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長編小説『くちびるリビドー』第9話/2.トンネルの先が白く光って見えるのは(3)←無料エリアあり

永遠の片想い。そんな気分になるから、私はいつだってクールに大人でいようと努める。そう。母乳のことだけじゃない。こんなふうに表に出すことがなかったママへの気持ちは笑っちゃうほど恒士朗に対する想いと重なっていて、それに気づくたびに私は自分自身にうんざりするのだ。//物語は第2部――真実を求め、記憶の糸を手繰り寄せる。

第1話は全文無料公開中☺︎/*



くちびるリビドー


湖臣かなた




〜 目 次 〜

1 もしも求めることなく与えられたなら
(1)→(6)

2 トンネルの先が白く光って見えるのは
(1)→(6)

3 まだ見ぬ景色の匂いを運ぶ風
(1)→(8)


2

トンネルの先が
白く光って見えるのは


(3)


 母の人生について。
 どうして私はこれまで、こんなにも深く考えることなく過ごして来られたのだろう。

 シングルマザーである彼女との二人きりの生活は、私が幼い頃から子役の仕事をしていたという点を除いてしまえば「おおむね平凡で平穏な日々だった」と言える(自分が本気でそう思っていることに気がついたのは母と離れて暮らすようになってからで、それは大きな間違いなのかもしれないぞ……と頭をよぎったところで、あれ以外に私が知っているものはなく、どちらにしろ「母との二人暮らし」が私にとっての平らな日常だった)。

 それに特異点としての私の芸能活動についても、幼い私にとっては「ずっと続けている習い事」みたいなもので特に好きでも嫌いでもなく、明らかな才能みたいなものだって持ち合わせていなかったと思う。ただ真剣に取り組んできただけの分が実力に反映されていくというだけで、単純に私が真面目だったことと、そこに「母を喜ばせたい・役に立ちたい」という幼心が潜んでいたことによって、たまたま順調に継続されていただけのこと。

 しかも私は、同じ年頃の子どもたちと多くの時間を過ごすより、様々な大人と知り合い続けるような環境に長く身を置いていたせいか、子どもにとって重要な存在であるはずの「父親」の不在について特別気にかけることもないまま思春期を迎え、「自分の生物学的な父親は誰なのか?」という大いなる謎を母に問うこともなく成長してしまった。

 そもそも母は幼い私に「ゆりあはママだけの子。ふたりでいれば最高にハッピーよ」などとあっけらかんとした顔で繰り返していたし(そういう呪文は思いのほかよく効くのだ)、そんな彼女との生活はドタバタと忙しく、第三者が入り込む余地など感じさせないくらいに完成されていた(たとえそれが「母」と「娘」という二つの点だけで生み出せる一本の直線に過ぎなかったとしても)。

 私たちの性格はなかなか一致するところがなかったけれど、いつの間にか私にとっての彼女は「母親」というよりも「一人の女性」として認識されていたし、彼女にとっても、子役として仕事を受けていた私は「子ども」というより、一緒に生活していくためのほぼ対等な「パートナー」だったように思う。

 無邪気な母は、幼い私を前にしても偉そうな態度をとることはなかったし、私たちの気ままな二人暮らしは、そんなふうに一本の強靭な協力的関係性の上に成り立っていた。


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“はじめまして”のnoteに綴っていたのは「消えない灯火と初夏の風が、私の持ち味、使える魔法のはずだから」という言葉だった。なんだ……私、ちゃんとわかっていたんじゃないか。ここからは完成した『本』を手に、約束の仲間たちに出会いに行きます♪ この地球で、素敵なこと。そして《循環》☆