞくだ。あわ黄色きいろの。つぶらなやぶどうあめごとまるつらなったおさげかみ可愛かわいらしい。
「……葉緒はおちゃん」
 わたし彼女かのじょを、いつもくちにしていた彼女かのじょをぽつりとつぶやいた。

 その葉緒はおほうは、きょとんと戸惑とまどっている様子ようすだった。
「あなたは……」
 これに恵虹けいこうは、はっとわれかえ葉緒はおあやった。
「すみません。きゅうすぎて、戸惑とまどいますよね」
 そして、自己紹介じこしょうかいをした。
わたしは、せい石暮いしぐれいみなきょうあざな恵虹けいこうもうします」
 せいとは、そいつのいえあらわいみなは、まれたときおやからさずけられるで、あざなは、その成人せいじんしたとき自分じぶんでつけるだ。成人せいじん人類じんるいは、種族しゅぞくわず、おおくのものつのっている。
「わたしは、せい阿月あづきいみな葉緒姫はおひあざなは……葉緒はおです!」
 むすめはまだ、成人せいじんとしにはない。そのあざないまつけたものだろう。
葉緒はおちゃん……」
 すると、恵虹けいこうは、きびすかえし、葉緒はお背中せなかけた。
わたしはそろそろ、ふねもどります。壁画へきがだってましたし、わたしつき信者しんじゃでもありませんから」
きましょう」とくも指示しじする。

五頁

「う、うっす」
 白雲丸しらくもまるいぶかしいかおをしつつ、恵虹けいこうについてった。

 ささささ。

 ぎゅう。

 葉緒はおは、りゆく恵虹けいこういかけて、その背中せなかきしめた。
 おどろいた恵虹けいこうは、いた。かおなみだまみれていた。
 葉緒はおは、恵虹けいこうかお見上みあげてった。
恵虹けいこうさん、おなかいてますよね? 葉緒はお料理りょうり得意とくいなので、おひるはんはわたしがおつくりします」
葉緒はおちゃん……」
「あと……」
「?」
恵虹けいこうさん、あたまからもなみだてますけど。その前髪まえがみこうにはなにがあるんですか?」
 ついに急所きゅうしょかれ、やつは色々いろいろしろになった。
なにがあるんですか?」
 葉緒はおは、なぜかをキラキラとかがやかせながら、もう一度いちどたずねた。
秘密ひみつです」
「えぇーっ!
 いいでしょう? ここには、葉緒はお恵虹けいこうさんしかいないんですよ!」
「ダメです! なんで、そんなにたいんですか!?」
になります! ロマンてやつです!」
「なにがロマンですか! こんなのただのものでしょう?」
もまたロマンです!」
 葉緒はおのこの言葉ことばに、恵虹けいこうすこ見開みひらいた。
「もしかしたら宝石ほうせきかもしれません」
 それから、そっぽを向いて言った。
「……いいえ、葉緒はおちゃん。宝石ほうせきなどではありません。……爆弾ばくだんです」
 恵虹けいこうは、キリッと葉緒はおにらんだ。
爆弾ばくだん?」
 そして、恵虹けいこうのやつは、葉緒はおのほおを両手りょうてつぶしてった。
「いいですか? もし、わたしひたい第三者さいさんしゃさらされれば、葉緒はおちゃん諸共もろとも……このしまさえ消滅しょうめつすることになるでしょう」
 つぶらなまなこがぎょっと見開みひらいた。
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
 葉緒はおはあっさりとしんんだ。このさけこえは、島中しまじゅうとどろいた。まったくだ……。
「や、やばいじゃないですか! みんなんじゃう!」
「そうです。だから、だれにもせてはいけないんです。これは、わたし宿命しゅくめいでもあります」
大変たいへんなんですね」
「すみませんが、このはなしりです」
「わかりました。それじゃあ、わたしは、祭壇さいだんにおいのりしますね。それがわったら、おひるにしましょう」
(良い子だ……)
了解りょうかいです。白雲丸しらくもまるも、それまでっててください」
「かしこま」
 すると、したほうから、ゴロゴロとおとこえた。
「……なんだろう、このおとかみなり?」

六頁

瞬間しゅんかん、ピカッとはげしいひかりあらわれた。すこおくれて轟音ごうおんみみをつんざいた。
葉緒はおー!!」
 黄鬼きおに少女しょうじょ山吹色やまぶきいろかみふたつにまるめ、上半身じょうはんしんはサラシ一丁いっちょう下半身かはんしん虎柄とらがらのドデカいボンタンといった、男気おとこぎあふれる格好かっこう背中せなかにはよっつの太鼓たいこのついたっかがいていた。そのさまはまさに、雷神らいじんである。

 彼女かのじょは、しろ石垣いしがき歴史れきしときに、葉緒はお一緒いっしょにいた、黄色きいろのお団子だんごほう

 むすめ地面じめん着地ちゃくちし、恵虹けいこうらと対面たいめんした。
「ん、アンタだれだ?」
 恵虹けいこうは、彼女かのじょ自己紹介じこしょうかいをした。
わたしは、せい石暮いしぐれいみなきょうあざな恵虹けいこうもうします。あき大国たいこく黒槌くろづちから旅人たびびとです」
黒槌くろづち……。あ、アタシは、埜良のら葉緒はおまもかみさ」
葉緒はおちゃんの?」
「そうだ。それがアタシにせられた使命しめいだからね」
使命しめい?」
 そこへ、葉緒はおがやってきた。
「おまたせ」
葉緒はお大丈夫だいじょうぶだった? さっき、すごいさけこえこえたけど」
埜良のらちゃん。うん、大丈夫だいじょうぶだよ、すごくびっくりしただけだから」
「それ、大丈夫だいじょうぶなの?」
「さっ、おひるにしましょ。葉緒はおうでによりをかけた、美味おいしい料理りょうりだよ!」
 葉緒はおがそういうと恵虹けいこうくも指示しじした。
白雲丸しらくも二人ふたり一緒いっしょせていくことって出来できますか?」
「そんなの、容易たやすいことだよ。ホラ」
 くも大口おおぐちたたいて、自身じしんのもくもくの面積めんせきひろげた。
「これにってきましょう」
 たことない生物せいぶつに、葉緒はお埜良のらは、感嘆かんたんこえらした。
「スゲェ、これ、恵虹けいこうちからか?」
「はい。わたし特別とくべつちからしました」
「かわいい!」
 
 三人さんにんくもった。すると、埜良のらくもをかざした。
 これに恵虹けいこうたずねた。
埜良のらさん、なにしてるのですか?」
 しかし、埜良のら得意気とくいげかおをするだけでなにこたえない。やがて、白雲丸しらくもまるは、はいながしまれたかのようにくらにごり、ビリビリと電気でんきまとった。ようは、雷雲らいうんしたのだ。
「できたっ! 白雲丸しらくもまるあらため、雷雲丸らいうんまる!」
「ワイにかかりゃあ、どこへでも一瞬いっしゅんや!」
人格じんかくわってる!!」
 くもだから、人格じんかくじゃないだろうに。
「カッコよくなったー!」
 いきおいにまかせ、埜良のら雷雲丸らいうんまるに指示を出した。
「さあ、雷雲丸らいうんまる! このやまふもとまでって!」
まかせときィ。全速全身ぜんそく! ふもとなんかびょういたるワァ」
 どこでおぼえたからない言葉ことば使づかいをもちいて、きゅう熱苦あつくるしいやつになったな。
 その熱苦あつくるしい雷雲らいうん言葉ことばに、恵虹けいこう葉緒はおかおあおくした。
「ちょっとって、雷雲丸らいうんまる!」

七頁

しかし、もとの主人しゅじんうこともかず、雷雲らいうん野郎やろうは、ビリビリ電気でんきめて、もうスピードでった。
 
いたで」
 ふもとには、本当ほんとうびょういた。

 一人ひとりがって、「ついたー」とケラケラわら埜良のら。あとの二人ふたりは、くもうえたおれて、しばらくうごけなかった。
 
 やまくだった、しま裏側うらがわには、卵白らんぱくのようなあわ黄色きいろとりいろ砂浜すなはまひろがっていた。しおのさざめきがみみさわる。
 めた恵虹けいこうは、がり、あたりを見渡みわたす。
「ここには、なにもないみたいですけど」
 ちっ、ちっ、ちー。埜良のら調子ちょうしゆびる。
「あるんだなー、それが」
「へ?」
えないだけで、あるんです」
 葉緒はお調子ちょうしわせてった。二人ふたりぐにけてって、うみかってさけんだ。
玉兎ぎょくとさまー!」
玉兎ぎょくとー! かえったよ〜」
 すると、二人ふたりまえみちあらわれた。そのみちすすんだ大海原おおうなばらうえに、ぽつんといえっていた。
 
 そのいえから、一人ひとり女性じょせいた。葉緒はおちゃんとおなじような髪色かみいろで、みみはうさぎのかたちをしている。その身形みなりは、よるおもわす色合いろあいや装飾そうしょく襦裙じゅくんスタイル。全体的ぜんたいてきにおしとやかな雰囲気ふんいきかんじる。
 身形みなりちがいますが、おしろ石垣いしがき歴史れきしとき黒鬼くろおににこのしま襲撃しゅうげきされたあとに、一人ひとりうずくまっていた、あの女性じょせいちがいありません。彼女かのじょはきっと……。

 葉緒はお埜良のらが、玉兎ぎょくとんだそのおんなに、葉緒はおり、びついた。埜良のら恵虹けいこう近寄ちかよった。
「おかえり、葉緒はお埜良のら。そちらのものは?」
恵虹けいこうさん。旅人たびびとのおきゃくさんだよ!」
 葉緒はおがそううと、玉兎ぎょくとはにわかにハッとおどろ表情ひょうじょうった。だがすぐに冷静れいせいもどし、みななかれる。
 恵虹けいこうは、彩色さいしきつえし、「ありがとうございました」と、くもっついて消失しょうしつさせた。

「いくよっ! 『おつき食堂しょくどう開店かいてん〜!」
 
 いえなかはいると、葉緒はおただちに昼食ちゅうしょくつくりにかる。
 着物きもの内側うちがわあさり、したのは、御守おまもりだ。低明度ていめいど青紫あおむらさきふくろに、葉緒はおかみおなじ、あわ黄色きいろの「つき」の文字もじきざまれていた。
 

玉兎ぎょくとさま! 身支度みじたくお願いします!】

 葉緒はおはその御守おまもりをはさんで、パン! と合掌がっしょうした。
 すると彼女かのじょ全身ぜんしん黄色きいろひかりつつまれた。
 ひかりえると、葉緒はおは、おおきく身形みなりわっていた。
 うさみみリボンのバンダナのしたあわ黄色きいろながながかみは、れたうさぎのみみのように、ひく位置いちでツインテールにまとまっていた。
 しろ水玉柄みずたまがら割烹着かっぽうぎは、ひざたけのワンピースのようにきゅっとまって、そのうしろにはおおきなリボンがついている。
 割烹着かっぽうぎしたには二部式にぶしき着物きもので、した割烹着かっぽうぎよりもすこながめのプリーツスカートになっている。色は、紅桔梗色べにききょういろあたりの明度めいどひく青紫あおむらさき

八頁

可愛かわいいです」と恵虹けいこう歓喜かんきした。
葉緒はおちゃんの料理りょうりべられるんですね。たのしみです」
葉緒はお料理りょうりは、格別かくべつなんだよ!」
 二人ふたり料理りょうり出来上できあがりを心待こころまちにしていた。
 
 やつらのいるこのいえは、廃墟はいきょしまいえにしては、やけに綺麗きれいである。
 おおきさは三人さんにんすまうに過不足かぶそくしない程度ていどだが、まるでやしろだ。木造建築もくぞうけんちくのようだが、使つかわれている木材もくざいは、地球ちきゅうえているものではない。他所よそほしからせたやつだろう。
 葉緒はお調理場ちょうりばだって、バッチしととのっている。神月かみつきしょく聖地せいちばれてたから、そこにはちからそそいでいやがるか。
 
「おたせ。お手軽てがる美味おいしい、おつきラーメンだよ〜」
 食卓しょくたくのぼったのは、けた焼豚やきぶたとトウモロコシのつぶけた、味噌みそラーメンってやつだ。そのうえにのせた目玉焼めだまやきの黄身きみつき見立みたてているのだろうが、太陽たいようかみしんじるやつがこれをつくれば、お陽様ひさまラーメンとでも名付なづけているだろう。
 つうか、案外あんがい素朴そぼくだな。まあ、昼飯ひるめしなんて、こんなもんか。
「わぁ〜。おつきラーメンだ〜!」
「ラーメンはきです」
 埜良のら恵虹けいこうは、をキラキラとかがかせていた。ラーメンごときに大袈裟おおげさだと思うがな。
 
「いただきます」と合掌がっしょうし、はしって、葉緒はおちゃんのラーメンをいただく。つややかな黄身きみ目玉めだまり、とろとろなが卵液らんえきをラーメンのしるからませる。そして、めんをトウモロコシ ごとたばげ、くちはこぶ。つるつるすすげて、そのすべてをくちふくめる。
 くちなかいっぱいにはいっためんやトウモロコシをモグモグと咀嚼そしゃくする。
恵虹けいこうさん」と葉緒はおちゃんにこえをかけられた。なんだろうとかおをあげると、彼女かのじょ自身じしんのもつ特別とくべつちからもちいて、ひかかがひものようなもので、わたしかみった。
「これで、かみ邪魔じゃまになりませんよ」
「……ありがとうございます」
 葉緒はおちゃんにおれいい、くちなかのものをゴクリとんだ。
 わたしおもわず、見開みひらいた。
美味おいしいです!」
 埜良のらさんはった。
「おなかだけじゃなくて、こころたされるでしょ?」
「はい。なんだかこころ綺麗きれいになっていくようながします」
「それが葉緒はおつ、つきちからさ」
「これが……」
 わたしはまた、めんすすった。つるつるすすってって、モグモグ咀嚼そしゃくし、む。これを淡々たんたんかえして、時折ときおり焼豚やきぶたかじりつつ、めんりょうらしていく。
 途中とちゅう埜良のらさんに「いいべっぷりだな」とわらわれたときは、はり身体からだっつかれたように、むずがゆいをした。
 めん焼豚やきぶたえてしまうと、はしき、うつわって、しるむ。トウモロコシも一緒いっしょんだときつぶだけをのこして、シャキシャキ咀嚼そしゃくする。
 ついにしるをもし、トウモロコシの一粒ひとつぶすらのこっていないそらうつわを、つくえうえいた。
「ご馳走ちそうさまでした」と合掌がっしょうした。
恵虹けいこうさんていると、清々すがすがしい気持きもちになります」と葉緒はおちゃんは、のほほんとした面持おももちでった。
 葉緒はおちゃんまで……。

九頁

昼飯ひるめしったあと恵虹けいこう玉兎ぎょくとからはなしちかけられた。玉兎ぎょくとのやつは、昼飯ひるめしってるときも、ずっと不満ふまんげなかおをしていたから、予感よかんはしない。

恵虹けいこう殿どのすこし、うかがいたいことがあるのですが」
「……なにでしょう」
彼方あなたはどうして、たびたのですか?」
「……ひろ世界せかいてまわりたいとおもったからです。おさなころからとおいところへってみたいというおもいはありました。それが、とある紀行文きこうぶんんで、その人物じんぶつあこがれ、わたしもそうなりたいとおもいました」
 おな空間くうかんいていた葉緒はおが、恵虹けいこうたずねた。
「その紀行文きこうぶんひとって、どんなひとなの?」
飯次郎めしじろうという、料理人りょうりにんです」
料理人りょうりにん!?」
かれは、十六じゅうろくとき故郷こきょうて、世界中せかいじゅうくにしま冒険ぼうけんし、出会であった人々ひとびと料理りょうりって、みんなを笑顔えがおにしたそうです」
 恵虹けいこうのこの言葉ことばいて、葉緒はおひとみはきらりとひかりった。
料理りょうりでみんなを笑顔えがおに……」
十六じゅうろくって、いま葉緒はおとおんなじだな」と埜良のらった。
飯次郎めしじろう殿どのは、最高さいこう旅草たびくさです」
旅草たびくさ?」
旅人たびびとのことです。民草たみくさのように、ひとくさたとえた言葉ことばです」
「でもなんでくさ?」
雑草ざっそうのようにいっぱいいるからじゃないですか?」
ざつだな!」
 
 バン! と葉緒はお食卓しょくたくたたいた。

恵虹けいこうさん、葉緒はお旅草たびくさになりたいです! 恵虹けいこうさんのたび一緒いっしょっていいですか?」

 恵虹けいこうかおて、たび同行どうこう志願しがんした。
葉緒はおくなら、アタシもともくよ」
葉緒はおちゃん、埜良のらさん……」
 恵虹けいこうこたえをまえに、くちはさんだのは玉兎ぎょくとのやつだ。
「ダメだ。二人ふたりたび同行どうこうは、ゆるさない」
 きびしい口調くちょうで、二人ふたり希望きぼうちはだかる。これにとっさに反発はんぱつしたのは、埜良のらだった。
「なんでだよ! 玉兎ぎょくとめることじゃないだろ!」
 葉緒はおも、玉兎ぎょくとたのんだ。
玉兎ぎょくとさま、おねがいします! わたし、自分じぶん料理りょうりをたくさんのひとたちにべてもらいたいんです!」
「ダメだ。おまえたちを危険きけんわせるわけにはいかない」
「ですが……」
「いいから、わたしうことをいていなさい! おまえたちのためをおもってってるんだ!」
 この一言ひとことに、葉緒はお埜良のらくちをつぐんだ。
 そこへ、恵虹けいこうくちひらいた。
二人ふたり気持きもちもまず、なにが『おまえたちのため』ですか」
五月蝿うるさい。うまほねくちはさむな」

十頁

それから、玉兎ぎょくと恵虹けいこうおもてるよううながした。葉緒はお埜良のらにはいえにいるよう命令めいれいくだした。 
 
 玉兎ぎょくと恵虹けいこうは、いえて、とりはま対峙たいじする。当然とうぜん葉緒はお埜良のらは、いえくちからひょっこりと二人ふたり様子ようすのぞた。

 
「さて、石暮いしぐれきょう
 玉兎ぎょくとのやつは、恵虹けいこうせいいみなんだ。やつのまえではだれも、そのくちにしていない。
「どうしてそのを?」
其方そなたならかるだろう」
 玉兎ぎょくとのやつはそううと、全身ぜんしん黄白こうはくひからせ、ぐんぐんとおおきくしていった。仕舞しまいには、恵虹けいこう五倍ごばいじゃくおおきさになった。
 あわ黄色きいろと、明度めいど彩度さいどひくあおころもまとい、あたまうさぎのものに変貌へんぼうした。
 
 ああ、そうだ。やつこそが、壁画へきがえがかれていたつきかみ月夜つくよだ。

 やつのあまりのデカさに、少々しょうしょう怖気付おじけづいた恵虹けいこうのやつは、【彩色さいしきつえ】をとりかまえた。
 のぞている葉緒はお埜良のらは、固唾かたずんだ。
「やはり、彼方あなたつきかみだったのですね」
づいていたのか?」
「はい。一目ひとめときから、かんづいていました」
「そうか。其方そなたのこともわたしっている。かみ役目やくめみずからをしんじるもの日々ひび様子ようす見守みまもることだからな。いまから十七年前じゅうしちねんまえ其方そなた故郷こきょうである猫石ねこいしに、二人ふたりわたし信者しんじゃおとずれた。かれらは随分ずいぶんと、其方そなた世話せわになった」
つきしんじていなかったものわせれば、三人さんにん。いや、四人よにんです。かれらとの出会であいは、わたし運命うんめいおおきくえました」
「それゆえ最初さいしょをここにしたのか」
「はい。飯次郎めしじろう殿どの故郷こきょうとありましたから」
「そうか。では、はなし本題ほんだいうつす。

 恵虹けいこう其方そなたは、はなから葉緒はおたび仲間なかまくわえるつもりでたのだろう?」

 月夜つくよ核心かくしんくような一言ひとことに、恵虹けいこう衝撃しょうげきけたように見開みひらいた。完全かんぜん図星ずぼしだからだ。やつが神月かんつきしまおとずれたのは、まちさまるとともに、葉緒はお再会さいかいするためでもあった。
「そうですが、それがなにか?」
動揺どうようしているな。みじか期間きかんだったが、其方そなた葉緒はおともごしていたからな。おさな其方そなたは、赤子あかご葉緒はお心底しんそこでていた」
「そりゃあ、葉緒はおちゃんはかわいいですから」
 さらに月夜つくよは、恵虹けいこうひたい指差ゆびさした。
其方そなたあつ前髪まえがみひたいかくしている理由りゆうわたしかんづいている」
 まったく、月夜つくよのやつ、禁忌きんきれやがった。恵虹けいこうこころはさらにおおきくうごいた。グッと右手みぎてにぎめた。
ひたいかくれるそのちから使つかえば、大切たいせつ存在そんざいせま危機きき察知さっちすることができる。葉緒はおがこんなことになることもなかったはずだ」

十一頁

そのとき、ピカッとまぶしいひかりが、恵虹けいこうよことおけた。いか埜良のらいえし、月夜つくよりをらわそうとした。無論むろんりがとどまえに、やつのデカいつかまれた。まるではえころのように。

埜良のらちゃん!!」
 葉緒はおさけんだ。葉緒はおみずからも、いえからした。
玉兎ぎょくとさん! 埜良のらちゃんをはなして!」
 葉緒はお月夜つくよに、精一杯せいいっぱいうったえる。
葉緒はお埜良のらなかなさいとっただろう」
 とがめる月夜つくよに、全身ぜんしんにぎられながらも、埜良のら反発はんぱつした。
「やだね。とくにアタシは、アンタをしんじてるわけじゃないんだ。だれがアンタなんかのいなりになるものか」
「……そうか」

 これになに察知さっちしたのか、恵虹けいこう彩色さいしきつえそらした

 そして、となえた。

【お色直いろなおしです!】

 すると、杖先つえさきしろひかりともり、ひかり次第しだい恵虹けいこう身体からだ全体ぜんたいつつんだ。

 すぐにひかりえると、やつはまるで別人べつじんになったかのように、おおきな変貌へんぼうを遂げた。
 かみまわり、くちびる純白じゅんぱくまり、はだ一段いちだんゆきのようにしろっぽくなった。ころもかんしては、天使てんしるようなしろ長袖ながそでのワンピースをまとった。
 
 姿すがたえた恵虹けいこうは、すぐにわざとなえた。

 月夜つくよのやつは、一瞬いっしゅんかおゆがませたあと、苛立いらだちをつのらせ、にぎっている埜良のらよこほうげた。あのデカい力一杯ちからいっぱいげられれば、当然とうぜんとおくへ、いきおいよくんでく。
 そのうえ、やつはこれでゆるはなく、さらなる一手いってびせた。

月光弾げっこうだん
 
 てのひらからひかりたまばした。たま埜良のら直撃ちょくげきし、派手はで爆発ばくはつした。

 はますなさらい、周囲しゅうい爆風ばくふう波紋はもん怒涛どとういきおいでひろがった。葉緒はお反射的はんしゃてき着物きものそでかおおおった。それがわると、あのデカい爆発ばくはつかくとなった、埜良のらのことをおもす。

埜良のらちゃん……、埜良のらちゃん! 埜良のらちゃん!! 埜良のらちゃーーーーん!!!!」

 葉緒はお悲痛ひつうさけびが、ひびいた。砂埃すなぼこり視界しかいわるなか埜良のらのもとへけつけようとはしった。「どうか無事ぶじでいて」というねがいをきながら、あの爆発ばくはつじゃ無事ぶじではいられないという、予測よそくぎっていた。

大丈夫だいじょうぶですよ。葉緒はおちゃん」

十二頁

 砂埃すなぼこりからこえこえた。無論むろん恵虹けいこうだ。やつのこえこえるとともに、葉緒はおかう方向ほうこうから、つよかぜき、砂埃すなぼこりはらわれた。
 葉緒はお見上みあげると、そこには恵虹けいこうのやつが埜良のらかかえ、ひく姿勢しせいで、つえかまえていた。しろだったかみは、ふかみどりまっていた。

かぜちから—— おはらい】
 これが、恵虹けいこう使つかう【いろちから】のしん領域りょういき彩色さいしきつえで、しろ姿すがた変身へんしんすれば、かぜみずかみなりなど、ほかかみしんじるやつが使つかわざは、全部ぜんぶ使つかうことができる。やつの想像力そうぞうかぎりだがな。わざは、使用者しようしゃあたまおもえがいたものを発現はつげんする。
 
 やつのうごきはこうだ。恵虹けいこうは、月夜つくようごきを察知さっちして、即座そくざ変身へんしん。すぐに【かみなりちから】の迅速じんそくはやさで瞬発的しゅんぱつてきうごき、埜良のらうけめ、せまる【月光弾げっこうだん】をまもりのかべ創造そうぞうしてふせいだ。
 この一連いちれんうごきがわるまで、そう時間じかんはかかっていない。比喩ひゆでもなく、まばたきするあいだ出来事できごとだった。
 そんでまいがる砂埃すなぼこりを【さけちから】ではらけたということだ。

 これがいろちからだ。宇宙一うちゅういちちからだ。たかこの野郎やろう

恵虹けいこう……」「恵虹けいこうさん……!」

 おどろいたつらをした月夜つくよのやつが、恵虹けいこうたずねた。
其方そなた……そのちから……」
しきちからです」
 恵虹けいこうは、月夜つくよちかづきながらった。
いろ!? 色彩しきさいの宇宙うちゅうさまちからをなぜ……」
わたしまえあらわれたのは、しきという、小憎こにくたらしいかおをした白猫しろねこですが」
 小憎こにくたらしいとはなんだ、この野郎やろう
「それは十中八九じゅっちゅうはっく色彩しきさいさまだろう。しろいろちから象徴しょうちょうするしき色彩しきさい宇宙そらさまは、この世界せかいつくった創造そうぞうかみ其方そなたちからは、想像力そうぞうりょくかぎなにもかもをつくすことのできる、全能ぜんのうちからだ。そのような強大きょうだいちからて、其方そなた一体いったいなにがしたい」

まもりたいものをまもりたい」

「そのまもりたいものとは、葉緒はおのことだろう。なぜ埜良のらを?」
まえ危機ききひんしているひとがいるのに、だまって見過みすごすことなど、わたしにはできません。
 それに、埜良のらさんは、ずっとながあいだ葉緒はおちゃんのそばにいて、まもってきてくれました。葉緒はおちゃんの大切たいせつひとは、わたしにとっても大切たいせつひとです」
恵虹けいこう……!」
「それに、いろちからは、ひとこころいやちからです。ひときずつけるためには、使つかいたくありません」
 恵虹けいこうは、せつなげなかおで、両手りょうてかかえる彩色さいしきつえやった。

 そして、するど眼差まなさしで、月夜つくよ見上みあげた。
わたしほうからも、きたいことがあります、玉兎ぎょくとさま彼方あなたつきちからも、ひとたすけることができるちからです。飯次郎めしじろう殿どのは、つきちからあやかって、そのちから料理りょうりい、おおくのひと笑顔えがおにしてきました。葉緒はおちゃんのラーメンをべたとき、こころそこかられていくような、清々すがすがしさをかんじました。
 ひと笑顔えがおにすることができるちからを —— どうしてひときずつけるため使つかうのですか?」

十三頁

わたしは、つきかみだ。わたしあがものたすけるのが、かみ役目やくめ。そうでないもの世話せわいてやる義理ぎりはない。つきではなく、かみなりちからしんずる埜良のらのことなど、どうでもいことだ」
夜空よぞら堂々どうどうかぶ満月まんげつていると、自分じぶんまでおおきくなったようにおもえます。でも、そのおおきなちからつかさど神様かみさまは、ここまでちいさいのですね。まるで、かげおお三日月みかづきのようです。まあ、三日月みかづきだってとてもうつくしい……」
 あとちょっとでえるところで、なにかを察知さっちした恵虹けいにじは、瞬時しゅんじよこけた。

月光弾げっこうだん!!】

 直後ちょくご埜良のらばした、ぜるひかりばしてきやがった。
うるさい、だまれ」
 どうやら、やつの傷口きずぐちれちまったみてぇで、本気ほんきになった。

精強せいきょうつわもの

 まえにかざす。そのさきに、黄色きいろ楕円だえん空間くうかんあらわれ、そこから武装ぶそうした筋骨粒々きんこつりゅうりゅうの、イカつい兎人とじんへい二体にたいあらわれれた。
 月夜つくよのやつは、うさぎどもにめいくだした。
「そのものをやれ」
御意ぎょい
 やれやれ、月夜つくよのやつめ、マジで恵虹けいこうころでいるらしい。
 やつの一言ひとことに、葉緒はお埜良のら戦慄せんりつした。
玉兎ぎょくとさん、やめてください!!」
本気ほんきか!?」
 二人ふたりさけんだ。
「おまえたちはだまっていろ!」
 月夜つくよ二人ふたりきびしい口調くちょうった。
葉緒はおちゃん、埜良のらさん。ここはわたしまかせてください」
 恵虹けいこうも、いた口調くちょうった。
恵虹けいこう……」「恵虹けいこうさん……」
 こころつぶ二人ふたりに、恵虹けいこう得意気とくいげかおせた。
大丈夫だいじょうぶです」
 それから、月夜つくよかってった。
「かかってきなさい、月夜つくよさまわたし彼方あなたがたにはけません」
 生意気なまいき挑発ちょうはつに、月夜つくよのやつはしばり、うさぎどもにめいくだす。
け!」
『はっ!』
 うさぎどもは、かかえる大斧だいふかまえ、恵虹けいこうびかかった。

うつ—— 白雲丸しらくもまる!】
 
「おっす! またオイラの出番でばんだ!」

 恵虹けいこう白雲丸しらくもまるあらわした。だが、このしま移動いどうしていたときのやつよりもややちいさく、横長よこながになっていた。
 そんなくもに、恵虹けいこうった。
 うさぎどもの、キラリとひかおの刃先はさきせまりくる。

十四頁

白雲丸しらくもまる!」
「ウッス!」
 ふたつのおのが、恵虹けいこうからだまえに、やつらはそらへとった。さながらサーフィンのごとく、均衡きんこうたもって、そらをスイスイとおよいでいやがる。
 やつをとらそこねたうさぎどもは、またもや恵虹けいこう目標もくひょうさだめ、うさぎすぐれた脚力きゃくりょく使つかって、そらおよぐやつにおのかまえた。

 一方いっぽう当然とうぜん恵虹けいこうがわも、てきうごきを警戒けいかいし、彩色さいしきつえかまえていた。

みずちから——ごく大手 おおで!】

 純白じゅんぱくあおめ、巨大きょだいてのひらかたちをした高圧力こうあつりょくみず召喚しょうかんし、そらんでせまってきたうさぎ一体いったいかえす。
 しかし、てきかず二体にたい。まだ一体いったいのこっている。

月塊げっかい

 うさぎ野郎やろうは、空中くうちゅう月石つきいしかたまりあらわし、そこにあしき、一旦いったんうしろに退しりぞいた。
 普通ふつうかみちからも、いろちから同様どうように、あたま想像力そうぞうりょくなのかを発現はつげんし、それをうごかしたりなにだってできる。無論むろんちからから連想れんそうされる範囲はんいに限る。
 しかし、こいつ、ただの脳筋野郎のうきんやろうかとおもっていたが、意外いがい利口りこうなんだな。

銀兎ぎんと

 兎野郎うさぎやろうは、なにやら小細工こざいくをしたようだ。そんでかまえの姿勢しせいり、ふたた恵虹けいこうねらう。
 
白雲丸しらくもまる! もっと後退こうたいを!」
「あいよっ!」
 白雲丸しらくもまるは、ぐんぐん加速かそくし、てきからおおきく距離きょりる。
「……! やっぱみぎへ!」
「あいっ!」
 やつらがおおきくみぎれてすぐ、そのよこうさぎ神速しんそくはやささで、とおぎていった。
あぶなかった!)
 あのまま、後退こうたいつづけていては、やられていた。

 またしてもとらそこねた兎野郎うさぎやろうだが、まだあきらめるつもりはないらしい。んださきにも【月塊げっかい】をつくって、足場あしばにし、また目標もくひょうかってねる。
 今度こんど余裕よゆうって、ひだりかわした。うさぎはそのさきでも足場あしばつくって、またねる。無論むろん、これもかわされる。

植物しょくぶつちから —— 拘束樹こうそくじゅ!】
 
 今度こんどふかみのある黄緑きみどり萌黄色もえぎいろかみめると、地面じめんから樹幹じゅかんらしきものをふたやし、ぐんぐんばして、兎野郎うさぎやろうからだに、へびごときついた。るからに頑丈がんじょうなやつで、拘束こうそくされたうさぎもがこうとも、びくともしない。
 やっと一体いったいうごきをめて、一息ひといきつく恵虹けいこう

恵虹けいこうあぶない!」

十五頁

 そうさけんだのは、埜良のらだ。というのも、さっき恵虹けいこうのやつにとされたほう兎野郎うさぎやろうが、弓矢ゆみやつくって、やつをねらっていたのだ。ちょうど、やつのうごきがまったいまねらいもさだまり、はなたれる。
 —— が、それをよこからさえぎったのは、埜良のらだ。

埜良のらさん!」
埜良のら……!」
 月夜つくよは、め、埜良のらをギロっとにらんだ。。
恵虹けいこう、こいつはアタシにまかせて。やられっぱなしは、くやしいからさ」
「……では、ひとつ。たおすのではなく、うごきをふうじてください。そっちのほう容易たやすいとおもいます。あぶなくなったら、助太刀すけだちまいります」
「わかったよ」
 埜良のらゆずった恵虹けいこうは、くもうごかし、葉緒はおのところへった。

「さあて…… 、ここからはアタシが相手あいて兎兵うさぎへい
 
 下衆げすくニヤついためんで、こぶしてのひらわせてはなった。
 それにたいして、兎野郎うさぎやろうった。
拙者せっしゃは、其方そなた相手あいてをしろとのめいけていない」
 これに月夜つくよのやつはった。
かまわない。わたし苛立いらだたせるものは、皆排除みなはいじょせよ!」
「はっ!」

玉兎ぎょくと

 めいけたうさぎは、恵虹けいこうたたかってたやつも使つかっていたわざ使つかい、埜良のらかって、光速こうそくはやさでびかかった。埜良のらはヒョイとがって、軽々かるがるとそれをわした。そのも、ひかり同士どうし接戦せっせんひろげた。

わたちからもないのに、あの速度そくど見切みきれるなんて……)

 埜良のらたたかいの様子ようすていた恵虹けいこうは、感心かんしんしたかおをしていた。
「……ごめんなさい」
 そのとなりで、葉緒はおうつむきつつ恵虹けいこうあやまった。
「わたしがたびきたいとったばかりに……」
 葉緒はおは、ぽろぽろとなみだをこぼしていた。
かおげてください、葉緒はおちゃん」
 恵虹けいこうは、やさしくこえをかけた。それから、くもりて、葉緒はおまえかがんだ。
「あなたのせいではありません。あこがれをつこと、なにかをのぞむことは、けっしてわるいことではないのですから。
 ですが、なにかにあこがれ、なにかをのぞんだときかならずとっても、それを否定ひていするものあらわれます。それは悪意あくいか、善意ぜんいか、未知みちなるものへの恐怖心きょうふしんか、それは様々さまざまですが、そのどれだったとしても、えることはひとつ。
 
 葉緒はおちゃんの人生じんせいは、葉緒はおちゃんのものなんです。

十六頁

 ですから、あなたがどうきようが、それがあくみちでもなければ、他人たにん口出くちだしされる筋合すじあいなどありません。たとえそれが、ながあいだ自分じぶんそだててくれたおやだろうが、結局けっきょく他人同士たにんどうしなんです」
(あ、でも、玉兎ぎょくとさま神様かみさまですから、他神たしん?)
 恵虹けいこう言葉ことばいた葉緒はおは、なみだれるつぶらひとみをきらきらとかがやかせていた。
「……わたしも、『世界せかいたびしたい』というゆめは、両親りょうしんには応援おうえんしてもらいましたが、それ以外いがいひとたちからは、否定的ひていてきなことをたくさんわれました。しかし、ちちいました。

まわりが否定ひていしてくるということは、それほどあなたの挑戦ちょうせんあたらしくて、かがやいてえるということの裏付うらづけでしょう。むねってきていればいのです。きょう人生じんせいきょうのものですから、だれかのいなりになる必要ひつようはありません』

 葉緒はおちゃんは葉緒はおちゃんらしく、しんじるみちすすめばいいのです」
 恵虹けいこうつよさもかんじる微笑ほほえみに、葉緒はおはまた、ぽろぽろとなみだながした。

 二人ふたりのやりとりをとおくからていた月夜つくよのやつは、ぐっといしばり、こぶしにぎめた。
 
 恵虹けいこうは、埜良のらたたかいのほうをやった。そしてがり、くもった。
埜良のらさん、大丈夫だいじょうぶですか!?」
平気へいき平気へいき! かすりきず程度ていどだから!」
 玉響たまゆらあいだひろげられた光速戦闘こうそくなかで、ほおにかすりきずつくっていた。
 また兎野郎うさぎやろうおのかわした埜良のら

必殺ひっさつ雷虎らいこデンデン!!】

 全身ぜんしんだいひろげると、そのまえとらしたかみなりが、轟音ごうおんともなって突進とっしんした。
 雷虎らいこうさぎらえると、うさぎは「ギャー」とさけんで、たおれた。
「ちょっと、埜良のらさん!」
 轟音ごうおんみみふさいでいた恵虹けいこうは、たおれたうさぎて、埜良のらせまった。
大丈夫だいじょうぶだよ。なないかみなりだから」
 埜良のらは、呑気のんきった。すると、たおれたうさぎもどし、がった。
恵虹けいこう、とどめだよ!」
「は、はい!」

あおとばり
 
 彩色さいしきつえかまえ、埜良のらたたかっていたほううさぎ周囲しゅういをぐるっとまわる。するとうさぎまたたあいまあお世界せかいめられた。
 兎野郎うさぎやろうからた世界《せかい》の、天上天下てんじょうてんげ四方八方しほうはっぽうが、青一色あおいっしょくなにもない真青まあお世界せかい。この世界せかいでやつは、あおといういろ壮大そうだいさやつめたさ、憂鬱ゆううつさなんかを、きもうちからじんわりじんわりとあじわっていることだろう。そんで、おのれのちっぽけさや、おろかさをかみしめているだろう。
 恵虹けいこうは、やつ自身じしんとらえたほう兎野郎うさぎやろうにも【あおとばり】をった。

「やったのか? 恵虹けいこう
「はい。もう戦意せんいは、なくしているでしょう」
 耳栓みみせんはずした恵虹けいこうこたえをいて、埜良のらせてわらった。
「よっしゃあ! 兎兵うさぎへいたおしたんだな! 葉緒はおー!」

十七頁

ねるようによろこんで、すぐさま葉緒はおのもとへった。
 そして、恵虹けいこうはまた、月夜つくよのやつと対峙たいじした。
「さて、玉兎ぎょくとさまうさぎたちにはちました。つぎ彼方あなたばんです」
 月夜つくよのやつは、かおあかくし憤慨ふんがいした。
なん小細工こざいくかはらないが、かみあなどるでないぞ!!」
「では、彼方あなたためしてますか?」
 そうって、恵虹けいこうくもって、そらがった。

「ちょっと、ってください!!」
 
 さけんだのは葉緒はお堂々どうどうとした面持おももちで、月夜つくよまえちはだかった。
葉緒はおちゃん……!」

玉兎ぎょくとさま。わたし、恵虹けいこうさんと一緒いっしょたびがしたいです。このしまはなれたさきにはなにがあるのか、このてみたいです」
何度なんどえばかる? ゆるさないとっているだろう」
「わたしの人生じんせいは、わたしのものですから、玉兎ぎょくとさんにみとめてもらえなくたって、もうつきちから使つかえなくたって、それでも葉緒はおは、絶対ぜったいく!!」
 葉緒はお真剣しんけん眼差まなざしに、月夜つくよのやつはそのふるわせた。

(あぁ、葉緒はお、そのをやめて。あのかおかぶ……)
 
月夜つくよさま、オレは世界せかいたびしてみてぇ。あの水平線すいへいせんこうにはなにがあるのか、このてみてぇんだ」

『アンタのちからりれば、こわいものなんて何一なにひとつねーだろ?』

 無邪気むじゃきかがやいていたあの笑顔えがおかれて、まだ十六じゅうろくどもにわたしちからさずけた。
 あの笑顔えがお料理りょうりさいもあって、先々さきざきで、種族しゅぞくわず、おおくのひとかれていた。

 百年前ひゃくねんまえの、黒鬼くろおにめてきたあのよるわたしなにもできなかった。
 あのよる、いつものようにあかるくにぎわっていたまちながめていたら、突然とつぜんまえやみおおわれた。

『やあ、月夜つくよねえさん。ひさしぶり』

 まえには、幾星霜いくせいそうかれたおとうとがいた。

『……闇奈緒やみなお!?』

 やみかみ闇奈緒やみなおだ。
 その姿すがた異様いようなまでに細長ほそながい。うであしくびながさは、常人じょうじん倍近ばいちかくあり、うしがみひざとどくくまでのながさで、へびごとくうねった前髪まえがみは、かお中央ちゅうおうおおい、胸元むなもとまでびていた。
 かみゆえに、みずからのおおきさなどいくらでもえられるが、そのとき闇奈緒やみなお身長しんちょうさんメートルにとどかんとするほどだろう。
 なにより、かれおおきな特徴とくちょうは、黒色くろいろだ。

十八頁

 この世界せかいに、本当ほんとう黒色くろいろ存在そんざいしない。色彩しきさいさまが「不吉ふきつ象徴しょうちょう」としてきらっており、ふうじられていた。世間せけん人類じんるいくろいろは、あかももあおといった有彩色ゆうさいしょくの、明度めいどげたダークカラーがほとんどだ。
 黒色くろいろやみちから象徴しょうちょういろやみおもに、のろいやものなど、不吉ふきつなものをつかさどる。

 色彩しきさいさまきらわれ、幾星霜いくせいそうあいだ封印ふういんされていたちから
 
 それがなんらかの理由りゆうかれたのだ。

『いやぁー、ぼくうれしいよ。ながながねむりから目覚めざめたんだ。それでぼくめたのさ、この世界せかいぼくのものにするって。ぼく二度にどねむらされないような、最高さいこう世界せかいを』

 かれはな距離きょりまでって、わたしあごれてった。

よろこんでよ、ねえさん。可愛かわいおとうと時代じだい花開はなひらくんだから。陽霊ひるめねえさんと一緒いっしょにさ』

 ようややみから解放かいほうされたときには、にぎわっていたまちえ、廃墟はいきょまちがそこにあった。
 わたししたってくれたたみたちも、料理りょうりあじわっていたあの笑顔えがおも、だれもいない。見上みあげれば、青空あおぞらひろがっていて、いままでの記憶きおく全部ぜんぶ一夜いちやゆめだったかに思えた。
 だがあのは、このとき無邪気むじゃき笑顔えがおたびをしていた。それが胡蝶こちょうとなってばたくわたしこころ現実げんじつへとたたとした。
 
 あの笑顔えがおが、いまでもわたしこころ穿うがつ。

(おおねい。葉緒はお、おまえまでわたしまえからいなくならないで ——)

葉緒はお……」

『—— そのおおきなちからつかさど神様かみさまは、ここまでちいさいのですね』

 そうだ。あれは図星ずぼしだ。わたしこころはとってもちいさい。穿うがって、穿うがって、穿うがつづけて、いつのにか、ちっぽけなものになっていた。

 そもそもわたしは、つきかみであれるうつわではないのかもしれない。肝心かんしんときやくてないで。
 こうして、おおきくなっているのも、虚栄きょえいるためか。

 むなしい。むなしい。

 するとなんだか、こころがボッとげたように、あたたかく、あつくなった。まるで直接ちょくせつびているようなになった。

 「月夜つくよさま!」

 かおげれば、そこには恵虹けいこうがいた。入道雲にゅうどううえっていた。ずっとまわしていたあのくもを、ここまでおおきくしたのだろう。わたし目線めせんおなたかさにっていた。
 ふとよこてみれば、あざやかな赤色あかいろころもわたしかたかっていた。まって仕舞しまえば、より一層いっそう身体からだがじんじんとあたたかくなった。とても心地ここちい。かれいろちからにやられたか。
 かれやさしい声色こわいろった。
彼方あなた一緒いっしょきませんか?」

十九頁

 そのとき、ピカッとまぶしい一閃いっせんあらわれた。埜良のら葉緒はおかかえてんできた。
「アンタもなよ、玉兎ぎょくと!」
葉緒はおたちと一緒いっしょに、旅草たびくさになりましょ!」

 ドシン!

 月夜つくよのやつは、ひざからくずちた。ぽろぽろとなみだをこぼしながら、黄白きしろひかりってその姿すがたちいさくした。
白雲丸しらくもまるちいさくなれますか?」
 恵虹けいこうくも命令めいれし、段々だんだんちいさくしていって、仕舞しまいにはぴょんとりた。
 
 った三人さんにんは、変化へんげした月夜つくよかたちおどろいた。

『か、可愛かわい!!』

 なんとやつは、二頭身にとうしんしろいチビうさぎになっていた。やつはまりわるつらで、もじもじった。
たいしたうつわってないが……いか?」
 みなよろこんでむかえた。

 
 その厄介やっかいになったおびとして、いえなかもどり、みな一服いっぷくすることになった。
月苺つきいちごちゃだ」
月苺つきいちご?」
わたし特製とくせいいちごだ。つきのように黄色きいろいちごで、それをべたり、ものにしたりして摂取せっしゅすれば、どんな怪我けが病気びょうきなおし、こころ不調ふちょうもすぐに浄化じょうかする。そのままでは酸味さんみつよいから、ちゃうすめてむ」
万能薬ばんのうやくですね」
玉兎ぎょくとはいっつもそれんでるよな〜」
 された飲料いんりょうをさっそくんで、埜良のらった。月夜つくよ苦笑にがわらいでった。
「これをむと、気持きもちがらくになるからな」
 このこたえをいた恵虹けいこうは、苦々にがにがしい気持きもちになった。
 
 わたしも、月苺つきいちごちゃをいただく。
 かるくおちゃをすすると、おちゃふか風味ふうみに、レモンのような甘酸あまずっぱさが加算かさんされたような、真新まあたらしいあじわいがあった。
 おちゃ体内たいない浸透しんとうすると、なにやらちから発揮はっきされ、身体からだ疲労ひろうをキレイさっぱりしていった。
すごい。疲労ひろうすらもきれいさっぱりしてしまうのですね」
 埜良のらさんをれば、ほおきず完璧かんぺきなおっていた。

 怪我けが疲労ひろう回復かいふくしたところで、いよいよ神月かんつきしまわかれをげる。
 玉兎ぎょくとさまは、ちいさなうさぎ姿すがたになって、葉緒はおちゃんのうでなかおさまった。かたについては、彼女かのじょのおねがいで、玉兎ぎょくとぶことにした。

二十頁

 しかし、玉兎様ぎょくとさま神様かみさま神様かみさま役目やくめは、信者しんじゃをはじめとする人々ひとびと見守みまもり、とき窮地きゅうちものあれば、すくいのべる。ただし、まえこうともせず、努力どりょくしようともせず、怠惰たいだたすけをもとめてばかりいる愚者おろかものにはけっしてべない。 
 あいあるきびしさというものだ。
 ようは、このさきたび多少たしょうのトラブルにまれたとしても、安易あんいにそのちからにすがりつくことはできない。一回いっかいでもそんなマネをしてれば、わたし玉兎ぎょくとさまからの信頼しんらいち、なにこるかわからない。
 無論むろん多少たしょうのトラブルくらい自分じぶんたちで解決かいけつしてせる。それをおおきくささえてくれるちからっている。
 どんな危険きけんっているかわからない、未知みちなるみちだって猪突猛進ちょとつもうしんのリスクだって、承知しょうちうえだ。それが旅草たびくさというものだ。
 

「おかえり、けい
 白雲丸しらくもまるってふねもどると、船縁ふなべりくつろいでいる白猫しろねこがいた。
ねこさんだ〜」
わったねこだな」
 そう、そいつは、ただのねこではない。ひと言葉ことばはなし、ひたいにツノがえていて、うまのような立髪たてがみえている。こいつが先程さきほどった、宇宙そらねこしき
随分ずいぶんとえれーことになってたじゃん」
 相変あいかわらずの小憎こにくたらしいニヤニヤかおけてった。自称じしょうかみよりもえらい、宇宙そらねこ」である。
 するとしきがり、わたしびかかってきた。やつの行動こうどうはもうめているが、えてじっとうごかない。

だれ小憎こにくたらしいかおだ、この野郎やろう!!!!」

 やつはそうさけび、尻尾しっぽなぐりかかってきた。わたしはそれをヒョイとけ、しきはそのまま、重力じゅうりょくられて落下らっか
 葉緒はおちゃんと埜良のらさんは、しきにかけ、白雲丸しらくもしたのぞいた。
ねこさん!」
「だ、大丈夫だいじょうぶか?」
大丈夫だいじょうぶですよ。あいつはただのねこじゃないので」
淡白たんぱくだな、アンタ……」
 しきのことはにせず、ふねんだ。

 するとパッと、しきあらわれた。
「まったく……」
 摩訶不思議まかふしぎ現象げんしょうに、葉緒はおちゃんと埜良のらさんはまるくし、呆気あっけられていた。
 おどろいたのは、玉兎ぎょくとさま同様どうようだった。葉緒はおちゃんのうでなかからえて、しきのすぐそばにあらわれた。
「あ、あの……」
「おお、月夜つくよ。おまえ随分ずいぶんくるっていたな。もうすこひどくなってたら、おれていたところだぞ」
「……」
「え? たすけるあったんですか?」
「さあな。おまえにかけたらったかもな。あんまりおれまえ出過ですぎたら、つまらなくなるだろ?」
「おい……」

 玉兎様ぎょくとさまは、戸惑とまどっているのか、さっきまでとはってわって、随分ずいぶんへりくだった様子ようすでいた。
「あの、色彩しきさいさまられますか?」
いましきとおしてる。おまえもそうしてくれ」
「……御意ぎょい

 このふねは、わたし金銭きんせんをためて購入こうにゅうした、大型おおがた木造船もくぞうせんである。それをいろちからわたしこのみのいろげた。
 ふねのどなかつらぬ帆柱ほばしら天辺てんぺんには、すすき紋章もんしょうえがかれたはたかかげている。あれは、このふねふねたびすることをゆるされた、そのあかし。あれがなければ、わたしたちは海賊かいぞくとなりおおくのひとあやしまれてしまうことだろう。
 そしてわたしは、彩色さいしきつえ右手みぎて空高そらたかかかげてさけんだ。

虹色にじいろたい集合しゅうごう!」

虹色にじいろたい!?』

 すると、『ウィー!』と複数ふくすうこえこえ、わたしまわりに、全身ぜんしん一色いっしょくまった七人しちにんあらわれた。
 わたしかれらをあたらしく旅仲間たびなかまになったみんな紹介しょうかいした。
紹介しょうかいします。かれらはこのふね操縦そうじゅうまかせている、虹色にじいろたいです」
 葉緒はおちゃんと埜良のらさんは、まるくしてかれらをじっとた。
「かわい〜」
恵虹けいこう、それホントすごいちからだよなー」
 そこに、けいこうもどってきたしきくちはさんだ。
「そいつらの色合いろあわせが、虹色にじいろのあれだから “虹色隊にじいろたい” って、安直あんちょくすぎるよなー」
 しき無礼千万ぶれいせんばん一言ひとことに、葉緒はおちゃんはくびかしげた。
「え、そう? 虹色にじいろだし、葉緒はおはかわいいと思うけど」
 ありがとう、葉緒はおちゃん。
「……馬鹿ばか女郎めろうめ」
 
 なおして、虹色隊にじいろたい隊員たいいん紹介しょうかいをする。
 全身ぜんしんかれ赤太せきた橙色だいだいいろかれ橙太とうた黄色きいろかれ黄太おうた緑色みどりいろかれ緑太りょくた青色あおいろかれ青太せいた藍色あいいろかれ藍太あいた
名付なづけテキトーぎね?」
 埜良のらさんにまでわれてしまった。
「えー? かっこいいじゃん」
 葉緒のらちゃんの純粋じゅんすいやさしい一言ひとことが、すこにしみた。ありがとう、葉緒はおちゃん。
「……マジか!?」

「そして最後さいご紫色むらさきいろ紫太むらさきです!」
「シタじゃねぇの?」
語呂ごろわるいじゃないですか」

 七人しちにん全員ぜんいん紹介しょうかいえたところで、いよいよ出航しゅっこうする。虹色隊にじいろたいのみんなのキビキビとしたはたらきによって、ふねうごく。
 葉緒はおちゃんと埜良のらさんは、ながらしてきたしまかって、盛大せいだいった。
『じゃーーねーー!!』


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