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【小説】 旅草 ——恵虹の故郷 猫石


一頁

 わたしには、けっしてひとさらすことが出来できない秘密ひみつがあった。わたしあつ前髪まえがみの、そのこうにあるもの。

 わたしけ、そとると、甲板かんぱんでは葉緒はおちゃん、埜良のらさん、葉緒はおちゃんのうでなかにいる玉兎ぎょくとさまが、しきなにやらはなしていた。
 しきのやつの一言ひとことが、わたしみみ真一文字まいちもんじつらぬいた。

けいのやつな、あいつなんだ」

!?」
?」

しき!!!」

 わたしは、いそいでかれらのところにり、しきのほお目掛めがけててのひらろす。だが、しきはそれをするりとかわした。
なに勝手かってはなしてるんだ! 極秘機密ごくひきみつだってことはってるでしょう!?」
「こいつらは、一緒いっしょたびする仲間なかまなんだろ? はな義理ぎりがあるとおもうぜ」
 もっともなぶんだが、それでも、ひとにこの秘密ひみつられるのは、こわい。つぎ言葉ことばつからないまま、わたしは、ふたた船内せんないはいった。
恵虹けいこう!」「恵虹けいこうさん!!」
葉緒はお埜良のら、もうすこはなしいてくれ」
「いいのか? 恵虹けいこういやがってたけど」
「それでもおまえたちには、ちゃんとってもらう必要ひつようがある」

 恵虹けいこうのやつがなかもったあとでも、おれ二人ふたりに、のことをはなした。
「あと、葉緒はお、ただひとせるだけじゃあ、爆破ばくはなんてきん」
「え!?」
「あれは、けいいたうそだが、まあ、あながち間違まちがってもいねーな」
「どういうこと?」
 葉緒はおのこの疑問ぎもんには、月夜つくよ説明せつめいした。
出生率しゅっしょうりついちじるしくひくい。一年いちねん一人ひとり二人ふたりまれないとしだってある。めたる超能力ちょうのうりょくくわえて、この希少性きしょうせいうら市場いちばされば高値たかねがつく」
うら市場いちば……』
鬼族おにぞくじゃあひとなんてめずらしくないが、おに以外の霊人れいじん兎人とじんなんかにもあらわれることがある。
 無論むろん、そいつらはおに以上いじょうめずらしくられる。けいのやつは霊人れいじん、そんなやつが市場いちばされば、バカみてーな価値かちがつく」
「そっか、恵虹けいこうがそんな価値かちのあるやつだってわたれば、あいつをねらった大事件だいじけんきるかもしれないってことか」
「だから恵虹けいこうさん、前髪まえがみながくて、……爆弾ばくだんなんて」

二頁

しきの……馬鹿野郎ばかやろう
 ここは、船内せんないおくおくもうけた、書斎しょさいけんわたし部屋へやかべ一面いちめんおお本棚ほんだなには、故郷こきょうからってきたほん沢山たくさんいている。あとは、技術者ぎじゅつしゃであるちちからおくられた、ねこ電話機でんわき時計どけい、ささやかな趣味しゅみこといている。
 それから、羽毛布団うもうぶとんのようにふかふかなソファと同等どうとうにふかふかな座布団ざぶとんわたしいま、そのふかふか同士どうしなかにうつせになって、みずらのうでうでにしてもれていた。

 わたしめたるちからというのは、普通ふつう見ることの|出来できないものがれるちから。それは未来みらい過去かこ自分じぶん記憶きおくのこっているひと動物どうぶつ視界しかいることが出来できる、とてもすごちからだ。
 でも、なんでも完璧かんぺきというわけでもない、ぎゃくにこれら以外いがいの、ふたている景色けしきることが出来できない。けることは出来できてもそれはただのハリボテで、視野しやひろがるなんてことはないし、ふたつのけながら、ちから発動はつどうするのは至難しなん千万せんばん太陽たいよう直視ちょくししたように、すべてのくらんでしまう。
 の力は完璧かんぺき無敵むてきちからではない。しかし、でないものにとってはうらやましくおもうだろう。
 あるいは、気味きみわるおもうだろう。普通ふつうひとふたつだ。おにであればひと沢山たくさんいるが、霊人れいじんふたのみ。この絶対ぜったい常識じょうしきまんいちこわもの誕生たんじょうしたとれば、いてくる感情かんじょう恐怖きょうふ一択。未知みちなる存在そんざい得体えたいれない異形いけい、もしや自分じぶんたちに不幸ふこうをもたらすのではないかという不安ふあん。そんな恐怖心きょうふしん動機どうき異形いぎょうもの排除はいじょする。
 わたしはまさに、まんいち誕生たんじょうしてしまった異形いぎょうであり、れいれず、まわりのひとたちからは距離きょりかれていた。
 もちろん、まれたときから、つねかくしている。それでもわたしは、価値観かちかんなんかがまわりとはちがっていた。「わっている」とまわりからささやかれた。直接ちょくせつわれたことも多々たたあった。

「ねぇ、なんできょうちゃんはおとこなのに、おんなのかっこうをしているの?」

「あいつ、おとこのくせに、なんでおんなみたいな格好かっこうしてんだろーな?」
気色きしょくわるい」

「なんでおまえとおちゃんとかあちゃんを、ちちとかははとかんでんの? おかしくね?」

 だめなの? なんでそんなにいけないの? べつにいいでしょ? 

 わたしって、へん人間にんげん

 いつもいえにいないちちが、久々ひさびさかえってきたときに、わたしちちった。
わたしって、へん人間にんげんですか? みんなわたしのこと、へんだって」
 するとちちは、にっこりわらってった。
「それはほまれなことですね」
「へ?」
まわりからへんだとわれるほどの異彩いさいはなものは、物語ものがたり英雄えいゆうのように、よりかがやいて見えるものです」
 このやりとりをいていたははからも、
「そうよ、アンタはアンタらしくしていればいいんだから」

三頁

 とわれたことをしんじ、わたしわたしみち堂々どうどうつらぬくと決意けついかためた。そのかたさははがねのようにかたいとはれないが、まようことはない。
 
 それでも、独自どくじみちつらぬわたしを、まわりのひとたちはあやしくおもった。大人おとなも、どもも。

 わたしまれそだった故郷こきょうは、猫石ねこいしふたつの立派りっぱ岩山いわやまふもとにある、ねこ神様かみさまおさめるであり、ほとんどの建物たてものいしでできている。まさにねこいしまちである。このまれたものはみなねこ会話かいわをすることができ、ねこ友達ともだちになることもできる。
 
 まち図書館としょかんでは、複数ふくすうどもたちが本棚ほんだなかげかくれて、こそこそとなにかをのぞいていた。
「いたぞ、ようかいだ」
「あいつ、おとこのくせにおんなみてーなカッコーしてやがって」
「しかも、いつも一人ひとりで、ほんなんてよんでてさ」
「なにかんがえてるかわかんねー」
「きみがわるい」
 かれらの目線めせんさきにいるのはわたしだ。わたしかたおぼえたころから、ほんむのに夢中むちゅうで、八歳はっさいのこのころは、空想くうそう物語ものがたり児童文学じどうぶんがく作品さくひんむのがきだった。
「こら、おまえたち」
 わたしのぞどもたちに注意ちゅういしにたのは、この図書館としょかん館長かんちょう広樹こうきさんだ。
「ここは、ほん場所ばしょだよ。読書どくしょ邪魔じゃまをするはおびじゃない」
 やさしくたしなめる広樹こうきさんに、どもたちは不満顔ふまんがおになった。
「だって、あいつ、ようかいなんだぜ」
きょうちゃんは立派りっぱ人間にんげんだし、そんなわけで、ひと読書どくしょ邪魔じゃましていい理由りゆうにゃあなんないよ。むつもりもないならかえりな」
 よどんだどもたちは、ちぇっ、とくちとがらせて、図書館《としょかん》をった。広樹こうきさんは、まちでもめずらしい、わたしまもってくれる存在そんざいだ。すこしもあやしむことなく、やさしくせっしてくれるから、この図書館としょかん居心地いごこちい。
 時刻じこく午後ごご五時ごじまわると、図書館としょかん閉館する。閉館へいかん音楽おんがくながれると、ほんをたたんで、もとたなもどす。ちから使つかえば、このほん何処どこたなからってきたかが、正確せいかくかる。
 広樹こうきさんや司書ししょさんたちに挨拶あいさつをして、図書館としょかんあとにする。
 図書館としょかんからると、そこにはははがいた。
きょう!」
 とかるった。あたりがくらいせいでかおえづらいが、ははだということはかるので、わたしうれしくなって、「はは!」とる。
 
 わたしちちは、技術者ぎじゅつしゃ仕事しごとはげむため、あおうみ横断おうだんし、猫石ねこいしがあるあき大国たいこく黒槌くろづち対極たいきょくにあるなつ大国たいこく都市としで、おおくのときごしている。
 あまり一緒いっしょごす時間がないのはかなしいが、ちちかえってきたときには、こうで人気にんきほん道具どうぐ美味おいしいものなどのお土産みやげをたくさんってきてくれる。それはとってもたのしみであった。
 
 普段ふだんは、はは二人ふたりつないで、黄昏道たそがれみちある日々ひび見上みあげれば、青紫あおむらさきいろ橙色だいだいいろそらがあった。このそら色合いろあいをると、かぼちゃの煮物にものおもして、べたくなってしまうゆえわたしはこのそらを、こころなかでかぼちゃそらんでいる。

四頁

かぼちゃそら星月夜ほしづくよとなるころに、いえにつく。猫石ねこいしの家は、ほとんどが石造いしづくりのいえで、塗料とりょうるかえてらないかなどの工夫くふうで、ほかいえとの見分みわけをつけている。いえは、いしレンガのととのったいえ塗料っていないが、十分じゅぶんほかとのがついている。
 
 いえかえれば、ははうでによりをかけた夕食ゆうしょくっている。定食屋ていしょく料理人りょうりにんであるはは料理りょうりはとっても美味おいしい。毎日まいにち朝昼晩あさひるばんのごめしべるたびに、したしあわせになっていた。

 波風なみかぜたない平凡へいぼん生活せいかつおくっていた。いことばかりじゃないけれど、わるいことばかりでもない。しあわせかとわれれば、十分じゅうぶんしあわせであるとのこたえがるだろう。
 
 でもある。このさかいに、わたし運命うんめいふね大胆だいたんかじった。

 わたしがいつものように図書館としょかんくと、そこには見知みしらぬひとたちがいた。
 あわ黄色きいろかみしろ肌色はだの、みみとがった男性だんせい二人ふたと、黒髪くろかみ女性じょせい一人ひとり三人さんにんかれららは、広樹こうきさんとなにはなしていた。見知みしらぬひとたちに戸惑とまどって、ぼーっとかれらをていると、広樹こうきさんがわたしづいた。
「おや、きょうちゃん。いいとこにたね。なんと、このまちにおきゃくさんがたよ」
「おきゃくさん!?」
 なん変哲へんてつもないこのまちに……いや、変哲へんてつはあるものの、たいした娯楽ごらく施設しせつなんてないただの住宅地じゅうたくちに、おきゃくさんなんてそうるものじゃない。
 突然とつぜんのおきゃくさんにおどろわたしだったが、かれらのほうわたしおどろいていた。とく女性じょせいは、わたしちかづいてきて、かがんだ。
「あなた、おとこ? おんな?」
「え?」
 突然とつぜんたずねられて、わたし戸惑とまどった。返答へんとうにもこまった。一応いちおうわたしおとこであるから、そうこたえるのがただしいだろうが、おんなだとこたえてもべつかった。どっちだっていのだから、どっちかこたえろとわれるとこまってしまう。
 ハッ、と、そこでわたし質問しつもんおもいついた。
「あなたは、どっちだとおもいますか?」
 おもいがけない質問しつもんだったのか、おきゃくさんの三人さんにんまるくした。
「……おんな
「なら、それでいいですよ」」
『え!?』
 広樹こうきさんはわらった。
たしかに、きょうちゃんみたいなめずらしいけれど、一人ひとり二人ふたりくらい、そういうがいたほうなか面白おもしろいでしょう」
 広樹こうきさんの言葉ことばに、男性だんせい二人ふたりは「それもそうですね」とわらった。
 でも女性じょせいは、まだ不満顔ふまんがおれていなかった。
 
 黄色髪きいろがみ男性だんせい二人ふたりは、兄弟きょうだいで、あにほう鍋三郎なべさぶろう殿どのおとうとほう銀翔ぎんと殿どのった。この二人ふたりは、ふゆくににあるむらからなつうみはるうみ地域ちいきをいろいろめぐって、猫石ねこいし辿たどいたとはなしていた。当時とうじわたしはそのままながしていたが、いまになっておもしてみれば、何故なぜ猫石ねこいしおとずれたのだろうか。ねこいししかないあのまちにだ。三人さんにんだれかが、無類むるい猫好ねこずきか、いし愛好家あいこうかか、だったのだろうか。
 そんな様子ようすられなかったけど。

五頁

あと一人ひとり黒髪くろかみ女性じょせいは、蝶華ちょうか御前ごぜん鍋三郎なべさぶろう殿どの銀翔ぎんと殿どの二人ふたりとは、かれらのたび最中さいちゅう出会であい、二人ふたりやさしさにかれ、たび同行どうこうめたとはなした。

 かれらはわたしに、おちかづきのしるしとして、とあるほんおくった。それこそが、わたし人生じんせいおおきな影響えいきょうあたえた一冊いっさつ、『飯次郎めしじろうたび』というめい紀行文きこうぶんである。飯次郎めしじろう殿どのは、鍋三郎なべさぶろう殿どの銀翔ぎんと殿どの兄弟きょうだい祖父そふうえたる存在そんざいで、かれたび記録きろく書物しょもつにし、かれおとずれたまち図書館としょかんたみたちにくばわたった。それがかれ兄弟きょうだいたび目的もくてきだった。
 しかし三人さんにんは、当分とうぶんあいだ猫石ねこいしまちまうとった。わたしがそのわけくと「かみのおげさ」とった。かれらのかみあわ黄色きいろは、つき神様かみさま信仰しんこうしているあかしつき神様かみさまからのおげということだ。
 つまりは、玉兎ぎょくとさま指示しじによって、猫石ねこいしおとずれたということだが。なに事情じじょうがあったのだろうか。

 そして、三人さんにん一年弱いちねんじゃく長期間ちょうきかんいえりて、猫石ねこいしまちらした。まちひとたちは、異国いこくからの余所者よそものと、かれらを疎外視そがいししていたが、わたし積極的せっきょくてきかれらのもとをおとずれて、会話かいわかさねた。かれらのこれまでのたびはなし沢山たくさんいた。『飯次郎めしじろうたび』のしょんで、たびというものにつよあこがれをくようになったゆえでもある。
 鍋三郎なべさぶろう殿どのはそのあざなとおり、鍋料理なべりょうり得意とくいとしていた。なんでも、冬地域ふゆちいきあき地域ちいき朝晩あさばんにならないほどさむいらしく、そんななかべるポカポカなべは、格別かくべつ美味おいしいらしい。
 あきではそこまでさむくならないが、わたしにもそのなべってくれた。とりつくねがはいっていたり、すこからみのあるキムチなべや、多種類たしゅるい香辛料こうしんりょうもちいてつくるカリという料理りょうりなべ。どれもとっても美味おいしかった。
 

 かれらがらしはじめてからしばらくして、銀翔ぎんと殿どの蝶華ちょうか御前ごぜん結婚けっこんし、さずかった。どもがまれたのは、六月ろくがつ中旬ちゅうじゅんわらずあき陽気ようきただよあさ太陽たいよう見守みまも晴天せいてんなかで、うるわしき姫君ひめぎみ誕生たんじょうした。そのは「葉緒姫はおひ」と名付なづけられた。そう、葉緒はおちゃんである。
 
 人類じんるいであれば、たと異種族いしゅぞく同士どうしでも男女だんじょちぎりをむすび、さずかることができる。まれたどもは、両親りょうしんのどちらかの遺伝子いでんしぎ、どちらかの種族しゅぞくまれる。

 まれたその彼女かのじょ対面たいめんし、かせてもらった。
 自分じぶんいもうと誕生たんじょうしたようにおもえて、やすらかにねむるそのかおていると、いとおおしさがあふれてあふれて、大海原おおうなばらうえだいになっているような気分きぶんになった。
 いとおしさのあまり「葉緒はおちゃん」と、ついうっかり、くちからあふれてしまう。そのさかいに、てもめても葉緒はおちゃんのことばかり。学校がっこう授業中じゅぎょうちゅうも、ついついうわのそらになって、葉緒はおちゃんの可愛かわいさばかりをおもしてしまう。彼女かのじょいとおしさからか、言葉ことば語呂ごろさからか、彼女かのじょからとおはなれた場所ばしょにいても「葉緒はおちゃん」とついついくちしてしまう。

 そして、まとまった時間じかんができると、すぐさま彼女かのじょのもとへんでいった。このころはまだ、そらすべていないものの、気持きもちのうえでは、たかとびりゅうのように大空おおぞらばたいていた。

 葉緒はおちゃんにえば、わたし幸福度こうふくどうさぎねるように爆増ばくぞうし、彼女かのじょのほおをつんつんすれば、さらがりて、わたしのほおも目尻めじりもたゆんでしまう。

六頁

 時折ときおりいえからとある書物しょもつってきて、そのしょおしえをまだ赤子あかご葉緒はおちゃんにいた。それは、何千年なんぜんねんもの大昔おおむかしきた、伝説でんせつ思想家しそうかはなぶさせいおしえをまとめた教本きょうほんである。わたしおさなころちちからこのしょおしえをかれたものだ。
 はなぶさせいおしえは、ひととして基本的きほんてきながら、とても大切たいせつなもの。わたしはまだまれてもない赤子あかご葉緒はおちゃんに、はなぶさせいおしえをいくつもいた。
 それらのおしえをけば、彼女かのじょこころやさしい、立派りっぱ人物じんぶつへと成長せいちょうするとしんじていた。

「いいですか、葉緒はおちゃん。どれだけの知識ちしきたくわえ、ぐんいた才能さいのうがあっても、ひとおもじんこころがなければ、とうとひととはえません。絶対ぜったいかしてはいけないことなのです」
「あー……」
 
 また、わたし大好物だいこうぶつである、にくまんをってきたりもした。にくまんは、ははがよくつくってくれるのだが、葉緒はおちゃんのぶんもつくってくださいとたのんだら「まだ、あかちゃんだからダメだよ」とことわられた。仕方しかたなく、わたしべるぶんだけってきた。

葉緒はおちゃんもべますか、にくまん。とっても美味おいしいですよ」
「……」

にくまんなんて、まだはやいわ」と蝶華ちょうか御前ごぜんわらわれ、仕方しかたなくわたし一人ひとりにくまんを食べた。

 それほどまでに、葉緒はおちゃんをいとおしくおもっていたわたし。しかし、彼女かのじょえる時間きかんはそうながくはつづかず、彼女かのじょまれて数ヶ月すうかげつった十一月じゅういちがつ二十三日にじゅうさんにちわたし十回目じゅっかいめ誕生日たんじょうびむかえただった。この鍋三郎なべさぶろう殿どの四人よにん家族かぞくは、猫石ねこいしはなれて、たび再開さいかいする。
 
 そしてそのは、あきくに黒槌くろづち一大行事いちだいぎょうじ鯉登こいのぼり」がわれる。体長たいちょうさんメートルの巨大きょだい海鯉うみごいれがうみからおよいできて、かわのぼっていくという迫力満点はくりょくなおまつりである。最後さいごかまえるたきのぼって、大空おおぞらがったときこいりゅうして、天空てんくうくにへとんでいくという、ロマンあふれる結末けつまつむかえることもある。
 わたし実際じっさいに、たきのぼったこいりゅうになって、そらって光景こうけい何度なんどている。
 というのも、「鯉登こいのぼり」は黒槌くろづちてきにも、世界的せかいてきにも、大切たいせつ行事ぎょうじらしく、黒槌くろづち住民じゅうみんみんなりゅうになるため奮闘ふんとうするこいたちを応援おうえんしてもらうためにも、このは、仕事しごと学校がっこうも、そのおおくが休日きゅうじつとなる。
 とはいっても、「鯉登こいのぼり」が開催かいさいされる己斐戸こいど登龍川とうりゅうがわくには、結構けっこう時間じかん体力たいりょく消費しょうひすることになる。
 なにより、この行事ぎょうじ世界的せかいてきにも重要じゅうようであり、に物狂《ものぐる》いでかわのぼこいたち、同志どうしたちが次々つぎつぎ脱落だつらくしてなかでも、へこたれずにのぼってって、見事みごとりゅうになれたとき感動かんどうは、おおくの人々ひとびと勇気ゆうき希望きぼうをもたらす。くに地域ちいきわず、世界中せかいじゅうたみたちからも、あいされる行事ぎょうじであり、種族しゅぞく人種じんしゅわず、おおくのひとたちがかわあつまってくる。
 そこにはいろんなひとたちがいる。
 
 おな人間にんげんであるわたしにすら恐怖心きょうふしんいだかれらは、当然とうぜんそんなところにこうともしない。「鯉登こいのぼり」の休日きゅうじつは、かれらにとっては、ただの休日きゅうじつである。
 わたしは、自分じぶん誕生日たんじょうびということもあって、毎年まいとしのようにっている。母《はは》と一緒いっしょに、ときちちとも一緒いっしょに。
 でも今年ことしは、蝶華ちょうか御前ごぜん葉緒はおちゃんも一緒いっしょだ。鍋三郎なべさぶろう殿どの銀翔ぎんと殿どのは、出航しゅっこう準備じゅんびかって、「鯉登こいのぼり」がわったころに、二人ふたりひろって、出航しゅっこうするという計画けいかくだった。

七頁

 このとしの「鯉登こいのぼり」の会場かいじょうも、とてもにぎわっていた。たきつる登龍とうりゅうがわのその周辺しゅうへん。ズラリと屋台やたいならぶおまつさわぎっぷりで、民草たみくさたちは、もの片手かたてっていた。
 
 わたしとはちがう、べつ種族しゅぞく沢山たくさんいた。

 かぎりなくくろはだに、金色きんいろ目玉めだまうしごとがったするどつの黒鬼くろおにぞく

 トウモロコシのごと黄色きいろはだ黄鬼きおにぞく

 瑠璃るり宝石ほうせきのようなふか青色あおいろはだ青鬼あおおにぞく

 トマトをおもわせるはだ赤鬼あかおにぞく空豆そらまめごとやさしい緑色みどりいろはだ緑鬼みどりおにぞく
 
 みみがっている兎人とじんぞく立派りっぱひげたくわえているのに、ほかひとたちよりも随分ずいぶんひく土中人どちゅうじんぞくひとたちもかけた。
 同じ人間族でも、肌の色が黒糖パンの如く濃かったり、肉まんの生地のように白い人もいた。
 本当ほんとう多種多様たしゅたようたみたちがそれぞれたのしそうにしていて、そのにぎわいよう見渡みわたすのも、このおまつりのひとつの醍醐味だいごみともえる。
 登龍とうりゅうかわほとりには、かみかみひとつ、ちからつくられた、いわ特設とくせつ観覧席かんらんせきもうけられていた。これは一種いっしゅ舞台ぶたいなのである。
 わたしたちも特設とくせつ観覧席かんらんせきで、屋台やたいったものべていた。わたしはりんごあめめながら、こころはずませていた。
 
 そのとしは、一体いったいこいが、見事みごとたきのぼり、りゅうして、そら彼方かなたんでった。

 そして、わかれのときせまる。登龍とうりゅうかわ沿って、うみまであるいた。
 あおうみかぶ、一隻いっせき木造船もくぞうせんふねうえでこちらに鍋三郎なべさぶろう殿どの銀翔ぎんと殿どのかれらのよこには、見知みしらぬ黒鬼くろおにおとこうっす微笑ほほえんで、二人ふたりなにかをはなししていた。
 おとこはだだけでなく、かみひとみいろくろまっていて、そこにはつやひかり一切いっさいなかった。
 は、烏羽子とばこい、鍋三郎なべさぶろう殿どの銀翔ぎんと殿わたしたちをっているときこえをかけられ、たび同行どうこう志願しがんされたという。

 そのおとこかおてすぐ、わたしがパッとひらいた。
 見知みしらぬしまで、無惨むざんたおれている鍋三郎なべさぶろう殿どの銀翔ぎんと殿どの蝶華ちょうか御前ごぜんもりなかくう葉緒はおちゃん。
 これはちからひとつ、未来みらい予知よちだ。自分じぶん身近みじか大切たいせつおもひとたちに、こと大小だいしょうわず危険きけんせまると、その危険きけんきてしまった未来みらいが、玉響たまゆらあいだ視界しかいうつされる。予知よちした未来みらいかならこる。

 つまりかれらは……かれらとは……この船出ふなで最後さいごに、もううことはかなわないだろう。
 
 いやだ。

八頁

 はしりりゆく蝶華ちょうか御前ごぜん背中せなかに、あおざめたわたしさけんだ。
って、かないで!!」
 はしって無理むりにでももどそうとうごわたしははめた。
きょう!」
 きしめてさえるははうでなかで、必死ひっしにもがく。なみだめて、まえまえへとすすんで、わたしめるははをこじけようと必死ひっしだった。
ってはいけません! 危険きけんです! ってしまえば、みんな……!!」
 
 そのときだった。わたし周囲しゅういががらりとわった。緑一色みどりいっしょく世界せかいわたしはいた。はは蝶華ちょうか御前ごぜんも、葉緒はおちゃんも、うみふねなにもない。ただ、みどり世界せかいであった。もりなかにいるような、鬱蒼うっそうとした緑色みどりいろだ。
 ここはどこだ? そうおもったときにはみどり世界せかいえ、興奮こうふんなみだおさまって、わたしはそのっていた。
 いた蝶華ちょうか御前ごぜんは、名残なごりしそうなかおせつつ、微笑ほほえんで「またね」とった。
 またもやなみだにじんだ。その「また」はおとずれるだろうか。

 ふね見送みおくると、はははひっそりとわたしたずねた。
なにたの?」
 わたし重々おもおもしく「はい」とこたえた。
 するとははった。
かえり、にくまんっていこっか」
 この一言ひとことに、わたしこころすこかるくなった。
「はいっ」

鯉登こいのぼり」の会場かいじょうにまだのこっていた屋台やたいったにくまんをべながら、かえりの電車でんしゃっていた。

 いえかえると、ちちなつくにからかえってきていた。ちちは、猫石ねこいしおさめるねこ神様かみさま信仰しんこうしているので、頭部とうぶ猫耳ねこみみえている。人間にんげんみみのこっているため、みみ四個よんこあるが、機能きのうしているのは猫耳ねこみみほうだという。ここからさらに、ねこ、ネコ動物どうぶつになることもできる。   
 久々ひさびさとうぶかおることができたよろこびは、はかれない。残酷ざんこく未来みらいてしまったあとだったから、尚更なおさらだ。
 
 夕食ゆうしょくべたあとよるそとて、ほしまたたそらながめていたら、ほのかにひかしろちょうが、ほしまえ横切よこった。はらはらと鱗粉りんぷんとしてく、そのうつくしさに視線しせんうばわれ、ちょうあとった。
 ちょうさきは、いえうら猫御山ねこおさんすこのぼったところにある、ねこ神様かみさままつやしろだった。ここはいえからちかいし、規模きぼちいさいやしろということもあって、ひと滅多めったにないゆえんだときなどによくおとずれていた。

 やしろくと、ちょう姿すがたはなく、やしろ屋根やね見慣みなれないねこがいた。ここはねこ神様かみさままつやしろだということもあり、ねこがよくあつまるが、ないかおだった。
 そのねこ数秒すうびょうわたしかおをしかめた。三日月みかづきごとわらくち全体的ぜんたいてきひと馬鹿ばかにしているようなそのかおが、小憎こにくたらしかった。
 小憎こにくたらしいかおのぞけば、さっきのちょうごとあわひかしろ毛並けなみ、ひたいにかなり成長せいちょうしているたけのように、ピンとするどびたかどうつくしい。

九頁

 ねこわたし見下みおろしてった。
よろこべ、小僧こぞうおれがおまえ守護しゅごになってやる」
 突然とつぜん一言ひとことに、わたし戸惑とまどった。
「……え?」
よろこべ、小僧こぞう
 ねこふたたった。そこを二回にかいったってしょうがない。

 わたしあわててった。
ってください。あなたは何者なにものですか?」
 ねこ名乗なのった。
おれしきかみより偉大いだいな、宇宙猫そらねこだ」
かみより偉大いだいな、そらねこ?」
 わたしおもわず鸚鵡おうむかえしをしてしまった。

「この創造そうぞうする【いろちから】をつ、最強さいきょうねこだ」
 はなすことが壮大そうだいぎて、理解りかいいつかない。本当ほんとう何者なにものだ?
 ねこうことが本物ほんものならば、世界せかいつくれるちからをもつすごねこが、わたし守護しゅごにつくとうことだ。想像そうぞうがつかない。

「どうしてですか? なんでわたしに……」
まっている。おまえおれをかけてやるくらいの価値かちがあるってことだ」
をかける価値かち?」
「ああ、それにおまえだしな」
 反射的はんしゃてきに、ひたいかくれる第三だいさん両手りょうておおった。
かくしたって無駄むだだ、馬鹿ばかめ。おまえまれたときからずっとてたんだ」
まれてからずっと!?」
「ああ、のやつでさえ、一年いちねんおおくて二人ふたりぜろとしだってざらだ。のやつは大抵たいていおになんだが、そんななか霊人れいじんであるおまえ誕生たんじょうした。こりゃあ、またとない好機こうきだ」

 何故なぜ期待きたいされていた。しかし、かれ言葉ことばわたしにはおもかんじた。
「どうしてわたしに? わたしなんて……ただの妖怪ようかいです」
「そりゃあ、おめーみてーな珍種ちんしゅはそういねぇかんな」
「おい!」
 ド直球ちょっきゅういやがった。あいつには配慮はいりょという概念がいねんがないらしい。

「だからだよ。このおれが、そこらのゴロつきにすこしでもをやるとおもうか? おまえ珍妙ちんみょうで、可能性かのうせいかんじるやつだから、おれちからあたえてやろうってんだ」
「あなたのちから?」
「【いろちから】だ。これがあれば、おまえはうんとつよくなることができる」
 しき言葉ことばに、わたしはハッとひらいた。そのちからがあれば、かれららをたすけることができるだろう。

 わたしはまっすぐ、しきた。
しきさん、わかりました。未熟者みじゅくものわたしですが、いろちからわたしに」
 しきはすぐにこたえた。
「ならば、これをれい!」
 そうさけぶなり、しきわたししろひかりばした。わたしがそのひかりつかむと、ひかり細長ほそながぼうになり、先端せんたんにはふでのような、万年筆まんねんひつさきのようなものがついていた。

十頁

 しきがそのぼう説明せつめいをする。
「そいつは【彩色さいしきつえ】とって、しきちから発揮はっきさせるのにってこいの道具どうぐだ」

 詳細しょうさい説明せつめいと、かるちから使つかかたおそわったあと早速さっそくわたしは、ることができるくもして、それにって、よるそらがった。
「おい、て! どこにく!」
 かれらの悲惨ひさん結末けつまつわたしえる。その一心いっしんだった。

 そのときだった。両目りょうめざされて、ひたい第三だいさんひらいた。視界しかい左側ひだりがわうつるのは、ひど姿すがたたおれているわたしだった。

 くもうごきがまった。わたし意思いしまったからだ。このままけば、わたしはやられてしまう。しかし、かなければ、葉緒はおちゃんたちに悲惨ひさん末路まつろっている。わたしかれらをたすけたい一心いっしんで、ふたたくもすすめた。

あおとばり

 するとまえが、青一色あおいっしょく世界せかいになった。夜空よぞらよりも幾分いくぶん明度めいどたかあおだったため、少々しょうしょうまぶしかった。
  昼間ひるま鍋三郎なべさぶろう殿どのらが出航しゅっこうするさいには、みどり一色いっしょく世界せかいめられた。それとおなわざだ。
 
 みどり世界せかいにいたときは、自然しぜんゆたかなところにいるようなやすらぎをかんじたが、今回こんかいあおの|世界せかいは、こもったねつ一気いっきやされる、濃厚のうこう冷静れいせいさをかんじた。

 突然とつぜん猛烈もうれつ眠気ねむけおそわれた。そして、強制的きょうせいてき目蓋まぶたざされた。

 今晩こんばんつき三日月みかづきかたちをしていた。それはしきくちかたちにそっくりで、夜空よぞらがニヤニヤとわらってるようにおもえた。きっとわたしわらっているのだろう。大切たいせつなもの、まもりたいものを何一なにひとすくううことのできない、よわみじめなわたしを。

 わたし社前やしろまえ地面じめんに、仰向あおむけになってたおれていた。そんなわたし視界しかいを、しきのぞんでった。
馬鹿ばか野郎やろうめ。ぬとかっていながら、こうとする阿呆あほうがどこにいる」
 しきかおは、ほとんどえなかった。あふれるなみだにじんで、ぼやけてしまうから。
「だって……だって……」
 これ以上いじょう言葉ことばなかった。ただ、なみだくやしさが、えずげてくる。しき以外いがいだれもいない竹林ちくりんなかで、こえげていた。

きょう
 くして、ちちははがやってきた。ちち猫耳ねこみみであるため、人間にんげんよりもずっとすぐれた聴覚ちょうかくで、いえからきつけてきたのだろう。
 わたしこした。
 ちちわたしそばて、ぎゅうときしめた。ははは、いた背中せなかやさしくさすった。
 ちちった。
事情じじょう利々りりさんからきました。とてもくやしいおもいをしましたね。わたしそばにいてやれなくてごめんなさい。

十一頁

 ですが、きょう、あなたはけっしてよわではありません」
 そして、ははった。
自分じぶんじゃないだれかのために、おもいっきりくやしがれてけるなんて、そういないよ。
 あんたはだね」
 二人ふたり言葉ことばに、また大粒おおつぶなみだあふれた。さっきまでとはちが意味いみの。

 しばらくってなみくと、ちちははしきとともにいえもどった。
 
「ところできょうかみいろわってますが……」
 ちちわれるまで、自身じしん容姿ようしのことなど微塵みじんにしていなかったゆえわれたときにはハッとおどろいた。
ひとみいろもね」とははった。

 自分自身じぶんじしん姿すがたえないので、戸惑とまどわたしまえに、ちゅういろあらわれた。
「ほいさ」となぞごえはっしながら、かおよりした楕円状だえんじょうかがみあらわした。

 そこにうつわたして、天地てんちがひっくりかえったかとおもった。
 ながぐな黒髪くろかみが、あわ紫色むらさきいろまっていた。おなじくくろひとみは、髪色かみより数段すうだんくら紫色むらさきいろまっていた。

 おどろきをとおして呆然ぼうぜんとするわたしに、ちち説明せつめいした。
かみいろいろわるのは、神様かみさま特別とくべつちからたまわっている証拠しょうこです」
「では、やっぱりしきさんも神様かみさまなのですか?」
 これにいろは、なぜか反発《はんぱつ》した。
馬鹿野郎ばかやろうめ。おれ神扱かみあつかいすんじゃねぇ。おれかみより偉大いだい宇宙そらねこだってっただろ?
 おれの【いろちから】をさずかったからな。そのむらさきは、おまえたましいいろだ。そのへんかみいのりゃあ、みんなおないろまるが【いろ】はひとりひとりちがう」
 このときわたしは、不服ふふくつのらせていた。
なに神扱かみあつかいすんなだ。かみ偉大いだい存在そんざいなんですよ」
「ンなもん、おれからしたら格下かくしただ。このもっと偉大いだいなやつは、このおれなんだぜ」
 べー、としたし、わたしもろとも、このすべてを侮蔑ぶべつした。この天上天下てんじょうてんげ唯我独尊ゆいがどくそんねこめ。
「おまえごとき、むしケラにぎん」
 とどめの一撃いちげきはらったわたしは、上目しきにらんだ。
 やつはわらず、ニヤニヤとにくたらしいみをかべている。
 わたしは、彩色さいしきつえかまえ、しきびかかった。
「こんの……三日みかねこがあ!!」
 おもいっきりさけんで、どろのような紫色むらさきかたまりいろはなった。余裕よゆうかわされた。すばしっこくかわして、げていくやつを一目散いちもくさんいかけていった。

 
 わたしたましいいろわれた紫色むらさきは、高貴こうきいろあかあおのどちらの要素ようそ神秘的しんぴてきいろひとつながりを象徴しょうちょうするいろと、様々さまざま解釈かいしゃくがされている。わたしにもつうじる要素ようそつかり、むらさきいろをとてもに入った。

 しかし、がかりごとまったくないわけではなかった。この一晩ひとばんわってしまったかみ、これをまわりのひとたちはどうるか、想像そうぞうするのは容易たやすかった。

十二頁

 でも、そんなことはちいさなことにおもえた。まわりのにして、かがやかしく魅力的みりょくてき自分じぶんころしてしまうほういやだった。
 
 あんじょうそとあるけばまちひとたちの注目ちゅうもくをかっさらい、学校がっこうにいけばものるようなでジロジロられた。わたしこころつよって、堂々どうどうとそのみちあるいた。
 
 そのあとうみかれらの安否あんぴしきたずねたが「おまえがそれをってどうする?」とっておしえてくれなかった。さらに「どうしてもりたきゃ、自分じぶん調しらべにくんだな。せっかくそれが容易たやすちからさずかったんだからな」
 わたしかれらとわかれた海岸かいがんき、ふねすすんでった方向ほうこうあおとりばした。それでつ、第三者だいさんしゃ視点してんりるちから使つかって、あおとり視点してんで、葉緒はおちゃんたちをさがす。
 
 そして、神月かんつきしまつけた。見知みしらぬ女性じょせいが、まるくしておくるみにかれている葉緒はおちゃんをいていた。その女性じょせいとは、玉兎ぎょくとさまである。
 彼女かのじょ葉緒はおちゃんをぎゅっときしめ、なみだながしながら、なにかをっていた。
 鍋三郎なべさぶろう殿どの銀翔ぎんと殿どの蝶華ちょうか御前ごぜん三人さんにんはどこにいるのだろうとおもった。けれど、二人ふたりているといや予感よかんがしてしまって、これ以上いじょうるのがこわくなった。

 ただすくなくとも、葉緒はおちゃんは無事ぶじだということはたしかだ。はやいにきたいが、まだ歳十としじゅうども。もし、葉緒はおちゃんをかえったりして、またおなじじような危険きけんせまったとき対処たいしょができない。
 だから、なにきても葉緒はおちゃんをまもれるように、つよわたしになって、葉緒はおちゃんと一緒いっしょたびよう。飯次郎めしじろう殿どののように。
 出発しゅぱつときは、葉緒はおちゃんが当時とうじ飯次郎めしじろう殿どのおなじ、年十六としじゅうろくになったときだ。それまでにたくさん特訓とっくんしよう。
 
 それから十六年じゅうろくねんしき協力きょうりょくのもと、つよかしこくなるための猛特訓もうとっくんをした。みずかららの身体能力しんたいのうりょくをあげるため、山中やまなかけたり、武術ぶじゅつならった。身体的しんたいてき特訓とっくんだけでなく、図書館としょかんかよいつめて勉学べんがくはげんだ。とくいろかんする知識ちしき重点的じゅうてんてきまなんだ。
 絵描えかきもそのあたりからはじめた。それは一趣味いちしゅみとして、気分転換きぶんてんかんがてらおこなった。もともとうっすら興味きょうみがあったファッションを勉強べんきょうし、ったコーデやみずかかんがえたコーデ をおもうままにえがいた。
 成年せいねんたっし、「恵虹けいこう」のあざなったころには、絵師えししょくち、小説しょうせつ表紙ひょうし挿絵えし雑誌ざっし広告こうこく掲載けいさいするためのなどをいた。個人こじん画集がしゅういくつも出版しゅっぱんしたり、秋大国あきたいこく都市部としぶ展覧会てんらんかいひらいたりもした。

 こうして、金銭きんせんたくわ冒険ぼうけん準備じゅんび着々ちゃくちゃくすすめていま、ようやくうみた。

 コン、コン。
 書斎しょさいたたかれて、そおっとひらかれた。葉緒はおちゃんと埜良のらさんがはいってた。
 わたしこして、彼女かのじょたちのほういた。
恵虹けいこうさん、大丈夫だいじょうぶですか?」
「あ……、はい。ごめんなさい、みだしてしまい……」
「そんくらいられたくないことだったんだろ? それをきゅうにバラされたらだれだってそうなるよ」

十三頁

葉緒はおたちは絶対ぜったいだれにもはなしませんから、安心あんしんしてください。それより恵虹けいこうさん」
 葉緒はおちゃんがかかえていたのは蒸籠せいろ瞬間しゅんかんにピンとた。これはまさか……!!!!
 ふたければ、せいなる湯気ゆげのぼり、そこには純白じゅんぱく女神めがみ姿すがたあらわした。
にくまんだーーーー!!」

 まったく、大袈裟おおげさすぎだ。なんでにくまんが女神めがみなんだ。

 わたしからすれば女神めがみそのものなんです!

しきさま恵虹けいこうさんはにくまんが大好物だいこうぶつだとおっしゃったので、つくりました。にくまんはちいさいころからつくってましたから得意とくいなんです」
葉緒はおちゃんもきなのですね」
「……きはきですが、わたしはあま果物くだものほうきです」
「そうですか」
 そこまできというわけでもないのに、「得意とくい」になるほどつくってきたということか。一体いったい、なぜ?
 すると葉緒はおちゃんは、わたしのすぐとなりすわってった。
「あのね。毎晩まいばんねむるとね、ゆめのなかで恵虹けいこうさんみたいなながかみおとこがでてきて、素敵すてき言葉ことばおしえてくれたり、にくまんをわけてくれたりするんです」
「まるでむかしわたしのようですね」
にくまんって、ゆめにでてくるまで全然ぜんぜんらない言葉ことばだったんですけど、そのがとっても美味おいしそうにべていたので、べたいなっておもって、きてイチバンに『にくまんつくりたい』ってったんです」
「それはさぞかしおどろかれたでしょうね……」
おどろいたよ、アタシも玉兎ぎょくとも。『どこでおぼえたんだー』って」
其方そなたがまだ赤子あかご葉緒はおにくまんをあたえようとしたのはていたが、まさかそれをおもしていたとは。おそらくは、ゆめかみ仕業しわざだろうな」
「というかわたし、恵虹けいこうさんにってたのですね」
わたし地元じもとまれましたから。みじか期間きかんでしたが」
「じゃあ、恵虹けいこうさんは葉緒はおにとって、おにいちゃんのような存在そんざいでしょうか? いや、おねえちゃん? なんとべばいいですか?」
恵虹けいこうとおびください」
「いいんじゃない? 二人ふたりがそうおもえば兄妹きょうだいでさ」
 そうでしょうか。

 わたしは、葉緒はおちゃんがつくってくれた、蒸籠せいろ一杯いっぱいおおきなにくまんを両手りょうてち、くちいっぱいに頬張ほおばった。
 しろかわなかからあふてきたにく旨味うまみひた心地ここちたるや、極楽ごくらくである。

 こうして、わたしたち旅草たびくさ冒険ぼうけんまくけた。


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